第38話 心願試合

 これから、福西中学校VS鷲取中学校との試合が始まった。福西中からは、俺が一番で二番が奏ちゃんが出る事になった。奏ちゃんも、驚いていたが説明すると納得してくれた。


 そして、ダブルスからは山本君と日高が出る事になった。四番は久原先輩で、五番は村部が出る事になっている。


 相手は、一法師が宣言通りの一番に出場する事になった。二番からは、名前は知っていても実力はあまり分からない。


「本当に一番で出るとは思わなかったぞ」


「あぁ、なんとかいけたよ」


 俺は、一法師と握手を交わす事で試合が開始された。審判は高目君の下、試合の判定が行われる。


 俺からのサーブで、俺は深呼吸をしながら一法師に向けてサーブを打ち放った。俺のサーブは、基本的に横下回転サーブを愛用している。


 横下回転サーブとは、球の四時から五時の方向を引っかける事で放つ事ができる。このサーブは、俺から見て右側のコートの端っこに球が向かってくる。


 しかも、一法師は右利きなのでサーブからフォアスマッシュは打ちにくい。ちなみに、フォアとはバックの逆側の事を言う。


 しかし、一法師はいきなりバックスマッシュを仕掛けてきた。フォアスマッシュよりかは威力が少ないが、予想を超えてきたので対応が遅れてしまった。


「くそ、綺麗なフォームで打ちやがって」


「ありがとう。でも、俺も本当に決まるとは思わなかった」


 俺は、打たれない為に今度は高速ロングサーブを使用した。球を上げてから低い位置で、回転をかけずに強めに打つ事で高速ロングサーブが出来上がる。


 このサーブの対応は、流石に繋いできたので俺が回り込んでスマッシュを披露したが一法師は普通に返球してきた。そして、俺は返球しにくい場所にスマッシュを決めた。


 そこからは、互角に点を取り合った。一法師の得意技は、バックスマッシュやバックドライブなどのバック系の技だと確信した。


 俺の攻撃に反応できているのは、バック側に球が行った時だ。フォア側に球が行くと、反応速度が変わってくる。バックの時より、明らかに遅くて不安定なので恐るに足らなかった。


 なので、なるべくフォア側に球が行くように攻撃を仕掛けるようにした。案の定、フォア側に対する不安定が原因で点差が少しずつ開いてきた。しかし、一法師はその対策として回り込んでバックスマッシュを放った。俺は、腕が短いのでそこを突かれたかの様にラケットが届かなかった。


 それから、一法師に回り込めない様に力強く攻撃を仕掛けた。一法師は、フットワークが良いのですぐに追いついて対抗しようと粘ってくる。だが、一法師が回り込めば逆方向がガラ空きになるのでそこに返球できればどんなに追いついても攻撃を仕掛ける事はできない。


「よっしゃ!」


 俺は、なんとか空いてる所に返球できたので一法師から一点を獲得した。今の点数は、十対七で俺がリードしている。


 一法師のバックサーブを、ツッツキでフォア側に返球した。先程の事があったので、フォアドライブを力強くお見舞いした。


「まさ君、お疲れ様」


 俺は、先程の一点でこのセットは俺の物になった。芽依香に報告をして、水を飲んでから試合に戻ろうとした。だが、奏ちゃんも休憩中なので声をかけにきてくれた。


「おう。奏ちゃんもお疲れ」


「僕はね、今のところ勝ってるんだよ」


「そうなのか。それは、良かったよ。その調子で頑張れよ」


「うん。ありがとう」


 奏ちゃんは、相手である中島なかしまと言う奴に二セットも勝ち取っている。あっという間に、三セット目を迎えるらしく俺も奏ちゃんよりかは進んで無いが二セット目を迎えるため試合に戻る事にした。


 二セット目は、一法師のサーブから始まる。一法師は、バックサーブで俺のフォア側に展開してきたので俺はフォアドライブでフォア側に展開した。


 しかし、先程みたいに回り込んでバックスマッシュを打つ事はしなかった。そんな手間がかかる様なやり方は毎回しないようだ。少しカット気味の返球に対して、俺はループドライブを展開して一法師に対抗した。


 ループドライブとは、カットマンなど下回転で返球してくる相手に対して対抗する手段の攻撃方法である。ただ、打球スピードは遅いので打たれやすいリスクはある。


 案の定、一法師はフォアスマッシュを打ち込んできたが外れたので俺に一点が入った。明からさまな弱点に、俺は今までの試合をどうやって勝ち上がってきたのか不思議になった。


 だが、その気持ちは命取りの様だった。あと二点で、このセットも俺が勝ち取れそうになった時に綺麗にフォアスマッシュを食らった。


「そう言う事か」


「たまたまだ。俺は、本当にフォア系が苦手なんだ」


 やはり、一法師もフォアが苦手なのは自覚しておりそこを狙われているのは感じているそうだ。俺は、わざとフォア側が苦手なふりをしていたのかと思った。


 だが、これで少し一法師の事は理解できた。苦手ではあるが、時として攻撃が決まる事がある。それにしても、基本的なフォアが苦手とは少し個性的であると感じた。


 一法師は、苦手な部分を狙われていると知っていても恐れる事なく攻撃を仕掛ける努力がある様だ。


 俺は、その姿勢に評して得意技で勝負する事にした。俺は、積極的に攻撃を仕掛けるタイプなので一法師が得意としている物を打ち砕く事を決めた。


 一法師は、俺のドライブをバックスマッシュで俺のバック側に返球してくるのだがやはり対応に遅れてしまう。しかも、色んな所に狙う事ができるのでやはり打ち砕くのは難しい様だ。


