第14話:始まる、調弦者VSコーヒー卿
「な、何が起きているんですか……?」
:わからん
:わからん
:なにこれ
:ドラゴ◯ボールの戦闘かよ
私たちが今行っているのは、張り巡らされた死線を幾重にも束ね、戦闘不能というゴールに相手を叩きつけた方が勝利というゲーム。
そう、ゲームだ。だから勝ち負けで死ぬこともなければ、いくら派手に戦っても壊れるものなどないということ。
「ほらほら! そんなんじゃ勝てませんよ!」
「うるさいなぁ……。こっちは今配信中なんだよ!!」
糸でその身を断とうとするも、瞬時に対応してコーヒーソーサーで受け止める。
カウンターと言わんばかりにカップで殴りかかる彼女の拳を、コンバットナイフで受け止めて、胴体を蹴り距離を取る。
どうして私でさえもここまで互角に追い詰められているのか。
時間は数十分前に遡る。
◇
「ということで今日のゲストさんはノイヤーさんです!」
「初めまして、ノイヤーです」
:誰?
:誰だろ?
:誰だ
それもそうだ。ショータイムにいたのもだいぶ初期の段階。名を上げる少し前だったし、知っている人がいれば、本当にショータイムの通と言っていいほどのプレイヤーだ。
一応強いことには変わりないのだけど、実のところ私もクランをやめてからのスキル構成を見たことがなかった。
確か肉体派のアーミー型だった覚えがあるけど、どうだったっけな。
「では、戦いましょうか」
「武闘派だねぇ、もうちょっとお喋りしよ!」
「……あー、あなたここではそんなキャラでしたっけ」
「ちょっ! キャラって言わないでよ!!」
:キャラは草
:明らか作ってるもんな
:バトルの時のお前は、もっと輝いていたぞ!
「そうですね。バトル中のカナタさんはそれはもう殺戮兵器のように冷酷で……」
おい、同調するな。
そういう事を言うと大抵のリスナーは乗りかかってくるんだから。
:おっそうだな
:それはそう
:マジそれ
ほーら、シンクロしてきたー。
同調圧力って言うんだよこれが。怖いなーもう。
「師匠はそんなに怖くないです!」
「そうだよねー! さっすがアステちゃん、分かってるー!」
投げてきたボールは受け止めてあげるのが会話でのルールだ。
とっさに否定したアステの手を両手で掴んで、胸の高さまで持ってくる。
まぁ百合とは言わないだろうけれど、このぐらいの接触なら問題ないでしょ。
こういうこまめな気配りも、アイドルには必要だって言うし。
「そういうアステちゃん、好きだよ!」
「っ!」
感情に合わせて、何故かアステの白肌に紅色のペンキが塗られていく。
あ、あれ? アステー、これは百合営業なんでしょー?
:キマシタワー
:俺もカナタちゃんに言われてー
:てぇてぇ
:スゥーーーーーーーーーーー
:てぇてぇ
オーバーヒートしたかのように発熱したアステはそのまま停止。
どうしよう。アステ壊れちゃった。
「はっ! なんですか、そういう色目ですか?!」
「何が?」
現実世界に戻ってきたアステはやや興奮気味で私のことを見るけれど、卑しいところは1つもなかったと思う。
嘘ついた。百合営業の1つでもしておこうってことでアステに近づいたことが卑しい部分であろう。ごめん、次からはちゃんと台本作っておく。
「ま、まぁいいです! 師匠はノイヤーさんと好きに遊んできてください!」
「なにそんな拗ねてるの?」
「拗ねてません! この人そういう人だったなって、呆れてるだけですから!」
そういうって、どういう?
