008 初討伐
「それにしても息苦しいな...臭いのせいか?」
討伐依頼を始めようと動きだしたのだが、部屋に充満している臭いがキツかった。
ただでさえ部屋の中がこもっているのに、獣臭が半端ない。
依頼主のドワーフが足早に出ていった理由もこれの所為だろう。
「商品や食料さえ無ければ、まだ弓や魔法が使えたのにな...まあ、ここは確実に仕留めないとだね」
倉庫の中では命中精度に難がある弓や魔法は使えそうに無かった。
これ以上の被害を出す訳にはいかないし、その所為で弁償にでもなったら、たまった物では無い。
僕は装備をナイフへと持ち替えて、対象のジャイアントラットを探し始めた。
すると、何やら物音が聞こえ始めた。
「奥の方で物音がする?」
物音がする方へ進んで行く。
すると、そこにはジャイアントラットが当たり前のように存在していた。
相手が動物だから図太いのか、それとも本能に忠実なだけか?
人目など全く気にせずに食料に齧り付いていた。
何て、ふてぶてしい奴だ。
見た目は、ねずみがそのまま大きくなっただけ。
だが、体長は40cm程あり、小型犬くらいの大きさがある。
(名前の通り大きいな...だけど、ここまで大きいとねずみって感じが全くしないな)
僕は声を殺して、無言のままジャイアントラットへと近付いて行く。
なるべく物音も立てずに、こっそりと。
だが、ジャイアントラットは突然、僕の目の前から姿を消した。
「!?」
そもそも、僕は現実世界でラット(ねずみ)の実物を見た事が無かった。
僕が知っている情報では、“小さく素早い”イメージ。
その身体が大きくなれば、動きも鈍くなる物だと考えていた。
だが、目の前にいるジャイアントラットは“大きく素早い”もの。
イメージとはだいぶかけ離れたもので、この大きさでこの速さは想定外だった。
(これは厄介だな...的が大きい分狙い易いんだろうけど、僕がこの速さに付いて行けるかだな...)
目の前にいた筈のジャイアントラットは、一瞬にして僕の背後へと回っていた。
その動きは突然の事で、僕は反応すら出来ていなかった。
だが、それは初見だからだ。
既に頭の中には先程の動き(速さ)が焼き付いていた。
僕はその事を踏まえて、身体全身に意識を巡らせた上で攻撃態勢をしっかりと取った。
相手の行動にいつでも反応出来るようにと。
(ジャイアントラットの数は...)
この場をざっと見渡しただけで3匹居る。
相手に近付いただけで、一瞬で移動をしてしまうジャイアントラット。
反応は出来るが、その速さにはまだ付いて行けてない。
(この速さに慣れない事には、どうしようもないな)
相手の動き(速さ)に付いて行けるように、身体を慣らして行くしか無い。
その間も観察を怠らずに、相手の行動パターンを把握出来るよう何度も繰り返して。
(うん。全部を相手にしようとするからダメなんだ。先ずは1匹ずつ、確実に仕留めていこう)
先ず、複数を相手にした場合、拡散する反応に付いて行けてない。
それにもしもだが、複数同時に攻撃された場合、僕は為す術が無く一方的にダメージを受けるだけとなってしまう。
それだけは是非、避けなければならない状況だ。
僕が今出来る事は、危機回避を踏まえてジャイアントラットを1匹ずつ仕留める事。
と言うか、それしか選択肢が無かった。
(先ずは...あいつから狙うか)
ジャイアントラットが複数居る中。
どうやらそれぞれに個体差があるようだ。
比較的、動きの鈍い相手を選んで行く。
そいつは複数居る中で物音にすら反応せず、我関せずで食料に齧りついている相手。
如何にも食い意地が張っている、肥った個体だ。
(こいつはさっきから本当に食べてばかりだな。僕の事に気付いているのか?それともわざとなのか?)
