久しぶり2

 全てが終わった翌日の話である。珍しく早朝に起きた俺はスマホの通知にビクビクしながらロックを解除するが意外にも数件しか通知が来ていなかった。



『流石。とりあえず情報共有がてら10時に『HAO』の鋼光社に集合しよう』


『もう一人のうちになんか言われんかったよな!?』



 うーん、二人とも配信を見ていたようである。まあ怒ってはいないようだがそれはさておき、と暇つぶしにテレビを開く。この2040年になってもテレビは案外生き延びている。ラジオが終わる終わると言われながら2030年代まで生き延びた上、媒体を換え続いているのと同じようなものだ。



 とはいっても2050年にはなさそうだけれど、と思いながらチャンネルを回していると聞き覚えのある声がしたのでそこで止める。



「本日はまたしても回りくどい話でお馴染みの長喋教授に来ていただいております。よろしくお願いします」


「よろしくね。それで今日はスペースイグニッション社のマイナス質量物質についてだっけ」


「はい、その通りです。視聴者の皆様のために再度説明させて頂きます。昨日3月5日にオレンジと呼ばれる配信者によりスペースイグニッション社の機密情報が全世界に放映されました。これを受けて一時期市場は混乱しましたが現在宇宙開発関係の株価は逆に上昇しています。長喋教授、これは一体どうしてなのですか?」


「私は経済の専門家ではないのですが、一番初めにあるのがマイナス質量物質を合成する技術力があるということが皮肉にも本件で証明されたからでしょう」


「そのマイナス質量物質というものは何に使えるのでしょうか?」


「一番の使い道は重量軽減ですね。マイナス質量物質を車やAPの内部に配置しておくことで全体の重量を減らすんですよ。ほら模型にモーターをつけて走らせるホビーあるでしょ?あれ、模型が軽いほど当然速くなるんだよね」


「そのホビーは知りませんが……」



 ああこの前テレビで見た教授だ、と納得する。カルチャーショック!と叫んだ教授はしばらく黙り画面上に気まずい空気が流れていた。俺は時間までやることもないのでカーテンも開けずにぼーっと画面を見ていた。



 パンをむさぼりながらだらだらとしているとスマホから通知が鳴る。レイナと紅葉と俺のグループにメッセージが浮かんだ。



『ログイン制限かかった。集合場所、リアルに変更しない?』




 今の時代、学校や通話もオンラインがメインになっている。大学の授業によっては資料の著作権の関係上対面限定になったりもするが対面でもオンラインでも大して変わらない、という理由で浸透していっていた。



 だからわざわざ顔を合わす必要があるのか、という疑問もあったがまあレイナがそう指定するなら仕方がないと俺はその場所に向かっていた。行きたくない理由には勿論昨日のNPC紅葉がある。あのあとどんな顔をして会えば良いのか。いや別人なのはわかっているし本気でへこんでいるわけではないんだけれど、モヤっとしたものが残るのだ。



 そんな思いを表すかのように外は雨が降っている。春の雨、微妙に不快で微妙に気持ちが良い、何とも言えない天気。昔はこのあたりにも梅の花が咲き誇っていたらしいが。



 傘を差して歩いていると先に入って待っている二人が目に入る。紅葉がこちらを見る前に帽子を被ったレイナが振り向いて笑顔で手を振ってきた。いや怖えよお前、さっきまで背中向けてただろ。いつぞやの第六感存在する説が強化されるのを感じ冷や汗を流しながら俺は店内に入った。



 店は学生にとってはお馴染みの安価なドーナツのチェーン店だ。レイナは上品なものよりもジャンクなものを好む傾向にあり大体飯に行くときはここかハンバーガー店か牛丼屋である。傘をビニールの中に閉じて俺は彼女らのテーブルに座ろうとして……固まった。席は4人が座る用の、長方形のテーブルに2人ずつ座る形であったのだがそれが問題だった。



 レイナはいつも通りのシャツとズボンというラフな格好だ。こっちだと言わんばかりに自分の隣をポンポンと叩く。だが俺が固まっているのを見ると少し不機嫌そうになり叩く速度が増加する。



 そしてもう一人の紅葉だがリアルで合うのは何年ぶりになるだろうか。見た目は『HAO』で見た時とそのままの背丈と顔をしている。腰まで届いているんじゃないかという髪とおっとりしたたれ目で、四肢を包む黒い手袋とタイツに白いブラウスを合わせていた。そんな彼女だがこちらを見て少し顔を赤らめる。視線を机に固定しながら自身の隣の席を引いた。



 沈黙。いやどうすればいいんだこの空気。背後の店員さんはニヤニヤした様子で見てるし俺も反応に困る。しばらくして昨日の件で気まずい紅葉の隣はやめておく、という結論となった。



 レイナが勝ち誇っているかのようにご機嫌な様子で注文をする一方紅葉は安心したようなそれでいて不満そうな表情をする。少し胃が痛くなってきたので俺もレイナと同じようにスマホを開きメニューを見て注文を確定させる。するとすぐに頼んだドーナツが皿にのせられて自動レーンを走って来た。



