遮蔽

 ヒニルの配信には1000人近くの視聴者が来ていた。それは『HAO』という良くも悪くもここ数日で有名になった新作ゲームだからなのか、あるいはオレンジという名前に惹かれてなのか。画面の向こうでヒニルたちは必死に右に左に走り回っていた。



「西区を探したけどいないぞ!」


「北区もいない!マップ広すぎるクソゲー。ってかもうログアウトしてんじゃねえのかこのゲームからよ」



 大正解だがそれを知るものはいない。というかどうして俺が常時ログインしている前提になっているんだ馬鹿野郎、確かにRPGの敵は朝も夜も戦えるけどさ。13時間かけて何故気が付かない。レイナが音量を調節しながら俺に語る。



「ログイン制限の利用とか色々考えたのは上手いけどやっぱりつまらないことでミスするんだよね、こういう計画は」


「誰か指摘してやれよ…ってそんなことができて聞き入れられる関係があるならこういう迷惑行為はしないよな」


「人は孤独には耐えられないからね。たとえ暴君と奴隷という関係でも捨てるのは容易ではないよ。実際の関係ならともかく顔もあわさない画面越しの関係ならなおさら『そういうもの』として割り切れる」


「漫画のセリフだろ?」


「うん。まあこういうのを実体験として語るには人生経験が不足しててさ。人の言葉を借りて解釈するしかない」


「今のも?」


「私のことを漫画のセリフ朗読Botだと思っていないかい!?」



 画面の向こうではオレンジ処刑を掲げたヒニル君が少し焦燥している様子が見える。虹色のどぎつい髪色が特徴で、装備は高い防御力を持たせるための装甲特化パワードスーツ、それに機関銃と言う取り巻きと変わらない。恐らく初期所持金増加に特化させた上で装備に金をかけまくった構成だ。



 装備を揃えることで戦闘のノウハウを共有するというのは極めて正しい。この選択肢だけは多いクソゲーでは特に。しかしそれが仇となる場合も当然あるわけだ。



「装甲型パワードスーツだ!殺せ!」


「またきたぞ!弾幕張れ!!!」


「断罪wwwwwwwwwwwww」


「迷惑プレイヤーは倒していいってそれ当然だから」



 つまり他プレイヤーからの識別方法にもなってしまうのだ。装甲型パワードスーツと機関銃を持って集団行動をしていたらヒニル陣営なのが確定。それを狙って徒党を組んで襲い返せば対策はできる、という作戦はかなり効果的であった。何故ならログイン制限というものはヒニル陣営側にも適用されるのだから。



「PCの識別番号変えてみたんだけど弾かれる」


「IPアドレス変えたけどだめだった」


「クソゲーじゃねえか」



 運営はこのあたり頑張っているようで未だにチートの話は聞いたことはない。クソゲーだと言ってるコメント欄の人、俺もそう思う。チートとか以前に改善する点が山ほどあると思うんだよ。例えばAPが使えないとか。



 しばらく銃弾を吐き出し続け他プレイヤーによる襲撃をヒニル陣営は切り抜けたようだ。ようだ、というのは戦闘中視線が動き回って全体の様子が良くわからないからである。まあVRゲームを一切の制限なく写すとこうなる、という見本だ。まあ良くわからないが銃弾の音が減り、疲れた様子のヒニルが画面に向かって話しかける。旧人であるため酸素マスクを付けてはいるがその下の表情は容易に想像がついた。



「や、やっぱ一般のプレイヤーには罪がない……いやこれだと理屈が。あ、よし、おいお前ら!一般プレイヤーへの罰はこれで十分下したと言えるだろう!しかしオレンジは依然俺達から逃げて罪を償おうとしていない!!!そのためシフトを組んで街を監視しオレンジだけをキルする方向に変更する!他のところに本発表を共有せよ!」



 上手く言いつくろえた、といった感じのヒニルであるがまあそこを隠せるほど頭が回っていないのだろう。というかその言い方的に単に一般プレイヤーにボコられてるだけなのではなかろうか。


 ヒニルはマスクを何度も触りながらログアウトを行う。他の取り巻きも「シフトとか言われても……まあ暇なときは見に来るか」と言った様子である。13時間の無駄足は想像以上に彼らの心にダメージを与えたようだ。



 画面から目を離すと呆れた様子でレイナはベッドに身を投げ込んでいた。無駄にふかふかの布団がレイナの体を包み込むのを見て俺も飛び込みたい思いに駆られるがセクハラになるので仕方なくやめる。本当に欲しいこの高級ベッド。捨て猫のノリで偶然道端に落ちてたりしないだろうか捨てベッドとか捨て羽毛布団とか。とはいっても道端でニャーニャ―とベッドが鳴いている光景とか見たくない、鳴き声が何なのかはすごく気になるが。



