黒川 美鈴 Ⅷ

「あのね……私は綾ちゃんが大好きなの。中学時代からの親友だと思っているわ」

「美鈴……」

「でね、綾ちゃんは最近クラスメートのみんなと楽しそうにしていて、私と昔みたいにお話ししたり一緒にいてくれないじゃない?」

「……別に私は美鈴を蔑ろにしているわけじゃ――」

「分かってる。……分かってるよ。昨日だって私を心配してくれているし……。でもね、私は寂しいんだよ……どんどん綾ちゃんが私の元から離れていっちゃうから……」


 私はいつのまにか涙を流していた。寂しいのか、悔しいのか、イラついているのか……どの感情からくる涙なのか私自身分かってはいない。ただ、綾ちゃんと二人で昔みたいに過ごしたいという気持ちが大きい事だけははっきりと分かる。


「だからね……、これからは私と二人で……二人だけで昔みたいに一緒にいて欲しいの!」


 私は綾ちゃんに自分自身が一番望んでいる事をぶつけた。涙は相変わらず流れているし、手も震えてしまっている。でもついに言葉にして言えたのだ。どうにか綾ちゃんの心を取り戻したい……。


「……美鈴。ありがとう。そんなに私の事を思っていてくれているなんて、嬉しいよ」

「綾ちゃん……」

「私もこれまで美鈴と一緒に過ごしていた時間はとても楽しいものだったよ。それは今も変わらない……」

「綾ちゃん、じ、じゃあ――」

「でもね……。美鈴との時間もとても大切だけど、クラスメートのみんなといる時間もとても大切なの。最近みんなと打ち解けてきて思ったの事があるの」

「…………」

「美鈴と二人でいた時ももちろん楽しかった。でもずっと二人でいると世界が広がらない様な気がするの。いろんな人たちと交流する事で、私一人や私と美鈴だけの時より多くの事を知る事が出来る」


 嫌な予感がした。綾ちゃんが丁寧に私に気遣いながら話しているのは感じるし、言わんとしている事の予測はつく。だけども、それは私が望んでいる未来ではない……。


「そうする事で私や美鈴だってもっともっと楽しく過ごす事が出来ると思うの……だから私は美鈴もクラスメートのみんなと仲良くして欲しいと思っている。美鈴がそういうの苦手なのは分かっているけど、今後の事も考えると美鈴にとっても絶対良い事をだと思うわ」

「そ、そんな……」

「私は美鈴と一緒にクラスメートのみんなと仲良くしたい……」


 既視感があった……。というよりは実際に過去に見た光景なのだろう。


 こんなにも自分の気持ちをぶつけたが、やはり綾ちゃんは戻ってこない。過去に感じた様に綾ちゃんは色々言っているが単に私と二人でいる事に嫌気がさしたのだろう。私の事なんてどうでもいいのだ。あの時感じた気持ちはやはり間違っていなかったのだ。


 結局ウソをつこうがつくまいが私達の関係は終わってしまうのだ。変わるのは綾ちゃんが今後どんな人生を歩んでいくかどうかだけなのだ……。


 ドス黒い考えが頭の中を侵食し始めていた……。


――綾ちゃんだけが楽しく過ごすのはどうなのだろう?


「……美鈴?」

「あ、あぁごめんごめん。今言われた事を考えていて……」


 どうやらしばらく無言になっていたようだ。心配そうな眼差しで呼びかけられ、ふと我に帰る。侵食しているドス黒い考えが私の思考回路をブツブツと遮断していく。もうすでに頭の中はある方向へと一気に進んでいる。それは、この過去に戻った来た意味をなくしてしまうような考えだった。


 綾ちゃんだけが楽しく過ごしていくなんて間違っている。私の元へ戻って来ないのであれば過去をやり直しても意味がない。やはり過去なんて変える事は出来ないのだ。私は当時と同じく再び決心した。


――またウソをつこう。


 ただし、今回は綾ちゃんがどうなってしまうかの結末を知ってしまっている。ウソをついても綾ちゃんは私の元には返って来ない。つまり、今回のウソは綾ちゃんを傷つけるだけのウソ……。私はそれでも良いと思った。


「変な事言ってごめんね。綾ちゃんが心配してくれているのが良く分かったよ。ありがとう……。もう大丈夫だよ」

「良かった……。美鈴がそう言ってくれて本当に嬉しいよ。美鈴も一緒にみんなと仲良くしていこうね!」


 既に再びウソをつくと決心した為、その場を繕うように綾ちゃんに合わせた会話をしていった。学校に着いたあとも極力笑顔を作り綾ちゃんと接した。授業中は上の空で、当時ウソをついた状況を思い返していたりしていた。あの時綾ちゃんは体を震わせながら泣いていた。またあの状況を作り出そうとしている。不登校、転校、そして犯罪……、転校してから綾ちゃんがどんな人生を過ごしていったのかは知らない。ただ、私が書いた小説のような感情の経緯があったのだろうとは予測がつく。


 私の一つのウソで再び同じ人生を歩んでいく。その決定権を私が握っている。身震いする気持ちもある……。それでも私の決心は揺らがない。これは綾ちゃん自身が引き起こした事だから……。


 学校が終わり私は足早に帰宅する。過去にいる事ができる時間もそこまで残されていないし、あと私がやるのはウソをつくだけなのだから。誰かと接しても意味がないのだ。

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