妖精のトロイメライ
瀬木蜜柑
第1話 依頼
イタズラ好きな僕らは妖精
あっちとこっちを入れ替えて
ぐーたら遊んで暮らしてる
鏡合わせの子供たち
ある日突然入れ替わり
どっちがどっちか分からない
たった1つだけ分かること
強いあの子が負けたのは
弱いあの子に負けたのは
きっと救いを望んだから
♦
「気をつけー、礼」
「ありがとうございましたー」
その言葉で長くて、短い一日は締めくくられた。
所謂帰りの挨拶。
それが終わるやいなや、すぐに教室から出て行く人、友人と一緒に帰ろうだとか話しながら出ていく人などがいた。
そんな中、俺─有栖碧はゆっくり帰りの支度をしていた。ふと後ろから気配を感じ、後ろを振り返ると少し悔しそうな顔をしたやつがいた。
「ちくしょー!驚かそうと思ったのにー。」
「残念だったな、圭一くんや。お前の行動は把握済みだ。」
なんて馬鹿げたやり取りをするのは俺の親友である斉藤圭一だ。
「まあそれはいいとして、どうした?お前今日掃除当番じゃなかったっけ。」
「そうなんだけどさ、今日ちょっと遊びに行こうぜーって言おうと思って。」
「あー、悪い。俺今日用事あるんだよ。」
用事、というのはバイトのことである。本来学校では禁止されているのだが、そんなことはお構い無しにおそらくクラスの半分がしているだろう。先生に聞かれても困るのでとりあえず用事と言うのが暗黙のルールなのである。
「用事があるならしゃーないな。なら今度時間ある時教えてくれ。じゃーな!」
「おっけ。じゃーなー。」
話しながら準備をしていたので教室には掃除当番の生徒が少しずつ集まっていた。邪魔にならないよう急ぎ足で俺は教室を出ていった。
学校を出て、バイト先に向かう。俺のバイトは少し、いやかなり珍しい仕事を行うところであり、人目に付きにくい場所に建物があるのだ。
ビルの間の小さな道をくねくねと何度も曲がった先に、メルヘンチックな建物がある。見る人が見れば、かなり怪しいのだがそんなことを気にする人は居ない。重厚感のある扉を開き、螺旋階段を登る。そして、階段に1番近い部屋の扉を開けるとここの社長の書斎だ。
「こんにちはー。」
「お、やっと来たね。遅いから随分待ったよ。早く私のお茶を入れてくれないか?」
「はいはい。」
「はい、は1回!もしくは喜んで!ってそこは言うところだぜ?」
「はいー。てか遅いって言ってましたけど、俺普通に学校でしたからね?」
お茶なんて自分で入れた方が確実に早いのに、わざわざそんなことを俺に頼むのは社長だ。社長と言われても初見では絶対に分からないような見た目をしている。何せ高校生である自分と同じぐらいの年の見た目をしているのだ。
社長の名前はエレイン。その名に相応しい、美しい顔立ちをしている。いつもよくフリルの服を来ているのだが、今日は珍しく制服を思わせる、真面目な服装をしているということに気づいた。
「社長、今日誰か来るんですか?」
「ん?あ、そうだった。言うの忘れてたよ。今日、確定ではないんだが依頼が来てね、お客さんが1人来るんだ。碧も久しぶりにお茶汲み以外の仕事が出来ると思うよ。」
仕事内容を伝え忘れるのもどうかと思うが、依頼、という単語を聞いて体が強ばった。同時に絶対に失敗してはいけない、という緊張もあった。
来宅を知らせるベルが鳴った。社長が出迎えるということなので、俺は3人分のお茶を用意する。
1階の応接間に入ると、そこには見知った顔があった。
「あれ、設楽…?」
「え?あ、有栖じゃん。何でここに?」
「いやそれはこっちのセリフ。何でここに?」
「君たちもしかして知り合い?」
疑問のオウム返しをしているところに社長も疑問を投げかけてくる。
「…はい。同じクラスの。」
そう、彼女は同じクラスの設楽さなだった。いつも元気な彼女がなんの依頼で来たんだろう、と思いながら社長と設楽の前にお茶を置いて、自分も椅子に座る。バイト先に知り合いが来るというのはすごく気まずくなるもので、ここも、というか俺も例外ではなかった。空気を読んでくれた社長が話を切り出してくれた。
「ところで、今日はどうしてここに?」
「あ、はい。えっと、今日ここに来たのは最近友達の様子が少しおかしくって。それで、ここに来れば解決して貰えるかなって思ったので。」
「生憎だけど、ここは病院じゃない。そういうのなら精神科に行った方いいと思うけど。」
「っ違うんです!その、変、というのは私も…実際に見てしまったというか…」
「何を見たんだ?」
自信が持てなくなったのか、どんどん声が小さくなっていく。
「よう…を…」
「なんて?」
「その、妖精みたいなものを!見てしまったんです!」
最終的に吹っ切れたのか、あるいは投げやりになったのかは分からないが、大きな声で言ったので少し驚く。すると、社長は納得したように少し笑っていた。
「なるほど、そういうことなら私達の出番だ。」
