ラグナロクRagnarφk

遠藤

IMMORPG

000 PROLOGUE

※過激な表現、残酷な描写が含まれていますので閲覧する際は、注意をお願い致します。






 天に浮かぶ、赤き月と黒き太陽。

 日蝕と月蝕の交差。

 大規模な地殻変動に、大規模な異常気象。


「ああ...一体...どうしてこうなったんだ?」


 大地が割れ、大気が割れ、世界が血の雹で覆われている。

 森林破壊、水源汚染、寒冷化、疫病の蔓延、天変地異。


「何故...こんな...事に?」


 世界の終焉が...

 始まっていた。


「♪♪♪〜」

「...歌?」


 透明感のある、美しい歌声が周囲を反響していた。

 目の前の現実を忘れ、その空間の刻を忘れ、誰しもが聴き入ってしまう歌。

 この歌は、無伴奏声楽(ア・カペラ)であって、楽器を使用せずに声だけでその音色を奏でていた。

 そのあまりの美しさに恐怖を感じる程。

 戦慄してしまう旋律。


 ああ...


 これが夢であれば...


 どんなに良かった事か...




 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。


「だっ、誰か、誰か助けてくれ!」


 叫び声が聞こえる。


「きゃーーーーっ」


 悲鳴が鳴り響く。


 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。


「逃げろーーーー!!」

「逃げろって何処にだよ!」

「そんなの分かるわけないだろっ!!」


 人が入り乱れ右往左往する。

 人を囲う異形。


 あるものは、類稀な膂力で人を容易く引き千切る。

 あるものは、目で捉える事の出来無い速さで駆け抜け、人を虫のように踏み躙る。

 あるものは、巨大な牙で骨ごと噛み砕き、跡形も無く飲み込む。

 あるものは、鋭い爪で切り裂き、挽肉のように細切れにする。


 ぶちっ。ぶちっ。ぶちっ。ぶちっ。

 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。

 ぼりっ。ぼりっ。ぼりっ。ぼりっ。

 くちゃ。くちゃ。くちゃ。くちゃ。


「や...やめてくれ!」


 止まらない。

 止まる訳がない。


「なんでこんな事に...」


 知る訳がない。

 周囲には平伏す人々。

 いや、人だった“もの”。


 ぶちっ。ぶちっ。ぶちっ。ぶちっ。ぶちっ。ぶちっ。ぶちっ。ぶちっ。


 [断面が歪で、皮膚が伸び千切れている為、力だけで身体を縦半分に無理矢理裂いたもの]

 丁度首の付け根から股の境目に向かって裂かれている。

 ものからは悪臭が漂い、身体の裂け目から内臓が飛び出し、辺りに血や排泄物が散乱としていた。


 [頭と胴体を捻り、無理矢理捩じ切ったもの]

 頭からは目玉が飛び出してぶら下がっている。

 鼻からは黒く濁った血が吹き出し、口が空いていた為か、伸びきった舌がだらしなく溢れていた。

 胴体は、首から先が無い状態で綺麗なまま残っている。

 但し、手や足は刻が止まったかのように硬直したままで、股間だけが濡れていた。


 [力で無理矢理潰され、肉団子のように握られたもの]

 何処が頭で、何処が手で、何処が足なのか?

 五体を知らせるものの区別がつかない。

 皮膚や骨などは、グチャグチャの団子状となり髪の毛がへばりついている。


 ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。


 [プレス機に押し潰されたように平に伸びているもの]

 人よりも圧倒的に巨大なもので潰されており、無理矢理薄く引き伸ばされている。

 身体中の穴という穴から、血、臓物、体液が飛び散っていた。


 [上半身だけで必死に蠢くもの]

 下半身は潰されており、残った上半身だけで肘から先の腕を上手く使って匍匐前進をしている。

 額からは、脂汗が滲んでいた。

 生気の無い青白い顔色が際立っており、目は虚ろで影を帯び、目や鼻や口の穴からは血が溢れていた。

 必死に生にすがっているが、残された時間は少ないだろう。


 [頭だけ潰されたもの]

 頭がひしゃげて潰れており、辺り一面に豆腐を落としたかのように脳みそや脳漿が飛び散る。

 目や鼻や口だったものは潰されて平に伸びている為、その原形を残していない。


 ぼりっ。ぼりっ。ぼりっ。ぼりっ。ぼりっ。ぼりっ。ぼりっ。ぼりっ。


 [生きたまま喰われるもの]