 レイナは配信が終わったのを聞き取ったのかピコピコと帽子を上下させて寝返りを打つ。何故か動き外れない謎の帽子の位置を調整しながらレイナはこっちに向き直った。



「でーどうするんだい?」


「どうするって言われても……まーあと2日は放置じゃない?」


「2日!」


「だってAP修理終わらないだろ?どうせぶつかるならAP直してからでもいいじゃん。掲示板の人たちが分裂体の攻略に関してはかなり真面目にやってくれてるし、俺がやるべきことは変なリスクをとらずにAPを操縦できるようにすることかなって」


「APで遊びたいだけじゃないか……ヒニルに流石に同情するね」



 レイナが哀れみの表情を画面に向ける。ここって俺が本来同情されるべきところなのではなかろうか? にもかかわらずこの扱い、流石に酷い。



 というわけで。



「じゃあ定期的に覗きにいくか。顔だけ見せて即ログアウト……いや、それだけじゃ足りないから『今日は機械獣15体狩るか~』とか聞こえるように呟いておこう」


「最高」




 ◇



 さて、あれから2日が経過しAP修理完了の日である。この2日は煽るために『HAO』にログインする以外は全く別のゲームをやっていた。『狙撃VR』とかいうアホな名前の癖に異様に実用的なFPSである。全ての銃が実在していて反動や弾丸の軌道まで再現、自分で相手との距離を測定し補正しなければならない。しかも各々に地形が与えられてそこから出れない仕様であるため最低でも100m以上の距離を本当に狙撃しないといけないのである。



 が、なんか負けた気になるという理由で習得してしまった俺にとっては意外と神ゲーになっているのであった。上位のプレイヤーは皆リアルのスナイパーかと思うくらいの腕前でそれに勝てた時の気持ちよさが半端ではないのだ。



 そんな話はさておきとして再びログインをし、人目を避けて鋼光社に向かう。さて今日はいよいよAPのお披露目日である!恐らく全サーバー初の成果となるのではなかろうか。



 相も変わらず旧大阪市の中は寂れている。住宅区を歩いている時ふと見上げると首を吊った男の死体が目に入る。残っているという事は恐らくNPCなんだろうけど、自殺するNPCとは意外と新鮮である。まあだいたいのゲームはそこまで追い込まれる前に主人公が助けに来るからなんだろうけれど。



「ところでこのゲームの主人公、誰なんだろう?」



 MMOは大抵の場合プレイヤーが主人公で物語が進行してゆく。これはNPCと他プレイヤーの関係が自分から見ると無いからなのだ。例えばNPCの呪いを解くというイベントを自分が達成していてもイベントをクリアしていない他プレイヤーから見ると依然呪いは解けていないのである。当たり前というか、そんなところまで共有すると大変なことになるから当然だ。



 ではこのゲームはどうだろう?全てのNPCは共有で誰かが殺すと他プレイヤーはもうそのNPCと会話できなくなる。こうなると主人公がプレイヤーだとすると主要NPCがいなくてストーリーが進行しなくなってしまう。たぬ〇ちが殺されてしまうと借金を負うイベントが無くなりゲームが始まらなくなるみたいな話だ、いやそれはコンシューマーゲームだけど。



 裏路地を歩き回りながら目的の鋼光社にたどり着く。中に入ると既に紅葉とレイナはAPを見ていた。APは既に修理されており、ピカピカとはいかないが全ての部位が完全な状態となっていた。溶けていた装甲は新しいものに置き換わっており関節部から何かはみ出していたりもしない。全身を装甲が覆った武骨な量産型APが動く状態で初めて俺の前に存在していた。



「おう、修理完了したぞ」


「ありがとうございます。お、ブレードが背中についてる」


「重火器の搭載は無理だったがまあこれくらいならな。腕部のアタッチメントを追加しておいたからこれで手が滑って武器を落とすなんてことは無くなるぞ。他は基本的に壊れた部分を取り換えて燃料を入れただけだ。まあこれで機械獣と戦えるくらいにはなるだろう」



 この前泣き崩れていたおっさんが満足げな表情で俺に語る。紅葉とレイナは何やら話し合っているのでそれは置いておくとして実際にコクピットに乗り込む。汚れの類は全て拭き取られていて綺麗になっておりあの発電機も別の小型のものと置き換えられている。



