WB LIE Ⅱ

「おーい! 皆川君申し訳ないですがコーヒー二つお願い出来ますか?」

「はーい!お砂糖とミルクはいる?」


 僕はブラックでと控えめに伝えた。その対応に女性の敵意は先程のようには感じられず――良かった、別に嫌われてるわけじゃなかったのか。


 しばらくすると女性がコーヒーを二つ持って来てくれた。所長はそのお腹の出っ張りの理由とばかりにドボドボと砂糖をコーヒーに入れながら女性の紹介をしてくれた。


「彼女は皆川君といいまして、こちらで働いていただいているスタッフです」

皆川里佳子みながわりかこです。かしこまった感じは苦手だから里佳子ってよんでね!」


 いくつくらいなんだろう?僕と対して変わらなそうだけど……僕が幼く見えるからか明らかに年下として接してくる雰囲気がある。


「西島寛太です。えっと、じゃあ里佳子さん宜しくお願いします」

「寛太君ね、宜しくね!」


 そういうと里佳子さんは握手を求めてきたのでそれに応じた。


「お互いの紹介も済んだ事ですし、我がWB LIE についてお話ししましょうか。WB LIE は少し不思議な事を仕事にしています。いきなりだから信じられないかもしれませんがひとまず聞いて下さいね」

「不思議な事?」

「そう、簡単にいうと後悔しているウソをお持ちの方の――そのウソを引き取りましょうってお仕事です」

「ウソを引き取るってまさかなかった事にしてくれるんですか?」


 所長は少し驚いた顔をしながら頷いた。


「そうです、なかなか飲み込みが早いですね。純粋な方なんでしょう……」

「でもどうやってそんな事を?」

「ここからが更に信じられないかもしれないんですが、我々は依頼者の方を過去にお連れする事ができてしまうのです」

「か、過去に!?」


 流石に信じがたい話だった。タイムマシーンなんて存在しないこの世の中で過去に連れて行く事が出来る!?そんな事あるわけが無い。流石の僕も訝しく感じた。――なんだか怪しい所に入ってしまったか?


「いや、わかります。このお話をするとほぼ全員の方がそういう表情をされます」

「そうそう、寛太君それが普通の反応だよ」


 里佳子さんが割って入ってきた。その言葉を聞いて所長も目を閉じながら深く頷いた。


「いきなりこんな小太りのおじさんに私は過去に連れて行く事が出来ます! なんて言われても困っちゃうよねー」

「小太りは余計ですが……確かにそうですよね、でもこの話は本当の事なんです。我々としても信じて下さいとしか言いようがないのです」


 所長は頭をかきながら申し訳なさそうな顔で言った。そんな所長を眺めながらこの人はウソをつく様には見えないし。――まさかそう言って前払でお金を払わせてバイバイという感じの詐欺だろうか?


「更に怪しいのは過去に連れていきますよーそしてお金もいただきますよーって所なんだけどね……寛太君も怪しいと思うでしょ?」

「ちょっと皆川君! ただでさえ怪しいのに更に煽るのはやめて下さい!」

「はーい。すみませーん」

「全く……まぁお金をいただくのは事実ですよ。ただ過去に戻ってウソを解消してからですし、金額もお気持ち程度ですし……我々としても生活があるので」


 僕は知らぬまに笑みをこぼしていた。二人のやりとりを聞いていて久しぶりに心地よさを感じた。希美が亡くなって以来誰かと話したのは久々であったし、ずっと悶々としてもいた。だから私の現実を知らない二人のテンポの良い会話のやりとりはなんだか耳障りが良かった。


「時に、西島さん……あなたは後悔しているウソはおありでしょうか?」


 それまではおちゃらけながら話をしていた所長がふいに真面目な表情になり僕に問いかけた。僕はドキッとした。それは事務所前の立て看板や所長の名刺を見た時からずっと頭の片隅にあった。


 僕には後悔しているウソがある……。


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