 足を掴まれて逆さ吊りに。

 「助けて欲しい」「まだ死にたくない」と必死に声を出すが、相手に届く事は無い。

 右肘から先を喰われる。

 すると、身体が警報を鳴らし、脳に痛みが駆け巡った。

 尿が漏れ出し、危険を感じた身体が勝手に体温を上げて全身に熱を帯びる。

 血を流しながらも逃げたくて抵抗するが、掴まれている足がビクともしない。

 自分の右腕だったものが喰われる場面を目の前にして、殺意や悲しみや苦しみなどの止めどない様々な感情が入り混じる。

 骨を砕く音。

 クチャクチャと咀嚼音が鳴り響く。

 血を流しすぎた所為か、徐々に身体が寒くなり震え出す。

 相手の開いた大きな口が近付いて来る。

 無情にも、上半身を丸ごと喰われてしまった。

 意識が無い筈なのに、自分が喰われている妙な感覚を感じた。

 分断された下半身は数秒程ピクピクと動いていた。

 それから直ぐ。

 跡形も無く喰われた。


 くちゃ。くちゃ。くちゃ。くちゃ。くちゃ。くちゃ。くちゃ。くちゃ。


 [上半身と下半身に分かれるもの]

 鋭利な刃物で切り裂かれ、断面が臍の位置で上下に綺麗に分かれていた。

 下半身は立ったまま。

 上半身はズレ落ち、地面にぶつかった衝撃で中から溢れ出した胃や腸が跳ね回る。

 周りには、血だまりが出来ていた。


 [顔の表面に胸の表面を削がれるもの]

 人体模型のように内臓が丸見えの断面図に。

 顔の表面が削がれ、まだ湿っている脳みそや桃色をした筋肉が剥き出しに。

 その胸の削がれた部分は、血で濡れている肺の辺りから、まだ脈打つ心臓が良く見える。

 数秒後、痛みの為に気絶して、そのまま後ろに倒れこんだ。


 [細かく、細かく切り刻まれるもの]

 目にも止まらぬ早さで、縦横無尽に爪が線状に走る。

 人だったものがその場で刻まれ、骨や内臓を一瞬にして微塵切りに。

 原形は無くなり、細かい肉片へと変わった。


 死体の肉が飛び交い、山が出来る。

 血が沸き立ち、川が出来る。

 汚物にまみれ空気に触れ、腐って行く肉の匂いが鼻を刺激する。

 泣き叫ぼうが、救いを求めようが、その声は誰にも届かない。

 太陽の光も、月の光も、此処には届かない。

 時間の流れすらも歪み、大袈裟に聞こえるだろうが一秒が一分に感じる程。

 知覚が過敏になり、目の前の出来事を情報以上に余計に捉えてしまう。

 人が死んで行く様を、殺される様を、喰べられる様を、はっきりと、ゆっくりと。

 視界に映る全ての物事を、否応無しに記憶させられる。

 抗う為に噛み締める唇からは、血が流れ鉄の味を通して生きている事を実感した。


 五感があるから絶望するのだ。

 見なくていいのなら、視覚なんて消えればいい。

 聞かなくいいのなら、聴覚なんて消えればいい。

 触れなくていいのなら、触覚なんて消えればいい。

 匂わなくていいのなら、嗅覚なんて消えればいい。

 味わわなくていいのなら、味覚なんて消えればいい。


 どうすれば良いのか解らない。

 何をすれば助かる?

 教えて欲しい。

 何故こうなったのか?

 踠いても逃げ出せない。

 踠いても絡んでしまう。

 出口の無い迷路のように。

 蜘蛛の巣に迷い込んだように。


 止まらない殺戮。

 次に殺されるのは?

 誰か?

 君か?

 自分か?


 願いが、希望が、理不尽に散って行く。

 死や苦痛が平等に訪れる。

 憎しみや怨みに、妬みの感情がドロドロと溢れ、暗闇が広がる。


 玩具で遊ぶように身体を弄ばれて。

 自分が壊れて飽きられるその時を待つのか?

 相手が新しい玩具に興味が移るのを待つのか?