 俺のせいで気まずくなっているのは明白だったので一先ずメモリーカードを紅葉に差し出した。紅葉は疑問の表情を浮かべる。



「これなんや?」


「昨日の紅葉をモデルにしてるっぽいNPCからもらったデータ」


「そんなの撮影してたのかい?」


「配信に映らないようにってミュートの時に渡されたんだよ。もう一人の私へって」


「なるほどなぁ。内容は、えーっとマイナス質量物質を利用した老化防止並びに若返りに関する……嘘やん」


「……冗談だろ?彼女はなんて爆弾を残していったんだ」


「?」



 二人はメモリーカードの中身を端末で覗いて目を丸くする。何をそんなに驚いているのか。また実はどこかの会社の機密で公開されると、みたいなパターンかよと思っていると紅葉とレイナは何やらひそひそ話し、端末をしまう。



 そして皿の上にあったドーナツに少し震えながら手を伸ばし直ぐに戻すレイナ。一方紅葉は完全に無表情になってしまっていた。もしかして、と思い俺は聞いてみる。



「アプデできるタイプのやつだった?」


「……できるかは分からないけど相当ヤバいデータやで、これ。他には何か言ってなかった?」


「使い道は何も。あー他に言ってたことと言えば二人だけの時に告h」



 その瞬間紅葉の顔が一瞬で真っ赤に染まりその後すぐに無表情に戻る。そして彼女は震える声で言った。



「……嘘やから」


「?」


「そいつはうちとは違うから関係ないっ!!!」


「ぷっ、ぷははは、ぷははは!あ、ツボにぷはっ」


「まーた変な笑いのスイッチ入ってるよ……」



 紅葉が大きい声を出すとレイナがこらえきれないと言わんばかりに笑う。いや確かに百面相とテンションの乱高下は少し面白いけどそんなに笑う所か?



 もしここで関係が進展してしまったら破滅したときの苦しさが……みたいなことをあの紅葉であれば考えていたのだろうが残念ながらここは現実。悪趣味な運営に自分の感情を捏造された被害者がいたわけである。まあこの状況を利用して話を先に進めてしまおう。俺が約束無視して駅の地下へ行った件、今ならスルーできそうだし。



「ぷくく……」


「で、ログインできなかったってどういう話なんだ?リスキルでもされたか?」


「……ふぅ。リスキルではないよ。まあ事情は大体察せられるけどね、『重複しています』という表現からすると」


「勘次君はどうやった?うちはいけたけど」


「俺はまだだ。家帰ったら試してみる」


「よし、で本題だが紅葉、鋼光社にあったんだな?」



 そう聞くと紅葉はもう一度端末を操作しスクリーンショットを見せてくる。そこに映っているのはあの『鋼光社製融合型Apollyon用燃焼兵器UK-02』に酷似したものであった。それがあの見覚えのあるガレージに分解されて置かれている。これはどういうことかと目で問いかけるとすぐに返事が返ってきた。



「2055までは生きてそこできちんと伝言したんやろうな。えらいわうち」


「この方法、他の所も使うと厄介になりそうだね。情報のリレーが始まっていく」


「?よくわからないけど切り札が急に出てきたのか」


「せや。そして量産型APで使えるように調整を加えてくれとる。勿論扱いにくいし運ぶなら引きずる形になるけどな。で、作戦や。決戦をうちらが仕掛ける」



 決戦と言われるとピンとこなかったがすぐに分裂体との戦いの事であると理解する。そういやそんな話だった、圧倒的な火力で装甲を破壊した後獣人や改造人間とかで攻め立てれば分裂体に勝てる可能性があるという。つまりこの緊急クエストの鍵を俺たちが独占している状態と言えた。



 しかも量産型AP用にしたということは実質俺専用である。そろそろオレンジ目立ちすぎて刺されたりしないだろうか?マスク以外に何か正体を隠すものが必要なのではなかろうか?



 そう思っていると紅葉は無表情を和らげて「じゃあ早速今日試し打ちするで。話題になってるうちに倒す手段があることを誇示せんと、皆が集まらへん」と言う。その言葉に頷くと共に会話は詳細な作戦のうちあわせ、掲示板での情報共有についての話に移行していった。レイナがログインできないのは不安要素だが、まあなんとかなるだろう。



 ◇



 そう、思っていた。



「お、起きた。……やっと会えた、もう一度」



 知らない場所だった。金属の表皮に覆われた樹木の中宙づりになるようなハンモックの上。そこで俺は誰かに抱きしめられていた。暖かさと柔らかさがじんわりと体を包んでいる。



 こちらを覗き込んでいるのは俺より高い背の女性だった。デニムの黒いショートパンツに赤いジャケットをさらしの上から纏っている。左腕は失ったのか肩から先が機械腕に置き換えられている。そして右目は眼帯に覆われていた。



 俺は知っている。この人物を。獣耳、白銀のショートヘアに碧の目、人工物かと思うほどの整った顔立ち。大きく変化していても間違えるはずもない。



「……レイナ?」

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