第2章:えんどロー、張り切りました。

第13話:再会、コーヒー卿の襲来

 あれから登録者が爆発的に増えた。

 何故かは知らない。けれどどこかのスレに書かれたらしい情報を目にして納得した。


「あひゃー! 私人気者だー!」


 喫茶店を模したスペースで、椅子に座って両手を天に広げる。

 いやー、なんという幸せ。こんなにも伸びるなんて思ってもみなかったから、記念配信当日はあまりの動揺で食べ物がのど通らなかったもの。

 チャンネル画面のウィンドウを開いて、またニヤつく。

 これが、俗に言うバズるというやつなんだ! 私バズっちゃったなー! あはっ!


「師匠、調子に乗りすぎです」

「……はっ。ごほん」


 目の前にアステがいることを思い出して、1つ喉を鳴らす。

 そうだ。私は師匠。アステにみっともない真似は見せてはいけない。ゲーマーとして先輩で、先を行く者として。


「浮かれたくなる気持ちも分かりますけどね! 登録者数倍ですよ倍!」

「そうだね。いやぁ、こんなにも世界がちょろいなんて思わなかったなー」

「師匠、それ絶対皆さんの前で言わないでくださいね」


 言わないよ。さすがの私だって、こんなこと口が裂けても言わない。

 アイドルらしくないし。アイドルっていうのは夢を売ってるんだから、当たり前。そんなこと弟子に言われなくたって、分かっている。


「で、調子に乗った師匠は今日も凸待ちと」

「需要と供給に答えてるの。味を占めたわけじゃない」


 どうやら私には何故か戦闘面での需要があるようだ。

 確かに元々バトルは得意、というか好きだったし、実力も他と比べれば高いとは思っている。

 それが参考になるかはさておいて、圧倒的な戦闘というものは得てして人を惹きつけるらしい。


「でもあまり手の内は晒さない方がいいですよ? 必殺技という名のユニークスキルは対応されやすいんですから」

「分かってる。よっぽどの相手じゃないと使わないって」


 このゲームでは必殺技という概念が存在する。名前をユニークスキル。

 全プレイヤーはランクCになると、このユニークスキルが解禁される。

 様々な素材アイテムを投入することで、自分だけのオリジナル必殺技を作っちゃおー、みたいなイメージでいいと思う。

 例えばアステの《シリウス・バスター》。切れば確実に戦況をひっくり返すだけの実力を持ったスキルなんだけど、弱点は一度作ってしまうと二度と他の能力に変更できないということ。

 見切られれば、もちろんスキが生まれるし、対策されれば命を刈り取られてしまうような諸刃の剣。

 だからあえてユニークスキルを使わない、という人までいるぐらいには戦略性の高い代物だった。


 私も持ってるけど、あまり人に見せるようなものでもないので、よっぽどの相手じゃない限りは使わないようにしていた。


「まぁ、そんな相手が来たら、逆に盛り上がりそうだけど」

「例えばキョウコさんとか!」

「あの化け物は別格。来たら困る」


 仮に登録者200人クラスの私の元に、個人ランキング1位、チャンネル登録者数17万人のムサシ・キョウコが来たら、私だけでなく、リスナーも腰を抜かすと思う。

 盛り上がりはするけど、あの人と私とことん相性悪いからなぁ。


「本人が聞いたら怒りそうですね」

「有名税だよ。本人は普通に大人だし」

「会ったことあるんですか?」

「何回かね」


 そりゃクランランキング1位の部隊長をしてたわけだし。

 ベディーライトがテンプレを極めた超万能型だとすれば、ムサシ・キョウコは刃を尖りに尖らせた超特化型タイプ。

 城壁よりも堅い防具と、ダイヤモンドカッターよりも鋭い刀。

 サムライにも似たその器用で繊細な技術は、他の追随を許さぬほどの実力を持っている。

 正直、元団長であるベディーライトが勝てないというのも納得だ。


「すごいです! さすが師匠!」

「別に大したことじゃ……」

「わたくしも聞きたいですね、その話」


 私とアステの話に割り込むような形で、私が座っている席の後ろからお声がかかる。

 その粛々とした清楚な声を、私は聞き覚えがあった。


「もしかして、ノイヤー?!」

「ご明察です。お久しぶりですね、こちらでは」


 純白のコーヒーカップに注がれた黒い液体を口にして、彼女は再会を祝した。

 彼女の名はノイヤー。本名『カンナ・ノイヤー』はまさしく私の幼馴染だ。

 昔、ショータイムで共に戦った間柄であり、途中でその場を去ったこちらでの数少ないリア友の1人である。

 コーヒーに似た黒い髪を揺らして、彼女は優しく照らし出す月明かりのように微笑んだ。


「……あれ、コーヒー嫌いじゃなかったっけ?」

「嫌いですよ。えぇ、嫌いですとも」


 じゃあなんで飲んでるのさ。

 家のしがらみから、コーヒーというものを昔から嫌というほど飲まされた彼女は、知識はどうであれ、とてつもないコーヒー嫌いとなっていた。

 おかげで夜眠れない日が増えたと嘆いていたが、なんだかんだ今も飲んでいるようだ。


「あなたが、アステさんですね。『初めまして』、ノイヤーです」

「……そ、そうですね。初めまして! アステです!」


 そっか、アステとノイヤーは初めましてだったっけ。

 カチャリとコーヒーカップとソーサーを合わせる音を鳴らす。

 そうして微笑むと、パチリと指を鳴らし机の上に手紙のようなものを出現させる。

 その手紙にはわざわざ古風な筆を使って書かれた『果たし状』という文字が刻まれていた。


 ……え? 何いきなり?

 果たし状って、あの果たし状だよね。

 こう、相手に挑戦状をたたきつける的なタイプの。


「テストしてあげようと思って」

「何を?!」


 学生の身分としては最も嫌いな言葉ランキングベスト10ぐらいには入るその言葉。

 いったい何をテストしようというのか。チカラ? 成長? それとも嫌がらせか。

 とにかく、幼馴染であるはずなのにその考えていることが一切分からなかった。

 まぁ、挑まれた勝負というのは往々にして受け取るのが普通。一般的。


 ――であるならば。


「ま、いいや。この後配信するし、その時に」

「師匠、本気ですか?!」

「期待には応えてあげます。ですから本気でかかってきてくださいね」

「上等」


 心の中の負けず嫌いという炉心に火をくべる。

 面白い。こっちこそ私と離れてる間にどれだけの実力をつけたか、テストしてあげるよ。

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