どういうことかと言う疑問を頬に手を添えたノイヤーを見て質問する。
「私、呆れられる事した?」
「自分の胸に手を当ててみたらどうですか」
自分の胸? んー、リアルと違って豊満な胸しか見えない。
私の身の振り方は間違いではなかったと思うんだけどな。
アステのことだからすぐに機嫌直してくれると思うけど。だって険悪なムードにはなりたくないし。人ってそんなものでしょ。
などと考えながら、私は決闘モードへの準備を進めていた。
後はノイヤーの承認を待つだけ、と言ったところだ。
「じゃあ、楽しく戦いましょうか」
「うん、そうだね」
:強者ムーブが強すぎる
:これがトップ勢とよく分からん人のバトルか
:がんばえー
「あ、あの! 師匠……」
先程まで拗ねていたであろうアステが、やはりと言うべきか。声をかけてきた。
その声色はやや震えていて、まるで何かに怯えているような。そうでなくとも不安げな音色だったのは、私の気の所為ではないだろう。
こんな時どう声をかければいいか。それはゲームを始めた時から嫌でも知っている。
ニッコリと笑って、相手に不安を覚えさせないぐらい晴れやかな笑みで言うんだ。
「ダイジョーブ! アステちゃんの師匠は負けないよ!」
「……はい!」
受諾された決闘モードが始まれば、そこはランダムで生成されたフィールドマップ。今回は妖精が住んでいるような森と水が交じる庭園みたいなところであった。
:ほう、妖精の庭園ですか
:楽しみ
:なんかノイヤー、飲んでね?
「うん、なんか飲んでるね……」
庭園の中央に位置する部分。洋風のテーブルと椅子が置かれた場所で、優雅にコーヒーカップを手にしている赤と黒のヴィンテージゴシックコートの女が1人。
黒髪だと言うのにその仕草は本物のお嬢様であることを彷彿とさせる出で立ちで、とてもじゃないが、私には再現しようにもできないだろう。
だから私はその場所まで行って、声をかける。「何してるの」と。
「見ればわかるでしょう。コーヒーを飲んでいるの」
「……あー、そういうこと」
:どういうこと?
:わからん
:のんびりしてるってこと?
まぁこんな『スキル』、誰も覚えていないだろう。
ネタスキル愛好家の方々は確かに見覚えがあるだろうけど、実際に使っている人なんていないと思われているはずだ。
「《ブレイクタイム》だったよね? スキルで出したコーヒーを完飲すると、ステータスが一定時間だけ5倍になるっていう」
:5倍?!
:スキルなの?!
:ネタスキルじゃねぇか!!
『初めて知りました。あんなスキルがあるんですね』
コーヒーカップを置いて、ノイヤーは静かに口を開ける。
波のように流れるコメント欄と驚くアステを置いて。
「流石カナタさんですね。そのとおりです。私は今チカラを飲んでいます」
《ブレイクタイム》。文字通りチカラを飲んでいるという表現はあながち間違いではなかった。
コーヒーを飲みきれば、5倍という果てしないステータス。つまりチカラを手に入れられるのだから。
問題は、飲みきれれば、という話に直結する。
コーヒーは熱いし、結構量もあるし、ブラック限定でミルクやシュガーも入れられない。となれば、ゆっくり飲むしかなくなる。その間に敵に狙われたりでもしたら? もしもコーヒーをこぼしてしまったら?
つまりはそういうことだ。失敗する確率が非常に高いネタスキル。それがこのチカラの正体である。
「攻撃しないのですね」
「当たり前だよ! 変身前は襲わない。それがヒーローのマナーだよ!」
「怪物の間違いでなくって?」
またコーヒーを一口。
まぁこれには訳がある。言っちゃってもいっか、このぐらい。
「正直もったいないじゃん。せっかく幼馴染と再会して、本気で遊ぼうとしてるのに水を差すようなこと、できないよ」
「騎士道精神がお強いことで」
:こいつ、やる気だ
:バチバチにやる気満々じゃん
:流石戦闘狂
:おぉバーサーカー
最後の一口を飲んだ辺りで、カチャリとカップとソーサーがぶつかる音が聞こえた。
それが開戦の火蓋だったのだろう。目を閉じ、ゆっくりとその時が開かれる。
「では、始めましょうか」
「そう、だね!!」
《ヘブンズストリングス》での奇襲は不意に終わる。
目の前の椅子だったものがバラバラに切り裂かれるも、人1人分のデータの破片はそこには存在しない。
予想以上の強敵。だけど、負けず嫌いは高鳴り続けてる。
歪んだ口元は、鋭い目元は、相手をサーチするのに意識を向けていた。
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