混沌世界の漆黒の略奪者~略奪から始まる異世界ライフ!~

炬燵猫(k-neko)

―邪神襲来編―

第1話 序章 死後、女神様と邂逅した



 楽しい家族旅行――になるだったんだ。




 ――荒れ果てた世界。

 それが目の前に広がる俺の世界だ。

 最初からこうだった訳ではない。数時間前までは旅先のホテルで二泊三日の最終スケジュールを決めるために試行錯誤していた。


 出会った異国ファミリーと拙い言葉で会話を楽しみ。

 妹や両親と食事を楽しみ。

 兄妹二人で日本とは違う冬の夜空を見上げて、本当に……本当に楽しい旅行を満喫していたんだ。


 でも、そんな平和な世界は瞬く間に地獄へと変貌を遂げた。


『緊急事態発生。緊急事態発生。この地区はゲリラ兵の襲撃を受けています、直ちに避難してください』


 町中に設置されているスピーカーから聞こえるのは、避難を促す指示だった。

 ホテルの外からは多くの悲鳴と爆発音が鳴り響く。


 ――俺はただ走った。頼まれていた昼食を放り出し、噴水のある中央広場……家族が待っているその場所まで。


「親父!お袋!しずく!」


 ……中央広場は酷い有様だった。

 噴水は形を留めておらず砕けた上部から行き場を失くした水が火山が噴火するように溢れている。

 しかし、俺にはそんなことはどうでもよかった。


 親父は、お袋は、妹は――。


 水で濡れる髪をかきあげ周辺に目を配る。

 黒い煙りが辺りを包み視界は思っていたより悪いみたいだ、けど目を凝らせばなんとか見える。


「……ッ!?」


 気づいた時には遅かった……俺は自分の行動に心底後悔することになる。

 目を凝らした目の前――周囲一帯は無残に倒れる死体と傷口から零れる鮮血で溢れていた。


 酷い、あまりにも酷すぎる。


 襲撃を受けた後だろうか、コンクリートで出来た地面は砕けて凸凹としている。

 今の所ゲリラ兵の姿はないが、いつ来ても可笑しくない状態だ。


「嘘だろ……みんなはどこに……」


 脳裏によぎる最悪の結末――、目の前に広がる惨状がを増長させて絶望へと誘い始める。


 考えるな、まずは落ち着け。


 目を瞑り深呼吸を繰り返す。幸いと言うと語弊があるかもしれないが、噴き出る水が熱くなる身体を、そしててくれた。

 閉ざしたまぶたを開き、状況を確認する。少なくとも見渡す限り家族の横たわる姿は確認できない。ゲリラ兵の姿もないことを確認した後、俺は家族探しを再開した。


「親父!!お袋!!雫!!……くそっ」


 叫ぶ声は空振りに終わる。

 合間に聞こえるのは避難指示のアナウンスと抗争による銃声と爆発音のみ。

 走りっぱなしの足は震え始めて、自然と息遣いも荒々しくなっている。

 そして……。


「はぁ……はぁ……」


 限界を迎えた身体は進むのを止めて、地面に膝をつかせた。

 勢いよくついた膝から泥水が跳ねて膝あたりを中心に服を汚していく。

 水が容赦なく地面へと降り注ぐ中、両手両膝をついて絶望する。


――ダメだ……探しに、行かないと。


「――ちゃん、お――ん」


 誰かの声がする。

 意識が遠のいて、気づけば身体はうつ伏せの状態で地面に突っ伏していた。


――身体が寒い……流石に水にあたり過ぎたのか……。


 うつらうつらとする視界に数時間前の光景が広がる。

 噴水に座る両親と妹の雫。

 見渡す限りの未体験が広がる別世界を両親は眺めている。

 妹はといえば『お腹空いたよ~』と駄々をこねて目の前に立つ俺のジャケットを握りしめていた。



「お――い、き――て――」



――さっきまで寒かった身体が熱い……頭痛も酷くなっている……。

 身体は熱を発し始め、息苦しい。ズキズキと頭痛が波のように強弱をつけて押し寄せてくる。

 瞼が重い、目の前に広がる光景まぼろしが徐々に消えていく。


 

 ああ、結局最後まで何も出来ず仕舞いだっ――



「助けて……おにいちゃあぁん!!!!」



 条件反射だった。

 聞き覚えのある声に意識が覚醒する。

 震えた叫び声、それは間違いなく妹の――制空雫せいくうしずくから発せられたものだった。


「雫……? 雫ッ!!!!」


 重い体を奮い立たせて、雫がいるであろう場所まで声を頼りに走りだす。途中、何度もつまづきそうになるが、すんでのところで踏みとどまり再び駆け出す。

 ぎこちない走りだった、でも、無理やり足を前へと投げ出す。


 噴水から少し離れた所に建つ喫茶店のテラス。

 縦長テーブルの下に――見覚えのある服装の少女を見つけた。


「……お、にいちゃん?本当に?」


 鎖骨の辺りから胸まで広がるフリルの付いた白いブラウスは逃げる途中に転んでしまったのか、泥水を吸い込み。後ろに大きなリボンが縫われた黒いスカート、その先から顔を出している膝は、すりむいて血が出ている。

