9話.特訓の日々

 特訓を始めてからは苦難の連続だった。

 運動三日目、筋肉痛でほぼ動けなくなる。

 己の柔な体が情けない。


 澪さんにこのことを伝えると、しっかりストレッチしないとダメじゃないと怒られてしまう。

 ごもっともだと平謝りし、筋肉痛を悪化させな程度の最低限の運動をするように指示された。

 せっかく澪さんが僕を変えるために与えてくれた課題をできないとは虚しく、三日目は最低限の運動と入念にストレッチをして終わった。


 筋肉痛がなくなった次の日から、トレーニングを再開した。

 最初は悲鳴をあげていた課題も十日も過ぎる頃には楽になっていった。

 ご飯を食べる量も増え、母は嬉しそうに僕のお代わりに応えてくれた。

 これなら三ヶ月は余裕かもと思った矢先、澪さんからの筋トレの増量を命じられた。

 筋肉は限界まで痛めつけないと成長しないということらしい。

 結局、筋トレ増量のおかげで、体が慣れることはなかった。

 しかし何故、何も報告してないのに僕が慣れてきたことを分かったのか。


 挫折しそうになると澪さんがやってきて一緒にトレーニングに付き合ってくれて、僕を励ましてくれる。

 励ましはすごく嬉しいのだが、澪さんは僕と同じメニューをこなしている筈なのに、汗一つ流さず、疲れている素振りを見せない。

 僕がノルマをこなすのが遅過ぎるのか、彼女が異常なのかどっちなのかは分からないが今はそんなこと考えず、精一杯頑張ろうと思う。

 

 勉学の方は澪さんの言った通りに先生の話に集中して授業を過ごした。

 すると家での復習の際、驚くことに雑に写したノートを見ても内容が理解できたのだ。

 昔は先生の書いた黒板を丁寧に丸写すだけで授業が終わり、先生の話を聞いていなく、丁寧に書かれたノートを見ただけでは理解できないことが多かった。

 先生の話って大事だったのかと実感し、今まではやってこなかった復習もするようになった。

 ただ、ノートを綺麗に書き直すだけだったが、それでも授業に対する理解度は高まっていった。

 それでも分からない問題は勉強会の時に澪さんに教えてもらうという日々が続いた。


 特訓開始直後は全然ゲームができなくて、澪さんとゲームで遊ぶことができなかったが、その分、ゲーム内での会話を埋め合わせるぐらい、彼女とのLINEが増えた。


 月日が経つにつれ、変化が表れて始める。

 ガリガリだった体には筋肉が付いてくるようになり、体重も増えた。

 勉強も理解できるようになると楽しくなり、昔よりは積極的に取り組むようになった。


 特訓開始が一ヶ月ほど経つと夏休みに入り、澪さんに課せられる特訓のメニューが増え、勉強会の回数が増えた。

 正直かなりキツくはあったが、楽しくもあった。


 次第に僕にもゲームができるぐらいに余裕が生まれてくる。

 ゲーム中は澪さんと遊んで、腕を磨いた。

 毎日、何かしら澪さんと関わり合いながら、僕たちは満喫した夏休みを過ごしていた。


「壮太くん、明日ひまかな?」


 それは夏休みも終盤にかかったある日、勉強会を終えた澪さんが僕に尋ねてきた。


「特に予定はないですけど……」


「じゃあ買い物でも行かない? 壮太くん、最近服が小さそうに見えるんだよねー。それにいつまでもお母さんが買ってくる服なんて着てたら、彩芽は振り向かないよー」


「どうしてそれを知ってるんですか⁉︎」


 確かに筋肉がついてきたせいで、服がパツパツになってきたのは感じていた。

 でも何故、母さんが買ってきてくれることを知ってるんだ⁉︎


「そりゃあ、見たら分かるよー」


「……そんなにダサいですかね?」


「んー、ダサいというより古い感じがするかな。それでどうする?」


「買いに行きましょう! お年玉全部下ろしてきます!」


「やる気があっていいねー。じゃあ明日よろしくねー」


「はい!」


 勉強を終え、澪さんと別れた僕は服の雑誌でも買って明日に備えようと意気込むが、ふとある疑問が浮かんだ。

 あれ? 男女二人の買い物ってデートなのでは?

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