第5話 魔術師は嫉妬する
マイロと並んで歩いていると、マイロがさりげなくトレミアの肩に手を触れたり、手に触れたりすることがあったが、トレミアはたまたま当たったくらいにしか思わなかった。
騎士団にいれば、多少の体の接触など日常だ。
植物公園に着くと、見渡す限りベルベットレッドやフューシャピンク、バイオレットの薔薇が咲き乱れていて、さしものトレミアも感嘆の声をあげた。
「うわあ、すっごく綺麗ですね!私、あんまりこの辺来たことなかったので初めて見ました」
「そうなんだ。じゃあトレミアちゃん連れて来れて良かったな。花畑の中に散歩道があるから歩いてみようよ」
言って、マイロは自然にトレミアの手を取って歩き出した。
「わぁー、すごくいい匂いがしますね」
いつもは食い気優先のトレミアもさすがに、この圧倒的な薔薇の美の前では、普通の女の子のようにうっとりとしていた。
「向こうに噴水があるんだ」
マイロが手を引くので、トレミアもそのまま付いていく。噴水はかなり大きく、真ん中の大きな水柱の周りに小さな水柱がいくつも噴き出しているものだった。
「なんかすごいですね」
「でしょ。意外に静かだし雰囲気もいいから、俺はここけっこう好きなんだ」
マイロが噴水の前のベンチに座り、トレミアをそのまま横に座らせる。
そうして少し他愛無い話をしていると、マイロの手がトレミアの方に伸びてきて肩を抱かれた。
「ん?」
トレミアもさすがに疑問に思いマイロを見ると、微笑みながらマイロもトレミアを見た。
「トレミアちゃんは可愛いね」
「……ん?」
そしてマイロの顔が何だか近くなってくる。
(これは……なんか、ちょっと怪しい雰囲気なのでは……?)
遅ればせながらやっと、トレミアもこれはまずいと思い始めた。マイロのことを職場の世話焼きの、いい先輩としか思っていなかったので、まさかこんな風になるとは思ってなかったのだ。
ユアンはいつもそっけないし、こんな風に迫られた経験はゼロだ。
とにかく、このままマイロの顔の接近を許すわけにいかない。さりげなく、距離を取って顔をそむけようとしたが、肩を掴む手の力が意外に強く、身体を離すことが出来ず焦る。
いや、剣聖の身体能力を以てすれば、本気で拒絶しようと思えば簡単に出来る。
しかしマイロにはいつも世話になっていて可愛がってもらっている自覚はあった為、急に本気で突き飛ばすのも憚られて躊躇してしまった。
何とか、言葉で説得しようとしてトレミアは焦りながら言った。
「あ、あのマイロ先輩っ、その、顔がなんだか近いと思うのですがっ」
「ん?だってキスしようとしてるから」
事も無げに言うマイロに、トレミアはびっくりして声を上げた。
「え、えええっ!なっ、なんでですかっ!だめですよ!」
「なんで?こんなに可愛いトレミアちゃんを前にしたら、キスしたくならない男はいないよ?」
たぶん、こういう顔をされたら大抵の女の子は蕩けてしまうだろう。
そんな甘い顔でマイロはトレミアから視線を外さず、見つめ続ける。
「いや、そういうのは好きな人にしないとだめですっ!」
必死で説得しようと焦るトレミアに、マイロは妙に真面目な顔で言う。
「俺はトレミアちゃんのこと好きだけど?」
「えええっ冗談ですよね?からかってますよね?」
「冗談でもなんでもないけど。本当に好きなんだけど」
「い、いやいやいや、だめです、それに私はユアンが、好きな人がいますっ」
必死にマイロの顔を両手で押しやりながらトレミアが言うと、マイロはちょっと興を削がれたような顔をしたが、すぐ不敵に笑って言った。
「ああ、ユアンてこの前の魔術師くんだよね?あの子はやめた方がいいんじゃない?せっかくトレミアちゃんに好意を向けてもらってるのに、ぜんぜんそれに応える気がないみたいじゃん。愛想もないしさ。俺ならもっと君をたっぷり可愛がってあげるし、優しくするよ?君だってちゃんと愛を返してくれる相手の方がいいんじゃない?」
痛いところを突かれ、トレミアは全身の血が冷えていく気がして、抵抗する力が抜けた。
それはずっとトレミアが気が付かないふりをしていたことだ。
あんなにはっきりユアンのことが好きだと表し続けているのに、ユアンの冷たい態度はもうずっと変わらない。
(ユアンはやっぱりもうとっくに、私のことなんて嫌いになってるのかもしれない……。)