僕の動きに全く動じない、肥ったジャイアントラット。
それならそれで丁度良さそうだ。
僕の練習台になって貰うべく、息を潜めて近寄って行く。
ナイフを構えたまま背後から狙いをすませて、自分の攻撃が届く距離まで静かに近付いた。
(...反撃が怖いけど、近付かなければどうしようもない。それにこんだけ反応の鈍い相手だ。こいつを倒せなければ、他の素早いジャイアントラットを倒す事なんて無理に決まっている)
気持ちが昂っていた。
手先が勝手に震えている。
だが、こいつを倒せなければ依頼を完遂する事など到底無理だ。
その事を頭では理解していた。
だったら、それを行動(実現)するのみ。
(スーッ。ハー)
深呼吸をして気持ちを無理矢理整えて行く。
獲物を殺す為の覚悟を決めるのだ。
狙いをすまし、確実に仕留める為に。
そう覚悟が決まった時、自然と僕の震えは無くなっていた。
そうして相手の背後から、僕が届く攻撃範囲から、無防備な相手へと一気にナイフを突き刺した。
事前まで緊張で身体が強張っていた事もあり、決して洗練された動きでは無い。
傍から見れば、とても不恰好な一撃だろう。
だが、トレーニングでは無く実戦で、生物に対しての初めての攻撃が成功した瞬間だ。
その背後からの一撃は、相手の急所を捉えてジャイアントラットを絶命させる事に成功したのだ。
「ふーっ。上手く出来たぞ」
鼓動が激しく脈打ち、抑えていた筈の感情が、再度昂っている。
先程とは別のドキドキが止まらない。
手には汗が滲み、緊張の所為で身体の変な箇所が痛い。
だが、敵を倒した達成感(充実感)の方が強く、とても嬉しい気持ちで溢れていた。
「倒したジャイアントラットから...光?」
ジャイアントラットの生命活動が止まった時、その心臓の辺りから光の粒子が浮かび上がった。
その光の粒子が、僕の方へと向かって来る。
魂の吸収だ。
「おお、これが魂の力なんだ!あまり変化は...感じないな。確か、魂に蓄積される事で強くなるんだっけ?」
相手の魂の力を吸収する事で、自分の魂の格を上げて行く。
これがいわゆるレベルで、魂位の上昇だ。
魂が強化されれば、付随した肉体も強化されると言うものらしい。
「よし!じゃあ同じ要領で他の2匹も倒していこう!」
他の2匹は物音を立てると直ぐに逃げてしまう個体だ。
肥ったジャイアントラットとはあまりにも性格が違うし、対応が難しい相手。
ただ、相手の仕留め方は変わらない。
背後から近付き急所を狙って確実に仕留める。
それを繰り返せば良いだけだ。
先程よりも、もっと慎重に。
(ゆっくり...慎重に近付いて...)
ジャイアントラットの背後から物音を立てないように近付いて行く。
だが、途中で「ザッ!」と足音を鳴らしてしまい逃げられてしまった。
これは完全なる失敗だ。
(くそっ、足音が少しでも鳴るとダメだな...ふーっ。落ち着かなきゃ。僕のやる事を整理しよう)
呼吸を深く吸い、今出来る事を明確にして行く。
僕の現在の力量で出来る事は、相手が止まっている時に背後から近付き仕留める事だけだ。
(正面からでは太刀打ち出来無い。それなら背後から襲うしかない)
そして、相手が止まる時は食料を食べる時。
相手が動いている時ではその速さに追い付く事が出来無い為だ。
(相手の速さに追い付く事が出来無い。狙うなら止まった時だけだ)
相手に近付く時は、食べている事に夢中になっている時に背後から物音を立てずに近付く。
(近付く為には、忍足で気配を消す事)
背後から僕の攻撃範囲に近付いたら急所(頭、心臓)を狙う。
※暴れられて反撃をされないように、もしくは、倉庫を汚さない、荒らさないように。
(無駄な攻撃をしない)
今の力量では、これら全部を正確に行う事が難しい。
仕留める事が大前提なのだが、僕の攻撃が当たらなければ話にもならない。
と言う事で、攻撃以外の部分を確実に行うよう心掛けた。
僕の攻撃で急所を狙う事は、現時点での動作、身体の反応速度を考えても難しい事だ。
当たれば儲け物と言ったところ。
そして、急所を外した場合は二撃目、三撃目と即時、連撃を入れて倒せば良いだけの話。
(よし!これをしっかりやってみよう)
