ピクニック

 状況整理だ。色々話してログインしたら目の前に色々と大きくなったレイナがいて俺を抱きしめている。役得だとか思う前に疑問が浮かび上がってくる。何故ログインした瞬間に見知らぬ無機質な森の中にいるのか、これは簡単だ。前回と同じ、アプデによって場所が変わることがあるからだ。



 あの時俺たちは空に打ち上げられた旧大阪市にいた。それは全員が、だ。しかし今回俺以外のプレイヤーがいる様子がない。つまりこの状況では俺だけがここにいることが自然な状態になっている、とも取る事ができる。




 そこでハンモックの下を見ると俺の愛機であるAPがあった。なるほど、あれがリスポーン地点だったからこそこっちに来たわけで。ん?もしかして俺がログアウトしてもAPは消えてなかったのか!?普通のゲームなら盗まれないように一緒に消えるとか移動不可になるもんじゃないのかよ。



「さては強盗したなお前」


「知りませーん」



 これで結論が出た。本来鋼光社にあるはずだったものをこいつが盗んでいったのだ、どうやってかは知らないけど。その結果俺のリスポーン地点が移動したわけである。



「ってもしそうならコクピットが俺の新しいログイン場所になるんじゃないか?」


「私が最速で抱え上げた」


「出たよ獣人パワー」



 というわけで場所については解決。次に考えるべきはこの場所である。APを盗んだ、ということを考えるとそう遠くまでは運べないはずだ。ここがどこか知らないが少なくとも逃げ出せない距離ではないだろう。



 とこれについてはすぐに結論が出たところで最後だ。



「ん?」



 そう、目の前のレイナ。顔だけなら20くらいのはずなのだがその眼帯や体に刻まれた古傷、義手と野性的な雰囲気が見た目以上の年齢に見せている。前と同じならこのレイナも38歳くらいのはずなのだが紅葉と同じく老化のろの字も見えない。そう疑問に思っているとレイナはなるほどなるほどといやらしい笑みを浮かべる。



「おや、溜まっているのかい?」


「やかましい、強盗犯にそんなこと考えるかよ」


「冗談だって。まあこの顔については紅葉とは別口さ。彼女の方はマイナス質量物質を使った例の技術だけど私の方は獣人としての特性。無調整で100年間ピークを維持できるように作られている以上たかが20年で皺まみれになることはないよ」



 あ、でも技術の根本では繋がりが多少あるかもとレイナは笑う。その笑みが痛々しかった。彼女がまたしても実在する人物を獣人だった、という設定に置き換えて運営に作られたNPCであるということは勿論である。だが最も気になったのは彼女の倦怠感がある顔だった。あの顔には見覚えがある。レイナと初めて会ったVR西部劇のときの表情と一緒だ。



 当時のレイナを表現するなら虚無、と言えばよいのだろうか。VR西部劇を1か月ほど遊んでそろそろ引退するか、と考えていた時に現れたプレイヤー。男のデフォルトアバターで現れたそのプレイヤーは初心者でありながら圧倒的な反射神経で作業の如く全勝、ランキング1位へと上り詰めた。



「やっぱりこれもつまらないか」



 デフォルトアバターではあるがありありとわかるほどにつまらなさそうにしながら彼女は俺に50連勝していた。その時期の彼女に何があったかは知らない。だが結論だけ言うとブチギレした俺により遠隔起爆バグ(VR西部劇にリモコン爆弾なんてものは本来ない)、毒殺(マップの隅にあるバグオブジェクトを取り込ませてプレイヤーをバグらせる)が開発され勝率は70%まで下がる事になる。そしてその時には彼女の顔から倦怠感は消えていた。



