分裂体
UYK46式始原分裂体。今回の緊急クエストで倒すべき敵の名がそれだ。が、詳しいことを何も知らずにここに来てしまった、というのが実情である。動画で見た姿はあくまで全体の一部でしかなく、その全容を改めて見る事となった。
体長100メートルにも及ぶ巨大な機械獣。ベースは蜥蜴で前足があるはずの部分に無数の機械の触手が生え体勢を支えている。そして最も特徴的なのが背中から生えている細く黒い線だった。その先には数多の機械獣が首吊りにされている。それも数百匹単位での首吊りで、生贄たちは動く様子もなく振動に揺られている。
レイナは苦々しそうにその光景を眺めていた。
「46式……来てほしくはなかったね」
「分裂体って何なのかそろそろ教えて欲しい」
「……え?知らずに討伐どうこう考えてたの?」
「」
「まあいいか。始原分裂体、それは全ての生みの親ともいえる『UYK』の老廃物から生まれた機械生命体さ」
「つまり垢とか糞とかから生まれたのか?」
「最悪な例えだね、でもイメージは近い。通常の機械獣は『UYK』の虚重原子で構成されたi-DNAを金属塊が水平伝播のような形で取り込むことで生まれる。それに対して分裂体は生まれ自体が『UYK』なわけだ。この世で2番目……いや私たちがいるから3番目に虚重原子による恩恵を受けている生命体だね」
水平伝播、確か親から子ではなく別の個体同士でDNAが遺伝する、みたいな話だったと記憶している。金属塊がDNAを得るのはよくわからない話だけれど例えるなら吸血鬼とその眷属、そして血を吸われた被害者のグール、みたいな感じなのだろう。
そう考えるとイメージが急に湧いてきた。確かに怖がっているうちは勝てないが対抗手段を使えればどうにかなるのがあの手の話の基本だ。ここでは銀の十字架が獣人だったりするわけだが。
じゃああの首吊りなんだあれ、と聞くと簡単な答えが返ってきた。
「餌だね。彼らは電気を求めている。そのために機械獣の体内の発電装置を生かさず殺さず使うためにああやって吊り下げているんだ」
「電動なのかあいつら」
「そうだよ。だからこそ彼らは旧大阪市の基幹発電装置を求めて襲い掛かって来るんじゃないか。機械獣ならともかくあの大きさの体を維持するのであれば電力が常に足りないからね」
「じゃあ小さくなれよ、はた迷惑な」
「十分小さいよ、『UYK』の大きさと比べるとね」
今更明かされる事実。確かに自分は何で襲ってくるのか、というのを思考の外に外していたことに気が付く。所詮敵は絶対的な人類の殺戮者などではなくあくまでただのエネミーに過ぎないのに。
……ということは発電機渡せば生き延びられるのでは?と思ったが残念ながら今度は酸素が無くなるわけだ。まあ戦うのを避けるのは無理だろう。
俺がAPのスコープで必死に覗き込んでいるのを他所にレイナは裸眼で観察しながら色々言っている。特殊兵装無しだとか触手の量が多いね、だとか。そんな時に背後から声が聞こえてくる。聞き覚えのある、関西弁の声だ。
「見つけたで二人とも!」
APに乗った紅葉である。
「うちにレイナとの交渉は任せてくれへんか」
昨日紅葉が俺に頼んできたのがこれである。現在の状況として分裂体討伐作戦をしたいのに俺がいないしレイナはログインできない、という問題がある。そうなるとまず人が集まらないし勝てないわけだ。そこで紅葉が連れ戻しに来る、という選択肢となったわけだ。
紅葉のAPは既にボロボロで、俺と同じ型であるはずなのに同一とは思えない状態になっている。にもかかわらず紅葉は無理やりこの場にたどり着くことが出来ていた。その原因は勿論俺がこっそり行っていた生配信である。ただしURLを知る人しか見れない、限定公開のものではあるが。
そう、生配信を行うことで俺は自分の場所を紅葉に伝えたのだ!(発案は紅葉)
「……久しぶりだね、紅葉」
「うちにとっては昨日ぶりやけどね、レイナ。それじゃあ向こうでコソコソ話すか」
そして彼女たちは時間が惜しいと言わんばかりに結晶樹の影に隠れてしまう。
「分裂体に勝っても負けてもアップデートは進行する。というよりうちの持つ手札でさせる」
「……例の若返りか」
「せや。なんせここで止まったら困るのはレイナも同じやろ?この結末を繰り返したいなら知らんけど」
「そんなわけあるか!あれから5年、どんな思いで生きたと思っている……!」
「やよね。でも今それを解決する糸口、その一つがこの分裂体討伐戦なわけや。だからこそ手伝ってもらいたい。勿論勘次君の拘束は解除してね」
「脅迫じゃないかな、これは」
「いや、ただの後押しや。レイナもこのままじゃいけないとはわかっとるんやろ?でなければ分裂体の見学なんて協力するはずがないやん」
……なんかがっつりと話をしているようなのであるが、初手から脅しているっぽい発言を聞いて即座に耳を外に向ける。怖い話は聞かないに限るのだ。あの自由人なタイプであるレイナが意思を変えるような話だ、ロクなものではなさそうである。うん、悪いのは私利私欲で俺を拘束しているレイナなのは間違いないんだけどね。街が潰れるのを眺めているよう強要していたわけだし。
言葉の応酬を背中に分裂体を見る。銀色の姿がのんびりと前に進んでいる。意外と移動速度は遅いが触手は機敏そうで、装甲は確かに頑丈であった。しかし一方でじっくり眺めていると弱点が見えてくる。そう、攻撃に特筆するべき点が無い。
あの吊るされた機械獣が攻撃してくるなら怖いが、特殊兵装が無いということはこういうことなのかと納得する。確かにこのサイズでマシンガンを取り込んでいたらもう勝負にもならないだろう。こんな奴相手にプレイヤーたちはあたふたし、NPC達は絶望していたのだ。
……あの触手、何由来なのか気になる。タコでもなければイカでもないし。
「……わかった、協力する。ただアップデートまでの時間は」
「気持ちは前回のうちも同じやったわけやしな。ええよ」
と、気が付けば交渉がまとまっていた様である。こうして数日ぶりに俺は旧大阪市に帰還する事となった。
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