自分の出来る事だけを考えて、余計な雑念を捨てて行く。
本来、集中する事は難しい事である。
だが、自分で考えながら行動する事。
戦闘をする(獲物を狩る)楽しみが、目の前の事だけに没頭させ、自然と集中する事が出来たようだ。
「...」
頭の中の思考がとれもクリアになっていた。
しかも、視界が目の前だけを捉えるのでは無く、獲物全体を俯瞰して捉えていた。
対象の動きを細部まで鮮明に写し出しながら。
どうやら、雑音を全て遮り、神経から感覚まで、その全てが研ぎ澄まされた状態みたいだ。
思考と身体が直結している感じ。
この感覚は、とても楽しく、とても不思議だった。
「...」
ジャイアントラットの動きを俯瞰した状態で追って行く。
相手が食料を食べて動きが止まった時、僕はこっそりと背後から抜き足で近付いた。
集中しているおかげもあり、足音を立てずにすんなりと攻撃範囲まで近付けた。
そして、気配を消したまま、静かに相手の動きへと合わせて行く。
ジャイアントラットが食料に齧りついた瞬間、僕は勢い良くナイフを突き出した。
「キィー!!」
だが、僕の攻撃が当たる直前、相手の後出しにも限らずだ。
こちらよりも反応速度が速い為、攻撃が急所から外れてしまった。
「なっ!速過ぎるだろ!?だが!!」
しかし、急所から外れる事は想定済みだった。
先ずは、ナイフが当たった箇所を力一杯深く刺し込む。
そして、すかさずナイフを引き抜き、二撃目、三撃目と連続で突き刺して行った。
それも我武者羅に、全力で。
「キィ!!キィー!!」
相手は暴れようと動き回るが、逃げられる前に滅多刺しにする事で仕留めた。
すると、1匹目を倒した時と同じように光の粒子が僕の魂へと吸収されて行く。
まだ、僕のステータスには変化が無い。
「...次」
僕は同じように3匹目を狙って行った。
これは、感覚が研ぎ澄まされているおかけなのか?
集中が続いているおかげなのか?
それとも、僕自身が相手の動きに慣れたおかげなのか?
気が付けば、3匹目は難なく倒す事が出来ていた。
それも意外な程あっさりとだ。
「これで3匹目!」
3匹目となると魂の光(吸収)も見慣れたもの。
但し、この魂の光を吸収した時、今まで違う変化が訪れた。
僕の身体全体が、不思議な光に包まれて行く。
『ルシフェル』
称号:無し
種族:天使LV2(+1)
職業:魔法使いLV1
HP
73/73(+43)
MP
72/72(+52)
STR 21(+6)
VIT 18(+5)
AGI 18(+7)
INT 30(+10)
DEX 16(+4)
LUK 13(+3)
「...凄い。これが魂位(レベル)の上昇か。何だか...とても不思議な感覚だ」
魂位(レベル)が上がり、能力(ステータス)が軒並み上昇して行く。
すると、身体能力が強化された事で、感覚がより鋭敏になったように感じた。
装備しているナイフやローブが先程よりも軽く感じる。
身体そのものが羽が生えたように軽くなったようだ。
ステータスが上がった恩恵を感じる為、その場でジャンプしてみたり、ダッシュをしてみる。
魂位が上がる前の自分と比べて、動きに余裕が生まれ、先程までの限界が更新されたような感覚だ。
まあ、これは感覚的な上昇かもしれないが、今までの自分とは違う事が確実だ。
「うん...先程までとは身体の感覚が全然違うな」
今は魂位が上昇し、しかも集中が途切れていない状態。
いわゆる絶好調と言う状態だ。
これが勘違いだと言う事は自分でも解っている。
安っぽい全能感に、妙な無敵感。
ただ、今の僕なら、相手の動き(速さ)に対して負ける気がしない。
その状態を維持したまま、残りのジャイアントラットを探し始めた。
「残りは何匹いるんだろうか?もう一回くらい魂位(レベル)を上げる事が出来るのかな?」
そして、倉庫内を隅々まで探した結果。
他に3匹のジャイアントラットを見付ける事が出来た。
僕自身の能力が向上したおかげもあり、その3匹は楽に仕留める事が出来たのだ。
だが、魂位(レベル)が上がる事は無かった。
「これで最後か。後は依頼主に報告して依頼完了の証明書を貰えば良いのかな?」
