卑屈な魔術師は剣聖の幼馴染に素直に好きと言えない

にあ

第1話 魔術師と幼馴染

「ユアン、さっきはどうしたんだ。功を焦ってるのか?魔術師が前に出過ぎると死ぬぞ」

「……すみません」


魔術師団長であるカーギスにたしなめられ、ユアンは呟くように答えた。


18歳のユアンはレイヴィス王国の魔術師団の団員で、魔術師として民衆を脅かす魔獣ビースト討伐の任についている。

王国には魔術師団と騎士団の二つがあり、二つの組織は協力しながら魔獣を討伐しているが、普段はそれぞれの団が合同で討伐に当たる事はあまりない。


よほど強い魔獣には合同で討伐に当たるが、王城周辺に出る魔獣はそれほど強くない為、こうやって定期的に魔術師団や騎士団が交代で魔獣の間引きをするのだ。


「……レベル5の壁を越えられないのがそんなに気になるか」

「……」


魔術には使用レベルがあり、レベル1の魔術師がレベル2の魔術を使おうとしても使えない。

もし無理やり使おうとしても不発に終わる。


そして当然、レベルが上がれば上がるほど、使用できる魔術は増え、その威力も強力なものとなっていく。

レベル5を超えた魔術は、天変地異に匹敵するとまで言われている。


魔術師団長のカーギスはレベル7に達し、最も得意な雷撃魔術を自在に操る様から、『紫雷しらいの魔術師』と呼ばれていた。


「その年でレベル5まで解放出来ているのは、異例なことなのだがな」


カーギスは呆れ混じりに言ったが、明らかに不満な顔をしているユアンを見て、ため息を吐いた。


「分かっていると思うが、魔術は心と密接に結びついている。躍起になっても解放できるものじゃない。焦れば焦るほどうまくいかんものだ。……次からはきちんと冷静に行動しろ――――行っていいぞ」

「はい」


カーギスに解放され、ユアンはため息をついて兵士の天幕に戻った。


「……カーギス師長に注意されてたね。ユアン、いつも冷静なのに、今日はらしくなかった。……何、考えてる?」


天幕に入ると、同期のフィンリーがぼそりと言った。

フィンリーはプラチナブロンドにけぶるような濃い紫の瞳の美少女だが、人のことにはあまり関心がなく、無口で他者と打ち解けない。


ユアンもフィンリーと似たようなタイプであり、他の者と接するよりは気楽な為フィンリーとは話をすることが多い。


「俺もこの師団に入って2年目だし、何か形に残るような実績をあげたかったんだよ……まあ焦ったのはミスだったけど」

「ふーん……なんで急に実績気にするようになった?」

「……べつに」


ユアンがそれ以上話す気がないと分かって、フィンリーは肩をすくめながら自分の装備の点検に戻った。


ユアンは、ふっと息を吐いて自分も装備の点検を始めた。

そうしながら、自分が実績をあげることにこだわる理由である、幼馴染の少女の顔を思い浮かべる。


明るい金色のふわふわの髪の毛に、翡翠のような綺麗な緑色の目は、いつも楽し気にキラキラしている。


『ユアン!私、ユアンが好きだよ!』


裏表なんかなくて、明るくて、みんなに好かれていて、会うたびに簡単にそう告げてくる、可愛くて、剣聖のギフトを持つ女の子。

レベル5の魔術が使える自分より、ずっとずっと強くて、実力があって。


(トレミア……)


彼女のことを考えると、甘い切なさを感じると同時に、強い劣等感と自分は彼女にふさわしくない、という思いが湧いてきて、ユアンは胸が苦しかった。



*********



「トレミア、そっちに行った!」

「任せて下さい!」


レックスが叫び、トレミアは自分に向かってくる狼型の魔獣に向かって跳躍した。

そして自分の数倍はある魔獣をたったの一太刀で葬り去る。

どう、と魔獣が倒れ、トレミアは「よしっ!」とガッツポーズを取った。


「これで全て片付いたな。街に戻るぞ。撤収だ!」


向こうに残っていた魔獣を倒したレックスが声を張り上げた。


トレミアは王国騎士団の一員だ。年齢は弱冠17歳だが、剣聖のギフトを持って生まれ、すでに騎士団長のレックスに次ぐ実力を備えていた。

レックスもまだ22歳と若いが同じく剣聖のギフト持ちで、年季の違いかトレミアはまだレックスに勝てたことがない。


今は、王国北の森で脅威になっていた狼型の魔獣討伐の任で、トレミアの所属する騎士団の団員15名で討伐に来ていた。


討伐が終わり、帰路に付いた騎士団が王国の城壁をくぐると、レックスの姿を見た街の女の子たちからきゃああ、と声が上がる。


剣聖のギフト持ちで若くして騎士団長の地位に就き、さらには輝く金髪、海のように煌めく青い瞳の長身の美丈夫とくれば、街の女の子から熱烈な眼差しを向けられ「今こっち見てくれたわ!」などときゃあきゃあ騒がれてしまうのも、仕方のないことと言える。


「あーまったく、団長モテ過ぎでしょー。俺だってけっこうイケてるのに、全然目立てねー」


馬を駆り、王国の城下町を通って王城の敷地内にある騎士団の兵舎に向かいながら、レックスの隣にいたマイロがぶつくさ言った。言うだけあってマイロも艶やかなオレンジの髪にちょっと垂れた緑色の瞳を持つ、見た目だけは美しい青年だ。


