リトライ×オンエア

カラザ

第1話

「え、でもそれってさぁ……」

 部屋で一人、俺はパソコンに向かって笑顔で話しかけている。

 この姿は、はたから見ればかなり滑稽だろう。なんてったって、そこには俺のことを呼ぶ文字の羅列しかないのだ。呼ばれる名前だって、本名である里宮さとみやるいではない。この仕事に理解のない人からすれば、信じられないものだろうけど。

 向かい合う画面にいる男は、ツンツン頭で茶髪。吸い寄せられそうな青い瞳は宝石のようで、顔立ちの良さをより引き立てている。控えめに言ってカッコいい。これ以上に顔の良い男を俺は知らない。

「あー、もうこんな時間か」

 時計を確認すると、すでに話し始めてから二時間は経っていた。普段は一時間程度で切り上げるから、倍以上はしゃべっていることになる。今日はいつにもまして盛り上がったから仕方ないといえば仕方ないのだが。

「とりあえず今日はもう終わりにするね!」

 さわやかさを装って、話を締める。「了解!」や「乙」など、反応は即座にコメントとして返ってきた。それを眺めながら、俺は配信を切った。

「ふぅ……」

 しゃべりっぱなしというのも楽ではない。もう喉がカラカラだ。

 干上がりそうな喉に水を与えてやると、疲労が嘘みたいに取れていく。よくサラリーマンが言う仕事終わりのビールというのもこんな感じなんだろうか。

 一息ついて、俺は改めて画面に映るもう一人の自分を見た。配信はすでに終わっているものの、彼は俺の動きに合わせてゆらゆらと体を揺らしている。その姿がなんともシュールで、思わずほおが緩む。

「それにしても」

 思わず口に出る。本当にいつ見てもカッコいい。

 紺色のブレザーは顔の良さを何倍にも引き立てているし、胸ポケットについた星形のピンは、アクセントとして十二分に目立っている。それでいてチャラチャラしすぎない、絶妙なバランスを保てている。まさに理想的な好青年だ。

 そう、これが里宮るいではない。バーチャルライバー桐谷一きりたにいちとしての俺だ。バーチャルライバーなんて大げさに言ってみたが、要は実況者のようなものである。違いがあるとすれば、実写での活動ではなくて、仮想のイラストモデルを外見に使うことくらいだろう。個人情報が流出する可能性が実写に比べて少ないし、何より流行の中心だ。初期投資こそかかるもの、企業のオーディションに合格すればそれも最小限で済む。

 俺も企業に所属するバーチャルライバーの一人だ。

別に夢とか目標があるわけではない。ただの興味本位だ。クラスメイトに勧められた動画を見て、それに大ハマり。そこからズルズルと沼に沈んで、気が付いたらハイこの通り。いつの間にか自分で配信する立場になってしまっている。おかしな話だとは思うけど、そうしてお金を稼いでいるのだからバカにはできない。

 そんなことを考えていると、配信用のスマホに着信が入る。

「もしもし」

『おつかれー。今日も良かったよー』

 電話越しに陽気な声が聞こえる。俺のマネージャーである藤野恭子ふじのきょうこだ。

 いつものことだが、配信後すぐに連絡をくれるのは安心する。彼女の第一声で、その日の配信の盛り上がりがわかるからだ。おそらく今日は上々。視聴者も盛り上がってたし、個人的にも手ごたえのあった配信だったしな。それを評価してもらえているのは素直にうれしい。

それに身内ではあるけれど、いつも見てくれる人がいるという安心感が半端ない。無観客で生配信なんてただの地獄だということは、ライバーになる前に経験している。だからこそ、余計に固定ファンの存在がありがたいと思えるんだ。今年の四月にデビューして半年くらいは経つけど、その思いは一ミリも変わっていない。

『でも大丈夫? 今日結構長かったじゃん。明日に疲れ残さないでよー』

「わかってますって」

 本当に藤野さんには助けられる。デビューのときだってそうだ。まともにパソコンなど触ったことのない俺にオススメのパソコンを教えてくれたり、配信をするための手順なんかも改めて一から丁寧に教えてくれた。まさに俺にとっては師匠にも等しい存在なのだ。多分彼女がいなかったら俺はここに立っていない。

『あ、そういえばさ』

 そんなことを思っていると、藤野さんが突然話を変えた。

『いっちゃんさぁ、登録者数確認してる?』

「あー、最近見てないかもです」

 いっちゃん。ライバーとして活動を始めるときに藤野さんからつけられた呼び名だ。本人曰く「一くんって言いにくいからいっちゃんて呼んでいい?」というなんともあっさりした理由だった。桐谷一という名前にも慣れなかった頃の自分にとっては、かなりややこしかったのを今でも覚えている。

そんなことを思い出しながら、藤野さんに言われて自分のページを見に行く。確か前見たときは一万人くらいだっけか。それも一か月も前の話だから今どうなっているかなんて想像もつかない。彼女の声色からして、落ちてるってことはないだろうけど、わざわざ話題に出すくらいだ。何かがあったのは間違いない。

 そんなビビる気持ちを抑え込み、ふっとページを開く。そこで俺は目を疑った。

「ご……五万?」

 五倍。いやいやいくらなんでも増えすぎじゃないか。五万ていうとあれだぞ。ドームでライブしたら満員になるレベルだぞ。一万でも十分にすごいと思っていたのに、ここまで応援してくれる人がいたとは。その数字に素直に驚いていると、藤野さんがまた口を開いた。