 まったくもって酷い有様だ……でも、生きている。


 両手を胸元で重ねてこちらを見つめる顔は、目を見開き口をパクパクと動かしている。藍色の瞳。腰まである長い黒髪。


 目の前にいる少女と、脳裏に浮かぶ雫を確かめるように重ね合わせる。


 身体だってもうフラフラだ。

 濡れた服が張り付いて気持ち悪い。

 歩くたびにズキズキと全身に電流のような痛みが走る。

 それでも……前に進む足は止まることなく、泣き崩れる少女の元へと向かっていく。

 諦めかけた、何度も絶望しかけた。

 やっと――やっと見つけた。

 手を伸ばせば届く距離。今もなお涙を流す少女はゆっくり、ゆっくりと両腕を伸ばす。それに応えるように俺も両腕を少女に伸ばした。

 

「待たせてごめんな……雫」


 震える華奢な体を抱きしめる。

 ずっと空回りを繰り返していたその名前は、ようやく本人の元へと届いた。


「お兄ちゃん……わだし、わだじ!!ごわくで、爆弾が、みんなが……!!」

「大丈夫だ、もう大丈夫」


 ありったけの気持ちをぶつける雫の声が心地いい。

 触れ合えることが何より嬉しい。

 ああ、本当に生きている。


 俺は雫の頭に手を置き何度も優しく撫で続けた。


「少しは落ち着いたか?」

「うん……ありがとうお兄ちゃん」

「それで、親父とお袋はどうしたんだ?近くにはいないみたいだが」

「途中で、はぐれぢゃっで、私が転んで、気づいたらもういながっだの……」


 数分が経っただろうか。

 さっきよりは落ち着いてきたのだろう、耳元で雫のか細い声がそう告げた。

 はぐれてから数十分は経過しているらしい。


「そうか……一人で頑張ったな。とりあえず此処に居座るのは危険だ、急いで避難所まで行こう。歩けるか?」


 雫から離れて起き上がるのを手伝う、ゆっくりと立ち上がる雫の右足首は赤く腫れあがっていた。


「……ッ、ダメみたい、転んだ時に」

「捻ったのか……よし」


 一息ついてから不安がる雫を優しく抱きかかえた。

 流石に無理があるか……でも、今はそれどころじゃない。


「お、お兄ちゃん!?大丈夫だよ!!歩ける、歩けるから」

「今は時間がない、文句なら後で幾らでも聞いてやるから我慢してくれ」


 腕の中でじたばたと暴れる雫を制して避難所のある南方向へと走り出した。





 走りすぎたかな。

 でも、行かないと。





 足がフラつく。

 大丈夫。

 まだ進める。





 視界が、赤い。

 あれ、いつの間に日が暮れたんだ?









「ねぇ。もういいよ……」


 ――どれくらい走ったのだろうか。


「お兄ちゃん……私は大丈夫だから、だからお願い……止まって」


 身体が重い。

 視界が……音が……。

 でも、歩かないと、進まないと、雫を、俺の大事な妹を守るんだ。


 下に目をやると雫が涙を流しながら何かを言っている。

 大丈夫だ。

 俺の事なら心配するな。

 お前が生きていてくれれば、これくらい――そう、どうってことない。

 どうやら、走っているうちに何処かで被弾してしまったらしい。

 微かにぼやける視界の端に顔や服に吐血した俺の血液が付着している雫の姿が見える。


「ごめん、な。大丈夫だ、もうすぐ、もうすぐだからな……」

「ちが……、もう……やめて、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが死んじゃう」


 目の前には『避難所』と異国語で書かれた大きな看板が掲げられている。

 入口と思われる鉄の扉の前には複数の武装した軍人達がいる。

 俺たちに気づいたのか数人の軍人が看護婦と思われる女性と共に駆けつけて来た。


「――良かった」

「お兄ちゃん……?」


 進む足を止める。

 最後の仕事だ。

 雫を優しく、怪我をしている足に気を使いながら地面へと降ろす。

 そして――


「お兄ちゃん!?」


 雫が泣いてる。

 そんな顔しないでくれ。

 大丈夫、ちょっと……ねむく――。




























「お待ちしておりましたよ――制空藍せいくうらん様」



 目を開いたその向こう。

 何もない白の世界で――そいつは俺の名前を呼んだ。

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