 それでも、諦めずに必死に狙い続けた。しかし、上手く返球してくるので対処に苦しんだまま二セット目は取られてしまった。


「チッ。取られちまった」


「まさ君、大丈夫だよ。僕は勝ったから心配せずに戦ってね」


「マジか。それは、よかった」


 奏ちゃんなりに、俺を励ましてくれているのだが余計にプレッシャーを感じてしまった。確かに、試合表を見ると奏ちゃんが中島に三対零で圧勝していた。


 今は、隣の台でダブルスが一生懸命に頑張っている。だが、グダグダなのは予想通りであった。山本君も、俺との練習でお互いの事は理解しているが日高とは何も練習せずに戦っているのでどうして良いか分からず躓いていた。


 そもそも、俺の我儘で代わってくれたので申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だからこそ、本気で戦わせてもらう。


 三セット目は、俺からのサーブなのでもう偉そうな思考を抱くのはやめる事にした。しっかりと、相手の弱点を狙って確実に勝ち取る事に決めた。


 一法師の攻撃を、確実に繋いで苦手な部分に返球する事でミスを誘ったりカウンターを浴びせて反応させなかったりと反撃が綺麗に決まり続けていた。


 生前の頃は、こんなに楽しいと思った事はなかった。しかも、卓球がこんなにも楽しくできるなんて嬉しくて心が痺れている。それも全部は、居ない筈の奏ちゃんや芽依香のお陰である。


 俺は、一法師との駆け引きなんてどうでも良くなってきた。俺も、生前の頃より自信が持てており実力も確実に上がっている。


「おりゃー!」


バシィィィィィィン!!!


 俺の渾身の一撃を、一法師のバック側に食らわした。一法師は、反応が遅れてしまい返球する事は叶わなかった。


「よっしゃ!」


 この一点で、俺の自信がかなり上がった。俺の殻が破れた感じがしており、この三セット目は俺がしっかりと勝ち取った。


「まさ君、凄かったよ」


「ありがとう。それより、ダブルスはどうなってるんだ?」


「もう駄目みたい」


 ダブルスは、グダグダが続いたまま試合が進んでいた。一セット目も二セット目も、点差が大幅に開いたまま終わっている。


「俺のせいだな。山本君には、後で謝ろう」


「そうだね。僕は、まさ君のどんな我儘も受け入れようとするけど、他の人は分からないからね」


「あぁ、そうだな。それにしても、いつも奏ちゃんのお陰だよ。ありがとう」


「まさ君……」


 俺は、奏ちゃんに感謝の意を伝えた。こんなにも、心の底から痺れてしまう程楽しくて仕方がないのは初めてだ。


 奏ちゃんも、照れながら俺の気持ちに答えてくれた。俺は、奏ちゃんに気持ちが伝わった所で四セット目に挑んだ。


 俺の、先程の一撃で一法師も目が変わっていた。今までも、本気で戦っていたと思うがさらに本気で戦うと言う男の目をしていた。


「とうとう、本気になったか?」


「そうだ。今度は、あの一撃を喰らわない様にしてやる」


 それから、俺らは長い戦いへと持ち込んでいた。十対十のデュースになってから、お互いが許さずなかなか決まらない。


 その間に、ダブルスは負けており今は久原先輩が出場している。そう考えると、俺らはかなりの接戦を強いられている。


 俺がスマッシュで一法師を圧倒しても、次は一法師の攻撃に返しきれずにネットに引っかかってしまう。


 それが続いて、十七対十六で俺がリードしていた時だった。一法師のサーブで、バックサーブを繰り出したが俺のコートまで届かず俺に点が入った。


「終わった……」


 なんとか俺が勝った事で、この試合は俺らがリードする事になった。一法師は、疲れ果てた顔で俺との握手を交わした。


「ありがとう。楽しかった」


「こちらこそ、感謝するぞ」


 一法師は、気が抜けた様に俺の返事に応えてくれた。これにより、後は久原先輩と村部が勝てば俺らの勝利となる。


「お疲れ様、良かったわね」


「あぁ、本当にありがとう」


「本当よね。負けたら、岡本先生にはなんて言い訳をしようか迷ったんだからね」


「た、確かに」


 芽依香も、俺の試合はかなり鳥肌が立っていたそうだ。しかし、結果が良かったので一安心している。


 それから、試合が終了する事になった。久原先輩は負けてしまったが最後の村部が勝利を収めてくれたのでグループ優勝を果たした。


「俺らの分まで頑張ってくれよ」


「おう。任してくれ」


 俺らは敵ではあったが、真剣に戦った相手として敬意を払ってこの場を去る事になった。これで、Hグループの代表が決まり少し休憩を挟んだ後にグループ代表トーナメントが始まるのだった。


「よし、気持ちを切り替えていくとするか」


「そうだね。まさ君」


 俺と奏ちゃんは、身体をくっつけながら二階へと上がり次の試合へと気持ちを切り替える事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る