「そんなのは知らん」

「まあ団長はどんな女の子にも興味のない朴念仁ですからね~。あーもったいない」

「別に誰にも興味がないわけじゃない、お前が気が多すぎなんだ。一人に絞ったらどうなんだ?」



呆れた顔を向けるレックスに、マイロはどこ吹く風で言う。



「えー嫌ですよ。それこそもったいないですって。目の前に魅力的な女の子がいたら、黙って素通りなんて出来ないですよ」


そこへ後ろからトレミアが馬を進めて来て、マイロはパッと顔をほころばせて話し掛ける。



「おっ、トレミアちゃん。お疲れ!今日も頑張ってたね~、どう?このあとご飯でも食べない?おごってあげるよ」


「えっ、本当ですか?やったあ、ご飯食べたいです!」



にこにこと答えるトレミアに、レックスは咳ばらいをすると口を挟んだ。



「トレミア、ご飯なら兵舎の食堂でタダで食べられるぞ。しかも今日は討伐の慰労で特別にミスミ牛のステーキが出ると聞いた」


聞くなり、トレミアの顔が輝く。


「すごいっ!ミスミ牛のステーキ食べたいです!あの、マイロ先輩、私食堂で食べますね。また今度おごってください!さっ、早く兵舎に戻りましょう!」


食い意地の張ったトレミアが馬を先に進めていくのを見送って、マイロはため息をついた。


「ちょっと、団長~。邪魔しないでくださいよ」

「将来有望な部下の女の子が、お前の毒牙にかかるのを見過すわけにはいかん」


レックスが言うと、マイロは口を尖らせた。


「え~俺だって、さすがにトレミアちゃんで遊ぼうとは思ってないですよ」

「どうだかな」

「信用ないなあ」

「日頃の行いのせいだろ」


後ろでレックスとマイロがそんな会話をしているなど知りもしないトレミアは、街の一角で大好きな幼馴染の姿を見つけて声をあげた。


「ユアンー!ただいまー!」

「トレミア」


そこにいたのは、真っ黒な王国所属魔術師のローブを纏った青年だった。


トレミアより1つ年上で18歳のユアンは、漆黒の濡れたように光る髪に夜の空のような濃紺の瞳を持ち、まだ大人になり切っていない線の細い体も相まって、女の子のように美しかった。


トレミアを見つめるユアンはいつものように無表情だが、トレミアにはユアンの存在だけが光り輝いて見えた。


「私、魔獣討伐してきたんだよ。ここでユアンに会えるなんて、すっごく嬉しい!ユアンは何してるの?」


満面の笑みを浮かべ、キラキラした光が周りに飛びそうな顔で、相変わらず言葉でも全身で好きを表してくる幼馴染に、ユアンはじっとりした目を向ける。


「俺はそこの店に買い出しに来ただけだ」

「ふぅん、そうなんだ。ねえ夕ご飯は食べたの?私これから兵舎の食堂でご飯食べるから、一緒に食べない?今日はミスミ牛のステーキが出るらしいよ!」


兵舎の食堂は、騎士でも魔術師でも利用できる。


「俺はいい。まだやることあるし食堂にはいかない」



いつものように素っ気ない返答しかしないユアンに、トレミアは気分を害した風もなく残念そうな顔をする。


「そうなの?私ユアンと食べたかったなあ……」




「トレミアちゃんの誘いを断るなんて、俺ならそんなもったいないことしないけどな~」


トレミアに追いついてきたマイロがにやにやとユアンを見ながら言う。

ユアンは険しい目つきでマイロを睨んだ。黙っているとただでさえ冷たく見えるユアンなのに、さらに今は全身から冷気を発しているようだった。


「まあ彼は忙しいみたいだから、俺と一緒に食べようよ。デザートあげるよ?」

「え、マイロ先輩、デザートくれるんですか!?」


しょんぼりしていたトレミアは、デザートの一言でぱっと顔を輝かせた。


「うんうん。デザートだけじゃないよ~。他にもトレミアちゃんの好きな物、なんでも食べさせてあげるよ~」

「わあ、やった!じゃあ早く行きましょう!」




「……食い意地張りすぎ」


不機嫌そうにそう呟いたユアンの言葉は、トレミアには聴こえなかったらしい。

しかしマイロは気付いたようで、ユアンを意味ありげに見て、にやっと笑った。


「ふふん、そこが可愛いんじゃない。俺なら、女の子の可愛いお願いはなんでも聞いてあげちゃいたくなるよ。トレミアちゃんは頑張ってるんだから、うんと甘やかしてあげなきゃね~。ま、あとは俺に任せといてよ」


そう言って、何も言えずに黙ったままマイロを睨んでいるユアンから視線を外し、トレミアを振り返る。



「さ、トレミアちゃん行こう。ステーキ待ってるよ~」


「はいっ!ユアン、じゃあまたね。お仕事頑張ってね!」



そう言うと、トレミアはにこにこしながらユアンに手を振って、マイロと去って行ってしまった。

じっと黙ったままユアンがそれを見送っていると、レックスが声を掛けてきた。



「あー、君はトレミアの幼馴染だったか?その、マイロがすまなかったな。あいつは性格が少々捻くれていてな。だが芯のところは真面目だから、トレミアを遊び半分で軽々しく扱ったりすることはないと思う」

「・・・そうですか。別に心配なんてしてないんで。俺はもう行きます」


ユアンはそっけなく言うと、さっさと踵を返して去っていった。レックスは一瞬ぽかんとしていたが、苦笑して馬を進めた。


*********

【後書き】

キリのいいところまで掲載しようとしたら長くなってしまいました。個人的にマイロが好きです。


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