閑話 約束
2040年であれば体験、というものはより増える。それこそネットの発達により映画館が廃れるように遊園地も様々なものに追いやられる立場となっていた。その最たるものがVRなわけだが。
となると生き残りの手段は主に2つ。一つはカップルや家族向け、もう一つは他所では味わえないより過激な体験。俺は目の前にある異常な大きさのジェットコースターに早くも絶望していた。
「……レイナさえおらんかったらなぁ」
「いやー抜け駆けしようとする人のいう事は違うなぁ」
集合時間の10分前には駅に居たのに既に険悪な空気を出している二人にも絶望したが。正確には紅葉だけが落ち込んでいてレイナはニコニコしている、という状態だ。別にこの二人は仲が悪いわけではない。むしろ気が合う方ですらある。ただ近いところがある故に同族嫌悪のような感情を抱いているだけ……と2060年のレイナは言っていた。
まあ言葉通りに取らずにプロレスの類と受け取ったほうが良いのだろう。ゲーム仲間なら煽りあうくらいの方が仲が良いのである。ずけずけ言葉を言いつつ本気で排斥する気がない、つまりそれだけ互いを信頼しているということなのだから。
二人の服装はいつも通り……を装っているが若干気合が入っているのを感じる。レイナの服がいつものシャツではなく女性もののカジュアルなジャケットであったり紅葉の服装が露出多めになっていたりする。とはいってもいつも通り帽子と四肢の手袋とソックスはそのままであった。
「……じゃあ行くか」
「どうしたん、怖いものあるん?それやったらずっとコーヒーカップでもええねんで」
「怖いものなどない!ジェットコースター10周じゃオラ!」
「じゃああのデスコースを選ぼうか。いやあ楽しみだ、無装備での着陸訓練以来かなぁ、あの高度は」
そう言ってレイナは上を指さす。明らかに建築法とか安全基準に引っかかってそうなビル程の高さのあるジェットコースターだ。恐るべきは頂上から一直線に地面まで潜る地獄の落下、今落ちていった奴、速度早すぎない……?分裂体の攻撃の速度と比較できるレベルだぞ?
ギギギ、と俺は振り返る。レイナは純粋に楽しそうに、紅葉は仕返しだと言わんばかりの表情で、しかし少し変な視線が混ざった様子だ。今日帰ってこられるかなぁ、と思いつつ。
彼女たちとの約束を果たす。
既に3月は半ば、季節としては少し暖かくなり出しているころである。だが俺の心は既に冷え切っていた。目の前の乗り物が恐怖の象徴にしか見えない。31日の夏休みの宿題より怖いものがあるとは思わなかった。
「大丈夫や、うちがついとるからな」
「見てよ勘次、あの急降下の最中に写真を撮ってくれるらしいよ!」
「いらねえ!」
ジェットコースターの乗り物は横に4列になっている。俺が中心になるよう3人で並んで座り、恐怖の時間に備える。むしろ二人はどうして大丈夫なんだ。紅葉が震える俺の手にすっと自分の手を重ねてくるがその余裕はどこからくる。余裕のバーゲンセールをこちらでも実施してはいただけないだろうか。
今日は平日という事もあり客は学生ばかりだ。しかしそのいずれもうらやましそうな視線を俺に向けてくる。確かに両手に美少女、最高の状態に見えます。しかしその実態はジェットコースターに俺を引きずり込んだ悪魔たちなんです。助けて下さい。
「それじゃあ行きますよ、デストレイン、出航です!」
係員の声と共に周囲から歓声が上がる。レイナはウキウキで前を覗き込んでいる。それを見て俺も覚悟を決めた。楽しむのだ、全てを。
「あ、この落下速度やと実際にビルから飛び降り自殺するのと同じくらいになるんやね」
「紅葉何言ってるんだ!?急に怖くなって来t」
一通り楽しんだ後俺たちは休憩コーナーにてくつろいでいた、ただしそれは二人だけで俺は0に等しい生命力を回復し続けていたのだが。俺の頭を膝に置いてご満悦な紅葉が端末を弄ってにへりとだらしのない笑みを浮かべている。表示されているのは勿論俺の黒歴史写真集だ。ジェットコースター以降、絶叫系のマシンに乗るたびに撮影されて紅葉とレイナの端末に保存されるそれらを必ず削除してやる、と俺は心に決めていた。
「飲み物買ってきたよ」
「ありがとね。ほい勘次君、お茶」
「あざーっす。……ふぅ」
「相当ダメージ受けてるね、あんなに意地を張らなければ良かったのにさ」
「いや、でも少し楽しさはわかってきた気がする。ここ数回で命の危険性がないことは確信できたから」
「じゃあもう一回いってみるのはどうや?」
「すいませんでした」
それは体力的に無理です。紅葉とレイナは俺と反対に生き生きとしていた。レイナは様々なアトラクションを遊べば遊ぶほど、紅葉はダメージを受ける俺を介抱すればするほど逆に回復しているような気がする。あの絶叫マシンへの二人の耐性は何なのか、まるで仮にマシンが故障して体が宙に投げ出されても死なない自信があるかのようである。
それはさておき体を起こす。こうして顔を合わすのはもう何回目だろうか。実を言うとあの日の分裂体戦の後、何故か『HAO』はメンテナンスに入ってしまっていた。そのため暇している俺とレイナと紅葉は一緒に遊びに出かけるようになったわけである。二人は何か忙しそうではあるので何しているのか少し気になるが。
「忙しそうだね、紅葉は」
「誰のせいやと思ってんねん。うちに隠してガリゾーン社とホライゾン社に強盗に行くよう唆した人がいたって聞いたで?お陰で計画がおじゃんや」
「まあ私ならそうするよ、その困った顔を見たいから」
「いたずらっ子やな。そのせいで被害を被ったガリゾーン社とホライゾン社を見いや、あの絶望的な記者会見」
二人が何やら前提を間違えた話をしているようなので少し口をはさむ。
「ゲームにしては大規模な演出だよな」
そう言うと二人が沈黙する。え、俺何か悪いこと言ったか?と思いながら言葉を足した。
「『HAO』は今の20年後という設定だけれど、ゲームが本当の未来なわけがないだろ?にもかかわらずこれだけ大規模に話を広げられるんだ、メンテナンスさえなければなぁ」
「……本当に思い込むと一直線だね」
「……柔軟なのは固定された中でだけやねん。中途半端に理屈っぽいから自分の中で論理を組み立てられてしまう、事実とは異なるとしてもな。やから本当にクリティカルな事態が起こらない限りズレへんのよ」
「……例えば?」
「……うーん、思いつかへん。ゲームはリアルじゃない、という起点が強固すぎる」
何かひそひそ話している。が、聞こえないのでスルー。もしかして最近ネットにいる『HAO』が本当の未来だと信じる人の類なのだろうか。もしかして注射で8Gに接続するとかレイナが信じている……とは思えないのでまあ気のせいである。
「色々言ってるけど結局二人は最近何してたんだ?」
「うーん地上げと脅迫?」
「うちは鋼光社の手伝いやね」
「虎が如くでもやってたのかよ、一人だけ回答がバイオレンスなんだよ」
「まあ色々やることあるからね。全ては『HAO』が再開してからの勝負になりそうだけれど」
「うーん、再開するかは迷うけどな」
え、と驚愕の視線が俺に集まる。だってそうだろう。
「こんな長期メンテするゲーム、すぐにサービス終了しそうだから真面目にやるのもったいないなって」
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