WB LIE Ⅳ-Ⅳ

 再び所長が過去へ行ってから75時間が経とうとしている。その間一度だけ電話でやり取りを行ったが、今回はうまくいったといっていいだろうという事だった。


 僕や里佳子さんはほっと胸をなでおろした。この事は北野さんへも電話で伝え、彼もほっとしていたようだった。今回の件は北野さんの後悔のウソが発端となり始まっている。自身のウソの回収を済ませ、あとは所長の意識が戻って来た際に確定された現在において何事もなければ北野さんも本当の意味で背負っている十字架を降ろす事が出来るのだろう。


 そして、75時間が経過して所長の意識が戻って来た。所長はほっとしたような面持ちでいるが、どこかでまだ緊張感を感じさせる。現在に戻ってきてもまだ色々と確認するまでは不安な気持ちもあるのだと思う。


「おかえりなさい! 今回はうまくいったようですね!」

「ありがとうございます。そうですね……。考えられるやるべき事は行ってきたつもりです。ただ……、妻が本当に今も無事かを確認してみない事にはまだ……」

「そうですよね。でもきっと大丈夫だと思います。大丈夫に決まっていますよ!」


 僕がそういうと所長は笑顔を返してくれた。そして、おもむろにスマートフォンを取り出し、なにやら操作をしている。先程僕に見せてくれた笑顔は次第に険しいものに変わっていた。そして、スマートフォンに耳を当てだした。


 所長の沈黙が僕達にもいやがおうにも緊張感をもたらす。


「あぁ……、いや、特に用という訳ではないのですが……。えぇ……、分かりました。それではまた後で……」


 所長はスマートフォンの画面をタップして通話を終了させた。その表情は少しはにかんでいるかのようにも、涙を我慢しているようにも見えた。


「妻が……、妻がですね、今日の夕飯は外食しようと言っていました……」

「えっ! じゃあ奥様は今もまだ……」

「そのようですね……。妻は生きていました! 皆さんありがとうございます! あぁ本当に……」


 所長の目からは涙が溢れだしていた。それを見て僕も目の前が滲んだ。里佳子さんを見ると、すぐにそっぽを向いて奥へ歩いて行ってしまった。しかし、一瞬見えたその目には僕らと同様に涙が滲んでいたに違いない。付き合いが長い分、僕が感じているよりもひとしおだと思う。


 そして、インターネットでここ数日の事件のニュースを確認するが、犯人の男が起こした殺傷事件についてのニュースはどこにも見当たらなかった。これで、全てが上手くいったのだ。この件にまつわる後悔のウソは回収されたのであった。


「さぁ、早速北野さんを呼び出して今回の依頼を終了させましょう!」


 所長は涙を拭い、力強くそう言った。僕は急いで北野さんへ連絡してアポイントメントを取った。そして、その日の夕方に北野さんはWB LIEを訪れてくれた。


「北野さん……。本当にご苦労様です。今回は私がお邪魔してしまいましてご迷惑をおかけしました」

「いえ、今回の件の詳細は西島さんから伺いました。教授……、本当に良かったです。こちらこそご苦労様でしたと言いたいです」

「ありがとうございます。北野さんも良かったですね。これからは今まで背負っていた十字架を降ろして目一杯楽しんでください」


 両者はそういうと笑顔で握手を交わす。


「では北野さん。貴方に最後の質問です。貴方は後悔のウソを解消する事が出来ましたか?」

「えぇ、もちろんです! 教授には色々ご迷惑おかけしました。またいつかお目にかかれると嬉しいです」


 これで北野さんの依頼は終了した。私たちは笑顔で見送り、事務所内へ戻る。そこで、里佳子さんが神妙な面持ちで所長と向き合う。


「さぁ、今度は所長の番ね。そこのソファーに座って」

「私もやるのですか? いいですよ。そこまでしなくても」

「ダメよ! こういうのはきちんとしておいた方がいいに決まっているのよ!」


 所長は照れながらもソファーに座った。今まで何度も依頼人に言ってきたセリフを今度は自分が言われる事になる。どことなく緊張しているようにも見える。


「では、梨田泰造さん。貴方は過去で後悔のウソを解消出来ましたか?」

「はい。解消出来ました。皆さんにもご協力いただきありがとうございます。あの時自暴自棄になり、とんでもない事をしてしまう所、それをしないで済んだのは皆さんや妻のおかげです。その節は取り乱してしまい申し訳ございませんでした」

「本当にそうよ! この埋め合わせに私たちと所長、奥様の4人で食事にでも連れて行ってもらわないとね! 当然所長のおごりで! ねっ、寛太君」

「いや、僕はそんな図々しい真似は……」

「なにぃ!」

「あっ、すみません……。所長! 宜しくお願いします!」


 僕たちはみんなで笑った。とても心地のいい時間が流れていた。それは寒い冬が終わり春を感じさせる風が柔らかく吹いているのに似ていた。

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