 どうやら、どちらも意味が無い事だ。

 遅かれ早かれ、逃げる事は出来ずに順番は回って来るのだ。

 容赦無く。

 不意に。

 突然。


 口が無ければ、喋る必要も叫ぶ必要も無い。

 感情が無ければ、怒る事も哀しむ事も無い。

 身体や神経が無ければ、辛い事も痛む事も無い。

 脳や心が無ければ、考える事も悩む事も無い。


 それでも、それでもだ。

 まだ生きていたい。

 まだ死にたくない。

 生への渇望が身体を動かして行く。

 願望とも呼べる何よりも強い感情が、余計な思考を遮断する。

 心が身体を凌駕するように、生き残る事に深く没入する。


 死にたくない。

 生きていたい。

 生きたいのだ。


 周りを見ても自分以外の生き残りはいない。

 ならば意地汚く足掻いてやろう。

 自分が生き残る為に覚悟を決める。

 どうせ殺されるなら殺してやろう。

 生きる為に、異形へと立ち向かう。

 なりふり構わず、持てる力の全てを持って。

 一筋の光を掴みとるように。

 身体を犠牲にしてでも、自らの限界を超えて。

 奇跡を、自らの手で手繰り寄せるように。


 異形と対峙する。

 相手の一挙手一投足を見逃さないように観察して、最善の行動を導き出す。

 持てる能力を出し惜しみせず。

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 異形のものがいなくなるまで。

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 思考も、動きも、殲滅する為だけに洗練され、無駄が無くなる。

 状況に合わせた最善手が瞬時に導かれる。

 殺す。

 殺す。

 殺す。


 どれくらいの時が経ったのか?

 短いのかも知れないし、長かったのかも知れない。

 だが、まだ生きている。

 生きられているのだ。

 生き残れているからこそ、より希望を抱いて生へと執着してしまう。

 助かる為に異形を殺すのだ。

 生き残る為に異形を殺すのだ。


 殺す。

(あと少し)

 殺す。

(手を伸ばせば光が届くのだ)

 殺す。

(奇跡は目の前に)


 とうとう、目の前の異形は残り一体。

 満身創痍で無理をして来た。

 身体は熱を帯び、息が荒い。

 脳は酷使され、動悸が止まらない。

 全身の筋肉は断裂し、関節は軋む。

 意識が不意に落ちそうになる程の疲れが襲い、身体の細胞全てが悲鳴をあげている。

 もうまともに動けている事が有り得ない状態なのだ。

 ただ、生きたいと言う願望のみで犠牲を省みずに此処まで来たのだから。

 後は目の前の異形だけ。

 やり遂げるんだ。

 苦しみを解放する為に。

 地獄を抜ける為に。

 無理をしてでも、限界を超えてでも、寿命を減らしてでも、自分自身が生き残る為に。

 出口の無い迷路を彷徨うのでは無く、その迷路の壁を壊して此処から抜け出すように。


 奇跡を掴もうと必死に身体を動かす。

 相手の行動に注意を払いつつ、最後まで気を抜かずに。

 力を振り絞り吠える。

 我武者羅に体を動かし足掻く。

 足掻いて、足掻いて、思考が続く限り、丁寧に相手を駆逐する為。


 幾度と無く繰り広げた攻防は、一瞬の静寂の後、終わりを迎えた。

 殲滅。


 やっと終わった。


 此処まで長かった...


 やっと地獄から抜け出せた。


 苦しみから解放されるんだ...


 精神はすり減り、身体はもう動きそうに無い。


 思考も段々と機能しなくなり、意識が遠のく...


 もう戦わなくていいんだ...


 もう休んでいいんだ...


 ただ、

 ただ、

 ただ。


 生きていたかったな...



 どうやら、奇跡は起こせなかった。

 願い通りに生還する事も出来なかった。

 異形のもの達を殲滅したが、相打ちと言う結果で終わってしまった。


 沈んで行く...


 光が遠ざかる...


 意識が遠のく...


 深い、深い闇へと...


 そして、思考が停止した。



































 ...?


 此処は?


 此処はどこだ?


 何処にいる?


 深い闇から、意識が少しずつ覚醒して行く。

 沈んでいた思考が、その機能を取り戻して。

 無となっていたものが、その活動を再開させて。


「ここは何処だ?」

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