『いっちゃんさぁ……なんか欲しいものとかない? せっかく五万の大台に乗ったんだしさぁ、ご褒美にお姉さんが何か買ってやろう』

「え、マジですか!?」

『おうとも! あ、でもお姉さんが欲しい! なんて情熱的なことは

「バトパテが欲しいです!」

 なんか話をさえぎってしまった気がしたけれど、欲しいものなんてこれくらいだ。

 今ライバーの中で人気急上昇のゲーム、バトルパーティⅤ。通称バトパテ。様々なゲームの主要キャラを駆使して、相手を吹っ飛ばしたり、ステージから叩き落とすパーティー格闘ゲームだ。元から興味はあったけど、金がなくて買えなかったんだ。多分これくらいなら贅沢言ってもいいだろう。

『え、あー……うん。そっかぁ』

「あのー、どうかしました?」

『いや、うん。何でもないよぉ……あはは』

 急に寂しそうな声を出してどうしたのだろうか。聞き返そうにも、なんか聞いていい雰囲気じゃなさそうだし。

『でも、本当にバトパテでいいのかい? あれくらいなら経費で落とせるけど』

「何言ってんですか! 藤野さんに買ってもらえるからいいんじゃないですよ!」

 経費でなら正直かなりの数のゲームを買ってもらってると思う。甘えすぎてて逆に心配になってくるレベルだ。仕事のためと分かっているからこそ遠慮なく言っているが、たまには仕事を抜きにしてもらってみたい。しかも相手は藤野さんだぞ。これ以上に特別な人なんてそうそういない。

「だから……大丈夫ですか?」

『いっちゃん……』

あれ、なんか知らないけど泣きそうになってるんだけど。もしかしなくても、もっと別のもののほうがよかったか?

『わかった! そこまで言うならお姉さんが買ってあげよう!』

「ありがとうございます!」

さっきまでの落ち込みようはなんだったのか。わからないけれど、とにかく元気になったならよかった。

 ほっと一息ついたことで、疲れが一気に押し寄せる。そろそろ寝ないと明日に響くか。

「すみません。自分そろそろ……」

『ごめん! 最後に一つだけいい?』

「? はぁ……」

 藤野さんが食い下がるなんて珍しい。いつもなら「ライバー第一!」とでも言ってすぐに切ってくれるのに。まだ何か用でもあるのだろうか。

 俺の承諾を確認すると、藤野さんは間髪入れずに話を続けた。

『あのね! いっちゃんの同期のあかりちゃん覚えてる?』

「当たり前じゃないですか!」

 覚えてるも何も、あかりちゃん、二条にじょうあかりは俺と同時にデビューしたライバーだ。藤野さんも言っていたが、ライバー界隈の言葉で説明するなら、同期といってもいい。そう、彼女は俺にとってたった一人の同期なのだ。桃色のウェーブがかった巻き髪が印象的な彼女の容姿は、百人が百人かわいいというだろう。なんせ本当にかわいいんだ。しかも職業アイドル。だというのに趣味も俺と丸被りで、話していても全然飽きない。コラボだって何回かしたし、二人の配信用タグだってある。というかここまで伸びることができたのも、彼女とのコラボがあったからなのだ。

そんな最高の同期を俺が忘れるわけがない。

 ごめんごめん、と平謝りをしながら藤野さんは話を続ける。

『実はさぁ、あの子もバトパテ買ったみたいでさぁ……もしよかったらなんだけどワンツーコンビでしてみない?』

 ワンツーコンビ。それが俺とあかりちゃんのコラボ用のタグだ。桐谷一と二条あかりだからワンツーなんていう安直な理由だけれども、個人的には結構気に入っている。

 だからこそ、この誘いを断る理由なんて俺にはなかった。

「もちろんです!」

 即答だった。願ってもみなかったことだし、むしろこっちから声をかけたかったくらいだ。けど、彼女のリスナー層を見ていると、後手になってしまう。どうしても自分から言い出す勇気がなかったんだ。

 そう、同じライバーとはいえ彼女はアイドルなのだ。リスナーだって、言ってしまえばドルオタみたいな人が多い。ファンネームも「親衛隊」だったりするのだから筋金入りだ。そんなところに俺ごときが踏み入ろうなんて、百年は早い。ずっとそう思っていただけあって、藤野さんから誘ってもらえるのは本当にうれしいんだ。

『おっけー、じゃあまた打ち合わせするから明日、よろしくねー』

 こっちの熱意が伝わったのだろうか。特に予定を聞くわけでもなく、明日とだけ言って通話は終わった。

 それにしても、初めてコラボしたときを思い出す。あのときもこんな感じだったなぁ……

 感傷に浸っていたが、それに勝るほどの喜びがあふれだした。

「やったー!」

 時間帯も気にせず、俺は喜びをあらわにする。家族が起きてこないか心配ではあったが、それどころではない。この喜びは今表現しなければ意味がないのだ。

 嬉しさを忘れないよう、俺はSNSのツイッターを開く。決まったんなら、もう呟いておいてもいいはずだ。

『明日十六時から! 久しぶりにあかりちゃんとコラボします!』

 雑に引っ付けた二人の立ち絵を一緒に載せると、投稿は瞬く間に拡散されていった。久しぶりのコラボなんだ。視聴者も待ち望んでいたのだろう。

 その反応を見ながら、俺は上機嫌でベッドに入った。

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