輝る雨

添慎

妖怪と人間


相容れぬ者同士が共存の道を選択し幾百年。その絆は綻び、途絶えつつある。


世界中を巻き込んだ大きな戦乱、強烈な情勢の変化、資本主義の跋扈、価値観の変容。あらゆる歴史の変遷の中で、人間たちは「自分主体の社会」を追い求めるようになった。奇妙な容姿の妖怪を避け、無理に人間社会に迎合しようとする妖怪に冷たい視線を向け、突飛な行動をする妖怪を排除した。奴らは決まってこう言うのだ。


『あんな連中にうろうろされたらおっかないから。多少痛い目に合わせても大丈夫だよ。危険な因子は取り除いておかないと……。』


妖怪たちは愕然とした。かつて、古びた小さい店先で豆腐を共に販売した人間の姿も、自分を見上げにぎわう人間の姿も、大量の胡瓜を携え、一本勝負しようやと笑顔で語りかけてきてくれた人間の姿も消え失せてしまった。どいつもこいつも、しょうもない動物に成り下がってしまった。自分たちは、奴らの欲求を一時的に満たすために利用された存在にしか過ぎなかった。


『なんということだ。……馬鹿らしい、今まで見てきたものは……。俺たちの努力

は、人間と共に暮らすために、捨ててきた尊厳とは……。』


心底呆れ、絶望した妖怪たちは、山奥や悲境に移り住み、人間となるべく遭遇しないよう、密かに生活するようになった。


所は変わる。


代賀島。ここは、初めて人間と妖怪が対等な立場で共生の誓いを結んだ、唯一の場所だ。明るい妖怪の声が飛び交い、多種多様な妖怪が練り歩く商店街、精霊や木霊の声があちこちで反響する深い森。ぱちぱちと薪の音がする小さな妖怪たちの集落。人間がまだ妖怪と共に暮らしていた時代が想起される風景が、そこには広がっている。


しかし、近年。永い期間保ち続けてきた共存の輪が少しずつ解れ始めている。人間と妖怪、互いをそしり、遠ざけ、忌避する風潮が流入されているのだ。


共存を妨げる大きな要因を取り除く。かの日々を決して絶やしてはならない。長きにわたる和平を護るべく、『立誠綜合警備会社りっせいそうごうけいびがいしゃ』が設立された。



……今日も又、事件が起こる。傷だらけの鬼が、闇夜に投げ出されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る