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祖母と、この村を捨てて出ていった私たち家族に付けられた蔑称、裏切り者。日葵の姉だって、私たち家族だって村を捨てるつもりは無いのに。
自分たちの故郷が好きだから、それを捨てて去って行く人間が許せないのかもしれない。好きだからって、他人を裏切り者呼ばわりして良い免罪符にはならないけど。
日葵は悔しさを隠そうともせず眉間に皺を寄せて、下唇を噛んだ。繋いだ手が痛いくらいの力を込めて握られる。
「そうしたらすぐ、お姉ちゃんのお守りが龍神様の川に浮かんでたって、中学校の男子たちが騒ぎ出したの。実際はどうだか知らない。でも、男子が持ってたのは、確かにビショビショに濡れたお姉ちゃんのお守りだった。絶対、アイツらが盗んだんだよ。盗んで川に沈めたんだ。ううん、川にすら行ってない。ただそこら辺で濡らしただけかも」
小さな身体に溜め込んでいた恨みや怒りを吐き出すように、日葵の言葉は早く、強くなっていく。
日葵の頬を伝い落ちる涙を見なかったことにして、私は目を背けた。
「でも、お姉ちゃんを嫌いな人たちにとって、本当がどうだったかなんて関係なかった。その日からお姉ちゃんは裏切り者から、龍神様に選ばれた、龍神様の花嫁って呼ばれだしたんだ。良い意味なんて欠けらも無い。ただ龍神様の為に死ねって、大人も子供も楽しそうに言ってた。見たことも無い、いるはずの無い、迷信の、龍神様なんかの為に死ねって。そんな馬鹿な話がある?」
日葵は肩を上下させ荒い呼吸を繰り返す。
その悔しさが、怒りが伝わったように、私は奥歯を噛み締めた。
何秒か間を空けて、幾分か呼吸の落ち着いた日葵がぽつりと呟いた。
「……でもね、お姉ちゃんは龍神様の花嫁になったんだ。龍神様の川で浮いてたんだって」
蝉や鳥の声に掻き消されそうな、弱々しい声。
「あたし、どうすれば良かったのかな? 『大丈夫?』って聞いても、いつもお姉ちゃんは『卒業までの我慢だから』って笑うだけだった。無理やり笑ってるのが分かったから、その分私がいつもより笑って話しかけたんだ。お菓子もあげたんだよ。それでも、お姉ちゃんは辛そうなままだった。あたし、どうすれば良かったのかなあ。分かんないよ。」
後半の言葉は私ではなく、少女自身に向けられていた。
姉が亡くなってから、誰にも言えなかったであろう、日葵の小さな身体にギチギチに詰め込んで、溜め込まれていた本当の気持ち。救援要請。
大粒の涙を幾つも流す日葵にかける言葉を、私は持っていない。私では日葵の涙は止められない。それが、歯痒くて悔しい。
祖母の家で日葵が、神様の力を使って村人全員を殺したいと言った意味を理解した。
日葵は恨んでいるんだ。大好きな姉を蔑んだ村人を。見捨てて守らなかった両親を。姉を取り巻いていた村の全てを。それでいて、何も出来ずにその村で生きていくしかない、無力な自分を。
同じ経験をして、その選択肢があるのなら、私だって日葵と同じことを願うだろう。
慰めの言葉の代わりに、繋いだ手にギュッと力を込めると、日葵もギュウッと手に力を込めた。
龍神様は信じていないが、龍神様の花嫁になったらしい姉は信じている。日葵が姉に会いに行くのは、きっと弔いなのだ。
繋いだ手に水滴が当たった。
ああ、ついに雨が降ってきた。そう思って見上げる頃には、鈍色の雲に覆われた空からザアアと大粒の雨粒がいくつも降ってきた。
一瞬で私たちは濡れ鼠のようにずぶ濡れになった。汗で服に張り付いていた肌が洗い流されて、いっそ清々しい。
「どうする?」
進むのか、引き返すのか部外者の私に決める権利はない。決めるべきは日葵だ。
「行く。お姉ちゃんに会いに。どうしてお姉ちゃんが死ななきゃならなかったのか、生きてちゃダメだったのか。……あたしはどうすれば良かったのか、知りたいから。聞きたいから」
決意を込めた声で言い、日葵はワンピースの襟首で雑に涙を拭った。
真っ直ぐに前を見つめる日葵の瞳が何を見据えているのか、私には分からない。ただ、私は何も言わずに頷く。
日葵が走り出した。
繋いだ手に引っ張られるままに、私も転びそうになりながら付いて行く。水溜りから泥水が跳ねて、ズボンが汚れても気にならない。日葵の長すぎる真っ白なワンピースの裾も、徐々に茶色に変わってゆく。それでも、私たちはスピードを緩めること無く走る。
事情を聞いて少し尻込みしている私が、日葵にしてあげられることがあるのか分からない。それでも今は、日葵の選択を見届けてあげたいと思う。
この先、どうなっても最後までついて行くよ。
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