 だが今の彼女はあの時の、全てを諦めた時の表情である。俺を覗き込む時だけ少し生気が戻るがあの明るさは失われていた。



 失われた腕と目、刻まれた傷もそうだ。このレイナは20年の時を経て変わってしまっていた。



 まあでも根幹は知っている人物であることには変わりない。運営のプロファイリング能力には驚くしかない、プライバシーって知っているのだろうか。



「ここはどこだ?」


「私の胸の中」


「デカくなったな」


「セクハラ」


「そう思うならそれ押し付けるんじゃねぇよ。おい、足を絡めてロックしようとするな、手を握るな。聞きたいのはこの森だよ。見たことないぞ」


「場所は内緒。ほら私の魔の手から逃れられるかな?」



 レイナによる完全ロックが始まる。足は蜘蛛のように絡めとられ手は恋人繋ぎで外れないようにされてしまう。抜こうと全力を出すもびくともせず逆に胸に深く頭が入ってしまうほどだ。



 少し汗臭い体臭と肌の感触によからぬ気持ちを抱きそうになるものの、ふとした疑問が出てきて頭が冷静になる。レイナは確かに体をベタベタ触ってくることが多いがここまでではなかったはずなのだ。ということは。



「お前の知り合い……例えば俺はどうなった?」


「……気にしなくていいと思うよ。しばらくは二人で楽しもう、いろいろとね」


「全滅か」


「……うん」



 まあそうだろう。でなければここまでの対応にはならない。一瞬俺とレイナが恋仲になっている説を考えてみたがもしそうなら生きているはずのNPCの俺に配慮してベタベタ触らないはずなのだ。いや自意識過剰すぎるが。



 さて、状況は見えてきた。ならば最後に聞くべきはこれだ。



「……これからどうしたいんだ?」


「どうもしないさ。二人で仲良くお昼寝して過ごす。アプデされると困るから分裂体は適度に追い返してもらって、でも何も変えられなかったという結末にはなってもらうよ。そうすれば他サーバーの影響がない限り私たちはずっと一緒さ」



 ……怖くなってきた。そっとシステムコマンドを開きログアウトをしようとするが彼女はつないだ手を鉄のように微動だにさせない。すると指がログアウトのボタンに届かなくてーー!



「逃げないでよ。私の最後の楽しみなんだ。安全装置で強制ログアウトになるまで逃がさないしまた来ても私が捕まえる。……頼むよ」



 再びシステムコマンドを手の近くに展開させようとするが視線を読まれて手の位置を移動させられてしまう。……そんなログアウト封じありかよ。これ、マジでどうしよう。『UYK』来るまであと3日なんですが、その。




「ふっ、また来たね。ようこそ」


「結局前回は強制ログアウトの8時間までフルに捕まってしまったからなぁ……」



 翌日、俺が再びログインするとまた体を肉が覆う。上を見上げると満足げな様子のレイナがまた俺をロックしようと動いていた。



 昨日は本当に酷かったのだ、危うく部屋で漏らしかねない事態だったのだから。今俺の使っているVR機器は外部からの情報をシャットアウトするとともに不快感が一定以上になると時間関係なく強制ログアウトさせられる。例えば漏らしそうだとか喉が渇いただとかである。そのため映画館のようにゲームをする前にトイレを済ませておくのがマナーなのであった。



 しかしこれを何度も繰り返していると必ず漏らす。レイナが家に入ってきて「臭うね」とか言われたくはないのだ。というわけで作戦開始である。



「なあレイナ」


「どうしたんだい?聞きたいことでもある?」


「いや、そうじゃなくてさ。一緒に機械獣を狩りに行かないか?」



 作戦といっても対処方法は簡単だ。嗜好まで再現されているっぽいこのクソゲー、つまり今リアルにいる本人に対処法を聞けば良いのである。レイナにこの件で通話をかけたところ、謝罪と対処法が返ってきていた。想定していた様子であったということはログイン制限とはこれ絡みのようである。



 さて、機械獣を狩りに行こうと誘われたレイナは一瞬悩んだ後笑顔で俺の体のホールドを外す。レイナの言ったとおりである。彼女が求めているのは失った時間と楽しみでしかない。俺が逃げるかもしれないから離さないだけであって一緒に遊ぶという形であれば何も気にしないのだ。