「ねえ……俺なら君のことずっと大事にするよ。そんな哀しい顔なんてさせたりしない。君がずっと笑ってられるように守るから、俺と付き合ってよ」
「わたし、私は……」
その時、人の気配がしてトレミアはふ、と目をあげた。すると、そこには顔を強張らせたユアンと、プラチナブロンドと紫の瞳のものすごく可愛い女の子がいた。
「ユ、ユアン!」
マイロはニヤッと口の端を上げて笑う。
「あれ~、君もデートだったのかな?でもちょーっと今いいところだから、見てないでどっかに行ってくれないかなー?」
「……ッ」
ユアンは唇を噛みしめてマイロを睨みつけた。
「ユアン、その人誰?本当にデートなの?」
思わずトレミアが聞くと、ユアンは弾かれたように声をあげた。
「お前だって、そんなやつとデートしてるくせにっ!」
びくっとトレミアが身体を震わせるとマイロがかばう様にトレミアを抱きしめた。
「あーらら。そんな大声出しちゃって、トレミアちゃんかわいそう。大丈夫だよ。俺が守ってあげるからね」
「ちょっ……お前!何してるんだ!トレミアを離せよ!」
思わず、ユアンは叫んだ。
「何言ってんだお前。お前にそんなこと言う権利あるわけ?」
マイロがユアンを睨み返す。
「俺はトレミアちゃんが好きだ。だから彼女が傷つくようなことは言わないし、やらない。何があっても守ってやるつもりだ。けどお前はどうなんだよ?あんなに彼女に好意向けられてんのに、まともに向き合ってもねえじゃん」
「ぐっ……」
「そのくせ、トレミアちゃんが誰かに取られそうになったら独占欲で嫉妬かよ?あまりにガキで呆れるぜ。いいか、お前にはそんな権利は一つもねえんだよ、ガキはおとなしく家に帰って一人でオ……」
少しばかりイラついたマイロは、ついいつもの調子でユアンを挑発しようとして、レディーの前で言うべきではないことまで言いそうになり、黙った。
そして何も言えずに唇を噛みしめて黙り込んだユアンを見てニヤリとすると、トレミアの顎にそっと手を添えてその唇に口付けした。
「……っ!!」
ユアンは踵を返すと、そのままその場を走り去ってしまった。
背景の一部になってしまっていたフィンリーは、それでようやく動けるようになったらしく、ちらっとトレミア達を見た後、ユアンを追って走っていった。
それを見送るとマイロは腕の中で呆然としているトレミアを見て言った。
「ごめんね、急にこんなことして。でも、俺がさっき言ったことは全部本気だから。君が好きなんだ。だからちゃんと考えて欲しい。すぐには答えを出さなくていいからさ」
「わっ、私、帰ります……」
「送っていくよ」
「いえ、いいです。一人で帰りたいです……」
分かったよ、心配だけど……と言いながら、マイロはその場に留まり、トレミアは少しふらつきながらも公園を出て宿舎まで戻った。
あまりにも色んなことが一気にあり過ぎて頭がパンクして、どこをどう歩いたのか全く分からなかった。
「トレミア!ずいぶん帰りが早いじゃない!どうだったの!?」
「マイロさまに送ってもらわなかったの?」
「トレミア。何かあった?」
宿舎の3人娘が帰って来たトレミアをわっと囲んだが、トレミアの青ざめて混乱しきった顔を見て、何かあったらしいと悟る。
「まさかないとは思うけど、マイロ様に何かされたの?」
「うそ、無理やりとか!?」
「もしそうならマイロのやつは私がやる。」
「ち、違うよ……。そんな酷いことはされてないよ。ただ、色々あってショックが大きくて、頭がぐるぐるしちゃってるだけ」
剣呑な雰囲気を醸し出した3人に、トレミアは我に返ってぶんぶんと首を振った。
「えっと……もうちょっと自分でいろいろ考えたいから、私、部屋に戻るね」
「トレミア、無理しないで!限界!ってなったら相談に来ていいんだからね」
「そうだよ!私たちだって少しは役に立つんだからね」
「うん。言ってくれたらいつでも私が天誅を下す」
「あははっ……」
ふんす、と胸を張る3人に、ようやくトレミアは弱々しいながらも笑顔を見せて部屋に戻っていった。
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マイロのセリフはほんと書きやすいです。この回は自分でも好きな回です(´ ω` )
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