 おっさんの言う通りにスイッチを押し、ヘルメットを頭に装着すると急に視界がクリアになりAP視点に切り替わる。



「これってVR技術の応用か。ってことは俺VRゲームの中でVRゲームしてる状態なんだな」


「おう、VRをそのまま応用しているぞ。改造人間とかもこの技術使ってたりするしな。で、基本的にAPは思考でそのまま操作できる。ただし抜刀だとか剣を振るような動作には専用の操作が必要だ」


「どういう基準ですか?」


「危険度だ。ついうっかり人を殺してしまうとこまるだろ?だから武器を振るうとか民間人がいる状態で走ろうとするにはスイッチを押してレバーで操作、という操作が必要になる。例えば右上のスイッチが武器を装備するためのものだ。で、そのもう一つ右が武装の使用」


「この操縦桿は何に使うんですか?」


「威力調整だ。全力で押し込めば120%の力が出るし少しの力なら50%くらいの出力となる」


「なるほど、思考で操作してスイッチで制限を外してレバーで威力を上げる」


「一回操縦してみな」



 おっさんはそう言ってコクピットから離れる。キャノピーを閉じるとプシュっと隙間から音が鳴った。内部を酸素の入った混合気体で満たすためだ。



 というのも実はこの世界の酸素は電力で水を分解することで作られている。学校の授業を覚えているだろうか、2H₂O(水)が2H₂(水素)とO₂(酸素)になるという有名なやつで中学校にて学んだ人もいるはずだ。そんなわけでこの低い酸素濃度の世界で確実に酸素を得るには電気が必要なわけだ。



 そして個人の持つ酸素生成装置は性能があまり高くない。なんせ持ち運べるサイズでバッテリーが長持ちし酸素を一定量供給し続けなければならないのだ。しかしAPの電力を流用する形であれば酸素を安定して供給できる。



 それに加え外でマスクを付けっぱなしは精神的な疲労が大きい、そんな理由からこのAPは外の外気から遮蔽されていてノーマスクで呼吸ができるわけだ。まあここはドーム内なので酸素あるからいいけど、確かに外で何週間も酸素マスク外せないのは辛いよね。



 そんなわけで締め切られたコクピットを確認し立ち上がろうとする。先ほどヘルメットによりAPと感覚を共有しているため視界が奇妙に広いのが気持ち悪い。そしてAPは俺が思った通りにゆっくり立ち上がった。



 次に右上のスイッチ2つを弾いて解除、背中の巨大なブレードをゆっくり取り出す。そしてそのまま武器を持たない側の腕で正拳突きを行う。一打目はゆっくり、二打目はレバーを全力で押し込んだ一撃。すると二打目は腕だけで撃っているはずなのに凄まじい力が足にくるのがわかる。そとから見ると少し早くなっただけだがなんつうパワーだこれ……!



「おーい満足したかい?」


「満足も満足、大満足だよ。ガチじゃんこれ」



 下の方で手を振っているレイナにAPの腕を振り返して一回機体から降り……ようとして固まる。玄関の向こうから妙な物音がする。複数のパワードスーツの音というか機関銃の装弾をしているような音だ。APによる強化聴覚で辛うじて聞こえるぐらいだが。



 レイナは俺が気づいたことを理解したのかにこやかな顔をしながらナイフを取り出す。一方の紅葉はため息をつきながら両手にサブマシンガン、背中にロケットランチャーらしきものを背負い始める。レイナは見た目そのままだが紅葉の服は膨らんでいて間違いなく他にも何かを装備していた。レイナが笑いながら俺に向かってこの街の全体図を見せてくる。



「さあまずは配信をつけてこの場所に向かうんだ」


「……それ絶対ヒニル君いる場所だよな?」


「いやー、私たちが二人で遊んでいる時も付きまとわれて、オレンジと一緒にいた二人だって言って取り巻きの奴がセクハラ発言連打してきてさ。それで流石に気持ち悪かったからそろそろ潰そうかなって」


「それはうちも同意やけど配信はいらんのちゃう?あいつの再生数が伸びたら負けやろ?」


「だから配信するんじゃないか。皆が見るのは悪人を退治するヒニルじゃなくてヒニルという迷惑プレイヤーを倒すオレンジなんだよ」


「……正直興味ないんだけど、まあレイナがそこまで言うならやるかぁ」



 レイナの目が笑っていないのを感じ、戦闘態勢に入る。何より大事なのはこの武器屋を壊されないこと、おっさんを守る事である。折角手に入れたジョブとAPを奪われて無職になりたくない、そう思いながら俺は先陣をきった。

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