ジャイアントラットの討伐が終わったところで、依頼主の下へと報告に行く。
地下から階段を登って、倉庫を出て依頼主の居る場所まで。
そうして、ドワーフへと話し掛けた。
「どうしたのじゃ?」
僕は、ジャイアントラットの討伐が終わった事を報告した。
「おおっ!!良くやってくれた!!これでまともな生活が出来そうじゃ!!うむ。討伐証明書には魔法筆でサインしといたから、報酬はギルドで受け取ってくれ」
トラブル防止の為、虚偽完了報告や偽造防止の為、個人を特定出来る魔法筆のサインで依頼完了を証明する。
そして、その完了確認がギルドで取れ次第、報酬が支払われる仕組みだ。
「では改めて。本当に助かったのじゃ。お主のおかげで今後は何とか生活出来そうじゃ。これからワシは武器作りに精を出して行くので、偶には店によって欲しいのじゃ。本当にありがとう」
そう僕に伝えた後、依頼主は深々と頭を下げた。
何だかこれは、とても照れくさい。
ゲームとは言え、僕よりも大人の男性から此処まで丁寧にお礼を言われる事など初めての事なのだから。
それに、胸の辺りが異様に熱い。
しかも、両足が大地に着かずに、フワフワ浮いている感じだ。
(この気持ちは、一体何なのだろうか?)
初めての事なので、僕には解らなかった。
その気持ちの整理がつかないまま、ドワーフと挨拶を交わしたところでギルドへと戻って行った。
ギルドへ戻ると、丁度空いている受付があった。
迷わずにその場所へと進んで行く。
そして、討伐対象を入れた魔法袋と討伐証明書を職員に渡した。
「魔法袋と討伐証明書ですね。確認致しますので少々お待ち下さいませ」
魔法袋を預かった職員は買取所へと持って行き、自分とは別の職員に中身を確認して貰う。
そして、討伐対象を調べて貰っている間に席へと戻り、討伐証明書を確認しだした。
虫眼鏡型の魔法具を取り出し、討伐証明書である羊皮紙を隅々までチェックしている。
証明書に書かれたインク、魔法陣、依頼者のサイン、それら全てを確認して照合しているようだ。
この待たされている時間は、何故か少しだけ不安な気持ちになった。
悪い事など一つもしていないのに、不安な所為かドキドキが止まらなかった。
そうして時間が経ち、魔法袋の中身に討伐証明書の照合が終われば。
「大変、お待たせ致しました。無事に確認が取れました。討伐対象に、証明書にサイン、どれも正式なものです。それでは依頼達成おめでとうございます。最初の依頼を無事に達成する事が出来て、今の気持ちは如何でしょうか?」
職員から不意に聞かれた僕の心情だ。
依頼達成の気持ち...
それはどんな気持ちなのか?
(ああ、なるほど...)
その時に僕は初めて、ようやく理解する事が出来た。
そうか。
「この気持ちは嬉しいんだ」と。
依頼が達成出来てからこの宙に浮いている感じは、正に浮き足立っていると言う事だ。
それは悪い意味では無く、良い意味でだ。
ああ、初めてのこの気持ちは忘れないようにしなければ。
この気持ちを持ったままに、慢心する事無く最後まで「頑張って行こう」と。
「では、こちらが報酬でございます。どうそ、ご確認下さいませ」
報酬を受け取り、その中身を確認する。
僕が倒した討伐数に合わせて、銀貨が六枚入っていた。
これは、僕が初めて貰う収入だ。
それを手に取ってお金の重みを噛み締める。
この銀貨は、所詮ゲームの中のデータの一部でしか無いもの。
だが、しっかりと重みがあり、細部まで作り込まれている物だ。
擬似世界と言う事が信じられないくらい、リアルを感じて。
「これが、仮想世界だなんて...本当信じられないよ」
周囲を確認しながらこの世界を見渡す。
見えるもの全てが、ゲームの中のデータに過ぎないのだが、感じるもの、触れるもの、これら全ては確かに此処に在るのだ。
その事を深く胸に刻む。
僕はこの後も、メインストーリー攻略に備えて何度か依頼をこなし、ランクや魂位を上げてはお金を貯めて攻略への準備を行った。
「よし!メインストーリーを進めるかな!」
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