第103話 師匠への〇〇が止まらないリベア

 老婆の見え透いた挑発に対し、容姿端麗、文武両道、才色兼備な魔法使いであるわたしは冷静に言葉を選びます。


「……今はやめましょう。そんな事をしてる暇もないですし、弟子もいますから」


 そう答えますと、シーヴ婆は大きなため息を吐いて杖を下げました。


「つまらないねぇー。ま、そう言うだろうとは思っていたさ。それにしても、あんたは自分の事をちと盛りすぎなんじゃないかい?」


「あれ? もしかして今声に出てましたか?」


「ああ言っていたさ。自分の事を才色兼備な魔法使いだなんたらってね。大賢者が聞いて呆れる。弟子ちゃんもそうは思わんかえ?」


 老婆に話を振られたリベアは、「ん?」と首を傾げ、ただ目を見開いてぼんやりしておりました。そしてハッとした様子で我にかえるとわざわざ真面目な顔を作って答えます。


 顔をぐにぐにさせるリベア、可愛いですね。


「え? 師匠は顔がいいですし、とってもカッコよくて可愛くてそれに強いです! あと顔がとても好み!! それとすごく頭も良くて、私がピンチになったときに助けに来てくれて、とても頼りになる存在です! だから才色兼備なのは間違っていないと思いますけど? あ、でも、朝は寝起きが悪いので毎日起こすのが少しめんどくさいんですけど、顔が良すぎる師匠が寝惚けて『うにゅ〜……』とか言って私に抱きついてくるのとかすごくキュンときちゃって、ギャップ萌えってやつですね……えへっ! それからそれから――」


 え、わたし寝起きにそんな事してたんですか。言って欲しかったです……恥ずかしい。ってそれより弟子を止めませんと。


「リベアー。リベアー! もしもし聞こえてますかー?」


 リベア・アルシュンによるティルラ・イスティルの好きな所を挙げよう選手権はわたしの精神をゴリゴリ削っていきます。


 羞恥心が働きまくりですよ。まったく。弟子だから許すんですよ。普通の人だったらポコ殴りです!


「それでそれでー――」

「あーリベア。リベアーおーい」


 わたしについて熱く語り続ける弟子を前に、わたしとシーヴ婆は揃って遠い目をしておりました。


「……あんたの弟子もかなりの重症だね」

「なんかすみません。リベアー早く戻ってきてくださーい」


 それから約10分。


 弟子は留まる事を知らず、わたしは延々と自分の美点を愛弟子から聞かされ続ける事になるのでした。


「それでですねー。私の一番のお気に入りは、やっぱり死んだ魚のような目からきりっとした賢者モードの目に変わる時ですね。他にも柔らかそうな血色の良いプルプルの唇にー――」


 あと後半、顔の事しか言ってませんよね? わたしの美点、顔がいいって所だけなんですか? 師匠悲しいですよ。


 自分の顔が弟子の好みだった事は嬉しいですけど。


「とりあえずこの子止めますね」

「そうしてくれると助かるよ」


「リベア」

「師匠がー師匠がー――あれ師匠? その指は?」


「デコピンです」


 彼女が身構える前に「とりゃー」と繰り出します。


「え、や――いったぁーーいですー!!」


 弟子は額を押さえて飛び上がるのでした。


◇◇◇


 赤くなった額を押さえ、弟子がぷくーと頬を膨らませます。悪いのはこの子なのに。なんでわたしが悪いみたいな態度をとるんでしょう。


「師匠、いたかったですよ!」


「それならこれからはもっと自重してくださいね」


 おいたをしたリベアの自業自得です。


「師匠に対する想いに自重なんか出来ません!!」


「さいですか……」


 ここまで来ると、もう何を言っても無駄に思えてきたのでこれ以上はやめておきます。


「うるさいねー。少し静かにしておくれ。あんた、これを持ってな」

「はい。メルベリ様」


 仕事モードに入った老婆の側には焼き芋を焼いていたお兄さんがいます。あの人、ババアの部下だったんですか。道理で詳しく知ってるわけです。


 入り口で迷っている依頼人を案内する系の人でしょう。

 

「ティルラ。あんたの弟子も魔力がかなり不安定だね。魔力量ではシャルティアやあんたに劣るみたいだけど、その質は全盛期のシャルティアより高い。訓練はしっかりさせるんだよ。それとあたしがくたばるまで師弟揃って調整してやろうか? あれから一度も調整してないんだろう? ひひっ。じゃじゃ馬な魔力をしているあんたの調整を完璧に出来るのは、あたししかいないだろうからねー」


 特製の片眼鏡を通して、わたしとリベアの魔力を観察していたシーヴ婆が調整を申し出ます。


 実際、婆の言う通りでした。師匠が死んでからというもの、婆の定期点検をサボったのち、他の調整士のお世話にもなっていません。


 これで“魔力あたり”や“魔力暴走”を起こした日には目もあてられませんね。逆によく今まで抑えられてましたねわたし。


 いや、引きこもり生活だったから師匠がいた頃のように魔法をぶっ放す機会がないだけだったのかも。最近は増えてきてますけど。


「分かりました。わたしとリベア、二人分の調整をお願いします」

「あいよ。あんたは金貨5枚。弟子ちゃんの分は3枚でいいよ。可愛いからおまけだ」


「ほれ。金貨くらい何枚でもくれてやりますよ、持ってけ泥棒」


「酷い言い草じゃないかティルラ」


 がめついババア。王都の腕利きの調整士でも普通そこまで取りません。どんだけぼったくる気なんですか。相場の何倍も高いですよ!!


 弟子の安全には代えられませんけど。


「ティルラ以外の若い子を調整するのは久しぶりだね〜。それもまだ一度も調整した事がない生娘ときた。これは腕がなるねぇー」


 わきわきと指を鳴らすババア。


 うちの弟子を見て舌舐めずりをするなー! 本当にぶっ飛ばしますよ!!


「ひっ。師匠、この人怖いです」

「シーヴ婆。言っときますけど、もしリベアに何か変なことしたらただじゃすみませんよ?」


「おおこわ。若い頃のあいつに似てるねぇ。今のあんたと同じ事言ってるよ。だけどあんまり年寄りを睨むもんじゃないよ、ただでさえ少ない寿命が縮んじまうからね。ひっひっひー」


「師匠がわたしと同じ事を言っていた……? はぁ、師匠もこんな気持ちだったんでしょうか」


「師匠?」


 今も昔も変わらない。未来に繋がるとはそういう事なんでしょうねー。


「まあいいです。シーヴ婆、本題です。わたしはとある夫婦の情報が欲しくてここまで来ました。ロフロス村の出身で幼い頃のフィルレスム第二王女を――」


 わたしが知っている限りの情報を伝えるとババアはにたりと笑って言いました。


「その夫婦の事ならよーく知ってるよー。なんせうちの常連様だからね〜ひっひっひー」


 夫婦発見に限りなく近づくのでした。

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