この世界には、魔法師という者が存在する。大昔には大体の人が魔法に慣れ親しんでいたらしいが、科学の発展により魔法を使わなくなったこと、それによる後継者の減少により、今ではなりを潜めている。しかし、神秘が残っていた頃の名残─妖精や、魔獣、土地そのものにかけられた魔法など─がまだ消えていないのだ。現代でもそれによって苦しむ人々は少数ではあるが、存在している。そういう人たちを助けるのが、俺と社長の役目なのだ。
「では、君が見たものをゆっくりでいいから教えてくれ。」
その言葉を聞き、メモの準備をする。設楽もそれを察したのか、少し待ってくれていた。準備ができたのを確認すると、社長に聞かれたことを答える。
「はい。まず、私の友達っていうのは、岡部花音っていう子で、中学からの付き合いです。最近あの子学校来てないから念の為言うけど、私たちと同じクラスだよ。」
それを言われ、ドキッとした。付き合いがないものだから、一瞬他のクラスの人かと思ってしまったから。俺の心を読んだのか、ジト目でこちらを睨みつけた後、また続ける。
「今言った通り、最近休んでたので先生にプリント渡すように頼まれて花音の家に行ったんです。その時は花音のお母さんが出てくれて、家に入れてもらいました。
部屋に行こうと思ったら話し声が部屋から聞こえてきて、でもとりあえず渡さないとって思ってノックをしたんです。でも部屋には花音以外いなくって。」
その時設楽は不思議がったそうだが、気のせいかなと思って特に何も聞かなかったらしい。1日目はプリントを渡し、たわいもないことを話して岡部の家をあとにした、ということだ。
「2回目に頼まれた時も、やっぱり話し声が聞こえて、しかも花音の声だから思い切って聞いてみたんです。そしたら…」
『今話し声聞こえたけど誰と話してたの?』
『えっ聞こえてた?恥ずかしー!誰にも言わない?そしたら教えてあげる。』
『うん。…誰にも言わない。』
『えっとね、なんと、妖精と話してたの!さなも気になるんだったら今度紹介してあげる!』
「最初は冗談だって思ったんです。ちょっと不思議ちゃんだったけど、さすがに高校生にもなってそんなこと言うのはって。でも次の日に行った時、本当に居て…!しかも花音、なんかおかしかったし!」
「どんな感じにおかしかったんだい?」
社長が落ち着かせるように優しく問うた。
「…目がぼーっとしてたというか、心ここに在らずみたいな。何かに操られてるみたいな感じで…」
もしかして、と社長の方を見るとその通り、と言うように頷いた。
「…そういえば、こっそり写真撮ってたんだった。」
そう言ってスマホを取り出し、画像を見せてもらう。それを見ると社長が少し驚いた。ように見えた。
「多分、君の友人…花音だったか。花音はおそらく妖精の魔法で夢を見ている状態なんだと思う。」
「夢、ですか?」
魔法による影響だとは分かったけど、夢を見ているとは思いつかなった。
「そう、この妖精、結構難敵でね。被害者も多い。簡単に言うとまず現実と夢の境目を分からなくする。夢を見ている時って何も分からないままぼーっとしているだろう?それを利用して自分の世界…というか領域に引きずり込む。今までの行方不明者が見つかってないのも何人かはその妖精の仕業だ。」
「なるほど…って結構やばいじゃないですか!?もしかしたら岡部もそいつに攫われるってことですよ!?それに、連れ去られた人もいるんなら助けないと!」
設楽もそれを何となく理解したのか顔色が悪くなっていく。攫われるのを防ぐことは出来ないのか社長に聞いてみるが首を横に振る。
「攫われるのを防ぐことは出来ない。何せ妖精のくせして瞬間移動とか使うから。どうにか出来るのなら今までにやってきたさ。」
「そんな…」
設楽が小さく声をこぼす。それを見かねた社長が彼女に優しく言った。
「さな、君は1度家に帰った方がいい。もう暗くなり始めてる。安心して。君が此処を頼ってくれた以上、私は、いや碧も。全力で助けることを誓う。とりあえず、今日は心を落ち着かせるんだ。何か合ったら…いいや、何も無くていい、不安なことがあったからでもいい。いつでもここにおいで。」
社長のとびっきりなイケメンを浴びて、ほんの少し落ち着いたのか小さく返事をして事務所を出ていく。
「それで…どうするんです?防ぎようがないのならどうしようも出来ないと思うんですが。」
率直な意見を述べる。実際聞いていただけだが、不可能ではないかと思ったのだ。
「碧、私を誰だと思っている?スーパーパーフェクトレディだぜ?」
あいも変わらずおかしなことを言っている。などと思っていると真面目な顔つきになってこう言った。
「私は今まで何度もあの妖精と会っている。さすがにもう決着をつけないと。」
「…」
「それに捕まるのはどうしようもないのなら、連れ出せばいいのさ。領域の場所を特定して、領域の主である妖精を倒し、今まで攫われた人も皆で脱出する。」
「そんなこと…出来るんですか?」
弱虫なことしか言えない自分に悲しくなってくるけど、それでも不安なのだ。でもそんな不安を、社長は綺麗な顔で振り払った。
「もちろん、出来るとも。何せ君がついてるんだから。」
こんなにも嬉しい言葉を添えて。
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