「なるほど、確かにこのタイミングだと君は機械獣とすら戦ったことが無かったんだね」


「おう、倒したのはプレイヤーと月の『UYK』だけだ」


「それもどうかと思うけど……まあいいや。そうだね、ピクニックとしゃれこむのも悪くない」


「オススメの場所はあるか?」


「実はない。……と言いたいけれど、この周辺にはいろいろと面白い場所がある」



 そう言うとレイナは俺を抱えてハンモックから飛び降りる。この世界の舗装されていない地面を初めて見たが石、と表現するしかない。リアルだとコンクリートの下には地面があるがこの世界は地面そのものが灰色の石となり果てていた。



 その大地をレイナは爪で無理やり削り取りながら示してくる。彼女曰く


 西:旧大阪市

 東:無限地平線

 南:結晶樹の群生地

 北:機械湖


 となっているとのことだった。



「まず西が君のいたところだ。そしてそこから東に行くと無限地平線に繋がる」


「無限地平線?」


「もう一度木の上に登ろうか」



 レイナが俺を抱えて今度は木のてっぺんまで飛び上がる。そこからは極めて良い見晴らしであると共に世界の終わりを感じさせる荒廃した世界が映っていた。左を見ると見覚えのあるドームがあり、今言われたように反対側の東を見ると――大地が上まで続いていた。



 おかしい。この世には地平線というものがある。地球は球体である以上ある一地点から見える場所は制限があるのだ。だからこそ高い建物からであれば太陽の出入りを見下ろせるのだから。



 しかし目の前にある地平線は何もかもが違う。その方角だけ真っすぐ続いているはずなのにまるで巨大な山脈があるかのように地平線の終わりが見えない。他の方角と比べ地平線が歪んでいるのだ。



「地球はもう球体じゃないのさ。この方角だけまるで平面であるかのように真っすぐ大地が伸び続けている。あれが何の部位なのかついにわからないままだったけれどあそこから分裂体は出現する傾向にあった。だからこの大地を踏破するためにホライゾン社やガリゾーン社は造られたんだ。覚えてる?APを作っている4社のうちの2つさ」


「ああ、だからどちらも名前の由来が水平線とか地平線とかなのか」


「そして南が結晶樹地帯。ここと同じく金属樹皮の植物が生えていてその結晶葉を食べる機械獣とその機械獣を喰らう機械獣が多くいる」


「機械獣機械獣言っているとわかりにくいな」


「違いない。肉食機械獣、のような分類の仕方をしている、肉を食っているわけではないんだけどね。そして最後が北の機械湖」


「水があるのか?」


「ないよ。機械獣の体液とかで汚染された黒い液体のたまり場。ここは汚染が酷過ぎるから正直オススメしない、APが壊れる」


「OK、絶対行かない。因みにこの中でお勧めはあるか?」


「うーん、やっぱり無限地平線かな。機械獣も多すぎず少なすぎずだし何よりAPの部品が落ちているかもしれないよ」


「それだ!」



 他の説明いらなかったのでは?という勢いで話が進む。恐らく喋り相手にも飢えていたのだろう、何か聞かれるたびに目を輝かせる38歳であった。



 特に街の位置なんていずれわかるとはいえ説明の必要が無さ過ぎる。にもかかわらず説明しているのは戦闘力的な余裕は勿論単に俺と話したいからである……はず。しかし機械湖、場所的には恐らく琵琶湖なんだがブラックバス撲滅どころの話ではなくなってそうである。南は多分京都、もしかしたら機械獣の鹿が樹皮を食べていたりするのかもしれない。



 そして何より無限地平線!明確によくわからない存在である。他は機械獣がどうこうで決着がつくがここだけ意味が分からない。いやなんで地球が球体じゃなくなるんだ。というかもしそうなら重力で自然と丸くなるのに。



 再び地面に降ろされた俺はワクワクしながらシステムコマンドを開ける。逃げるつもりがないとわかっているレイナは阻止せずに何をするのか、と目で聞いてきたので俺は答えた。



