第36話 喜び
今の時間帯は、昼の十二時が経過した頃だ。先輩達は、グループ代表トーナメント戦の一回戦で敗北した為、男子は二軍だけになった。
このトーナメントに出れるのは、一位を獲得したチームだけが出場できる。先輩達は、Fグループ代表として出る事ができた。だが、相手はCグループ代表の三郎丸中学校の一軍に当たってしまい呆気なく敗北した。
女子の方は、白丸中学校に敗れてしまったのでグループ代表トーナメント戦に出場できなくなった。
今は、Hグループに所属する学校が同時に試合を繰り広げていた。一試合目の組み合わせは、鷲取中学校VS猛司中学校と福西中学校VS蒼泉中学校であった。
蒼泉中と言えば、奏ちゃんと同じ卓球クラブに所属している釘宮がいるチームである。ちなみに、芽依香も釘宮の事を知っている
一番で出場した久原先輩の相手は、
馬鹿にしているわけではないが、釘宮の顔はかなり特徴的だ。天狗みたいな鼻に、濃ゆい眉毛とぱっちりとした目が目立っている顔だ。だが、面白い顔と同じように人柄も面白くてクラブチームの皆んなから愛されている程の存在であった。
言いにくいけど、久原先輩のサーブはヘナチョコサーブだと思っている。その証拠に、飯野から即座にスマッシュを食らっており返球がままならないでいる。
それに比べて、飯野のサーブスタイルは球の九時方向に回転がかかる様にしゃがみ込んでサーブを繰り出していた。かなり、回転量が見て取れるので久原先輩がツッツキで返球しても全くコートに入らないのが納得できる。
しかし、奏ちゃんは全く違った。サーブの例として、横下回転のバックサーブや速攻無回転サーブなど状況に適したサーブを釘宮に繰り出していた。
因縁の相手である釘宮も、奏ちゃんに負けてない程のサーブの種類を持ち合わせている。奏ちゃんは、カウンターを得意としているのでそれを見越したサーブを繰り出している様に見える。奏ちゃんも、釘宮の弱点や得意技を知っているのが見てるだけで予想できた。
釘宮のサーブは、身体を逆向けに曲げながらサーブを繰り出す。そうすると、回転をかける位置でどんなサーブかを見極めにくくしている。逆向けにすれば、お腹で隠す事ができるので判断する時間を与えない様にしている。
俺の分析が正しいのか、奏ちゃんの返球する判断が出遅れている様に見える。それを見計らって、釘宮は先制攻撃して奏ちゃんを追い詰めている。しかし、奏ちゃんも得意のカウンターで接戦を繰り広げる事ができている。
とても、楽しく感じる奏ちゃんと釘宮の試合を観戦していると久原先輩が飯野に三対零で敗れてしまった。なので、俺は途中で観戦を止めて出場の準備をする事になった。
対戦相手は、
攻撃型の選手がいない事から、これは悪い予感がしてしまった。取り敢えず、俺が山本君を引っ張らなければいけない事には変わらないがどうしても言葉にできない感じがする。
その予感は、まるで見事に的中したかの様なやりづらさを感じてしまう。積極的な攻撃を仕掛けても、二人ともミスを誘う戦法を続けていた。
「こういう事か……。どうりでやりづらいと思ったんだ」
「き、清瀬君。ど、どうする?」
俺らが話していた作戦は、攻撃型が相手にいる場合の話をしていた。ダブルスは、基本的に攻撃型コンビか片方に守備型がいる事が主流である。だが、どちらとも守備型で固めるとは考えてなかった。
「俺も、チャンスボール以外は攻撃しない様にした方がいいな」
「りょ、了解」
俺は、完全にミスらないと思う程のチャンスボールが来ない限り、スマッシュやドライブを打つのは控える事にした。しかし、考え方が甘かったと思い知らされた。
スマッシュが打てると思い、スマッシュを仕掛けると中ペンラケットを所持している花村がブロックで安易に返球してきた。しかも、一度もミスをしてくれない。高畑も、俺のドライブやスマッシュを容易くカットで押し切ってきた。
「ファイトー!」
俺らの背後から、複数の仲間から掛け声が聞こえてきた。振り向くと、奏ちゃん達が応援をしてくれた。あまり、目立ちたがらない村部や恥ずかしがり屋の久原先輩も応援をしてくれていた。
奏ちゃんがやっていた台には、高目君が戦っていたのでもう終わっていると思った。俺らも、一セット目は相手に取られてしまい小休憩へと移った。
「奏ちゃんは終わったのか?」
「うん。お陰様で勝ったよ」
