肉屋のばあちゃんに告られたんだが!?

n:heichi

沢田肉屋のばあちゃん

「ちょいと話をしてもいいかのう」



 沢田肉屋のばあちゃんが話しかけてきたので、俺は、視線をちょうど店を出ていった女性からばあちゃんへと移した。


「なんすか?」


 女性がいなくなったので、店内にはばあちゃんと俺しかいない。


「わたしゃな、八十年以上生きとるんじゃけどな、昔は彼氏がいたんじゃ」


 俺は今から甘酸っぱくもなんともない八十代の恋バナをきかなきゃいけないのか。


「その彼氏はな、もう名前すら忘れてしもうたんじゃけどな、わたしが何か悲しむたびにわしがいる、わしがついてるって慰めてくれたんじゃ」

「そうなんですねえ」


 特に興味はないが、とりあえず相槌を打っておく。


「その彼氏がなあ、戦争さえ行ってなければなあ……」


 ばあちゃんの目尻に皺がよった。今では懐かしい思い出なのだろう。


「お主は何をやっとんのじゃ」

「何って……肉を買いに来たんですけど」

「そうじゃない、職業じゃ、職業」

「ああ、そっちですか。売れない画家っすよ」

「ほう。やはりそうか、そんな感じがしたんじゃ」


 やはりそうかって、普通の画家はこんなにチャラくない。とか思っていたら、またばあちゃんの自分語りが始まった。


「いや何、その戦争に行ってしもうた彼氏も絵を描いていたんじゃ。お主がその彼氏に似とってなあ」

「はあ」

「それでな、わたしも死ぬまえにもう一度恋をしたくなったんじゃ」

「はあ」

「ということで、お主、わたしゃお主が好きじゃ」

「はあ!?」


 さすがに驚いた。




 肉屋のばあちゃんに告られたんだが!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る