「動画撮影するんだよ。もう2回BANされたからな、そろそろきちんとした消されないチャンネルが欲しい」




 わざわざ動画なんて撮影しようとした理由はいくつかある。その最たるものが注目度の増加とイメージの改善である。



「オレンジは今のところヤバい奴でしかないんよね。誰から見ても危険人物。少なくとも他プレイヤーからは有名人程度の認識にしておかないと今後プレイヤーをあつめたりするときに問題起こるで。ヒニルみたいな感じの、100人来たら困るやろ?」



 とは紅葉の弁。だから機密情報公開マシンではなくて攻略を進めるガチプレイヤーでありたい。そこで出てきたのがこのレイナ(38)である。外の探索に長けているだろう人物で実力も十分。旅+戦闘指南のような動画構成で作ればかなりのクオリティで作れるはずである。



 そしてできればその動画を出した後に分裂体と戦うための告知動画を出したい……のだがレイナがどうするかわからないため待機。もしこちら側に引き込めればかなりの戦力となりそうである。



 というわけで俺達は東に向かってAPを走らせていた。遠目で見るとわかるが大地は鱗のような石の配列に変化していた。もともとビルがあったであろう場所だが鱗のような大地に半分飲み込まれ4階から上だけが見えている。ただ地面との接続部が溶けているような様子であるので正確には混ざっているというのが正しいのかもしれなかった。



 その大地を機械獣が歩き回っている。だが彼らはこちらを見ても襲ってくる様子はない。レイナ曰くナワバリに侵入しなければ意外と安全であるとのこと。体長5メートルを超える巨体は地面に生えている低い結晶樹、というか結晶草を食べていた。



 そして最も変なものが宙に浮かぶ光る線路である。



「私は第2世代だからダイブ後の私とは性能が違う、本来のスペックをフルに使えるんだ」


「へー。あ、あそこからショートカットできないかな?」


「やめておくといいよ、確か列車砲型の機械獣がいたはずだ、線路を破壊すればどうにでもなるけど」


「線路、何で宙に浮いてるんだ?」


「自生しているからね」


「自生する線路」


「結晶樹と同じ類だよ。列車砲が獲物を狩って結晶線路がそこまでの道を作りおこぼれをエネルギーに変える」


「……この環境で高速移動できる砲台ってやばいのでは?」


「やばいよ。だからこの機械獣、結構な数がいる」



 機械獣の生態がすごく気になって来る話である。そう思って色々聞いてみる。すると機械獣はあくまで既存の生命を置き換えたものに過ぎない、ということであった。複数の性質や道具を真似することはあれど根本的に過去の生命である。だから肉食の生き物が元になっているのであれば狩りをして肉を食べる。とはいっても大半の機械獣は爬虫類らしい鱗の要素が入っているため雑食であるそうだ。



 カメラを回す。このゲームは外部への共有を強く推奨していて配信モードの他に録画モードも存在する。それを利用して俺は周囲を撮影していく。倒壊した建物、ハンガー型の実を宿す結晶樹、車を模倣したせいでまともに移動できていないギャグ機械獣。最後のはすごくかわいそうであった。そうやって俺たちは東に進んでゆく。



 大地は灰色と紫の毒々しい色合いで染まっている。日光は悲惨なくらいに雨雲に遮られていた。大地に保水能力がないため簡単に蒸発し湿気が高い状態が続いてしまうのだ。ただその気化熱のおかげか温度が快適なのは救いである。



 しばらく歩いているとレイナがすっとAPの肩から降りて大地の向こうを指さす。相も変わらず地平線の見えない東側であったがそこに幾つかの影が見えた。



「あれは機械獣……?」


「うん、攻撃力の一番低い、サンドバッグに最適な奴さ」



 カメラを切ろうか躊躇してしまう。機械獣さん、ごめんなさい。これから酷いことをします、たぶんこいつが。

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