奏ちゃんは、両手でピースをしながら喜んでいた。釘宮とは、三対零で奏ちゃんが圧勝していたのでその結果に驚く他なかった。
「まさ君は、考えすぎてるのかもね」
「そうね。もう少し、気持ちを楽にしていた方が良いかもよ」
奏ちゃんと芽依香は、俺が考えすぎている事に気づいてくれた。確かに、俺は山本君を引っ張らなければいけないと言う責任を感じている。
しかし、その責任も染み込んだ戦法も難しく考えずに無心で挑んだ方が良いのではないかと言ってくれた。
芽依香に、引っ張らなければいけない事を言われた時はかなり焦っていたが、今回のアドバイスを言われた事で少し気が軽くなった。俺は、水を軽く飲み深呼吸してから二セット目に挑んだ。
相手は、いつも通りの作戦を続行していた。しかし、俺は相手の死角を狙って攻撃を開始する事にした。ミスを誘ってくるのならば、ミスを誘う前に潰せば良い。
なので、高畑がカットを繰り出している時に隣の花村は高畑の右肩後ろに居る。そこを突いて、高畑の左側に回り込みスマッシュを繰り出した。その作戦が、上手くいった様に綺麗にスマッシュが決まったので相手は反応に遅れた。
「っしゃー!」
後ろにいる仲間達も、一緒に喜んでくれた。その後も、死角を突いた攻撃は何度も上手くいき二セット目は俺らの点数となった。
「はぁ……。何とかなった……」
「お疲れ様。かっこ良かったよ」
「ありがとう、奏ちゃん」
奏ちゃんが、俺の為に声をかけてきてくれた。ちなみに、奏ちゃんの情報によると高目君の調子が悪いそうだ。セット数が二対零で負けており、三セット目も負けそうな勢いで点を取られ続けている。
「そうか。なら、俺らが勝つ事と村部が勝つ事を願うしかないな」
「そうだね。応援してるよ」
奏ちゃんに、優しく声をかけてくれるのでとてもやる気が芽生えてきた。三セット目は、俺の攻撃スタイルに警戒をしている感じだった。
「やれるもんならやってみろや!」
俺は、心の声が漏れながら高畑の死角を突く様にスマッシュを決めた。花村が邪魔で、高畑が手を出す事はできなかった。それを、何度も続けているが対処をされるまでもなかった。
山本君は、俺が攻撃を決める手助けをしてくれている。相手の返球に、しっかりと対応しているので俺が打つ出番が回ってくる。山本君も、相手が返球しにくそうな位置を見つけたら積極的に仕掛ける様にしている。
そのお陰で、三セット目も俺らの勝利で収まった。なので、四セット目を最後にしたいと山本君と一緒に意気込んだ。
「お疲れ様。今さっき、高目君が負けたよ」
「その様だな。ちなみに、村部はどんな感じなんだ?」
「凄く頑張ってるよ」
村部が勝たないと、俺らが勝っても意味無いので心配してしまう。しかし、俺らが勝利しないと意味が無いのもあるので、まずはこの試合に全身全霊を込めるしかない。
四セット目になると、相手二人の目が変わった様に見えた。俺の攻撃をさせない様に、自ら攻撃を仕掛けてきた。高畑は、カットでミスやドライブを誘ったりと俺や山本君の選択肢を狭めてきている。
しかも、ドライブを誘い込めば花村がスマッシュを打ち込みやすくなる。それを見越して、今の戦闘スタイルに変えた様に見える。だが、これだと俺らが話していた事と同じ戦術だと言う事に気づいた。
「き、清瀬君の言う通りになってるね」
「あぁ、俺らが話した通りの相手ならむしろ問題ない」
ダブルスは、交互にサーブを行うと言うルールである。例えば、先程は高畑がサーブをしていたので高畑が前の位置で花村が後ろの位置に立っていた。
今の俺らの位置は、山本君がサーブする番なので前に立っている。二回ずつ行い、山本君のサーブする番が終われば、今度は相手の番で花村がサーブをすると言う流れだ。ちなみに、花村が終われば俺がサーブを打つ事ができる。
山本君は、ここ数日間でフットワークや自分の戦術の練習をひたすら行っていた。コミュ障や足が遅い事に、山本君は悩んでいる様だったが人一倍に努力する所は彼にとって良い部分である。
素直で人柄も良いからこそ、俺は山本君を卓球部に勧誘した。だから、俺は山本君を信用している。
「この試合、絶対に勝つ!」
俺と山本君は、お互いの拳を合わせた。これからの相手も、俺からすれば願いが叶ったかの様な感覚で気持ちが痺れていた。
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