第83話 模擬戦 専属メイドさんの実力
「さあーどこからでもかかってきてください! ティルラ様の攻撃、このフィアが軽く全部いなしてみせます!!」
ファイティングポーズを取ったフィアが、シュッシュッと交互に拳を繰り出します。やる気満々なのは良い事です。
「えーっと、それはいいんですけど場所変えません? うちの庭はそこそこ広いですが、ご近所さんの目もありますし……リベアが修行してる時だって村の子供達がよく見学しに来やがりますから」
だから、ね? と視線をフィアに向けると、彼女はわたしの意図をしっかり汲み取ってくれました。
「あーフィアも見せ物にはなりたくないです。お嬢様なら別ですが」
「そうですね。ソフィーなら別に見せ物になっても――」
「そこの二人、聞こえてるわよッ!!」
「わーソフィーさん、どうどうですー!」
くわっと吠えたソフィーをリベアが後ろから抑えている間に移動する事にします。
◇◇◇
「よーし、ここなら派手にやっても平気ですねー」
「……ティルラ様、流石に手加減はしてくださいよ?」
「もちろんですよ。運悪くわたしの魔法が直撃しても、数日寝込むくらいに威力を調節しますので安心してください」
「ティルラ様……それ全然安心できないやつですよぅ」
という訳で、若干不安そうなフィアと一緒に村から少し離れた平野までやってきました。
もうちょっと上に行けば高原で、そこは過去にリベアが魔力を暴発させた地でもあります。
(この村に着いた時から思っていましたが、この辺は特に空気が澄んでますね。発展しまくった王都とは一味違います)
暫く準備運動をしながら二人を待っていると、リベアとソフィーがピクニック用のバスケットを片手にやって来ました。
おやおや。遅いなーと思っていたら二人仲良くバスケットを持ってピクニック気分ですか。へぇ。
そんな雰囲気で二人を迎え入れると、弟子があわあわと弁解を始めます。
……なに、この可愛い生き物は。
「ち、違うんです師匠。私は貴族であるソフィーさんにバスケットを持たせるのは畏れ多くて出来ないって断ったんですよ」
わたしは結構ソフィーの事をぞんざいに扱ってますけど、普通の貴族ならアウトですからね。
知り合ってまだ日が浅いリベアが、二人きりの時そういう対応になってしまうのも致し方ありません。
「ティルラ誤解しないでよ。重そうな物をこの子がどうしても一人で持とうとするから。それは……悪いわ。だから折衷案でこうなったの」
この子はこの子でとてもいい子なので、二人とも平民と貴族という壁がなかったらすぐにお友達になれたでしょうね。
「ふーん。ま、それならいいですけど。ところでそのバスケットの中身は?」
「サンドイッチです!」
「ピクニックの定番ですね」
「はい。お二人の模擬戦が終わったら一緒に食べましょう!!」
応援してます! と可愛い愛弟子からエールを受け取り、準備運動を終えたフィアと相対します。
わたしも事前に少しだけ身体を動かしました。
魔法を使えないフィア相手に、遠距離から魔法をバンバン放つのもなんか虐めてるみたいで嫌ですし、それはそれでカッコ悪いですから。
弟子の前ではカッコつけたい症のわたしは、接近戦も得意だという事を披露する事にしたのです。
「じゃあ早速始めましょうか」
「はい! では行きますっ!!」
バッと走り出したフィアが、わたしの思っていた以上のスピードで距離を詰めてきます。
メイド服なのによくそこまで……と感心していると、太腿を露わにしたフィアの腰にはガーターベルトが装備されており、そこから投げナイフが飛んできます。
どうやらメイド服は戦闘用に改造されてたらしいです。
三つほど飛んできたそれは正確にわたしの急所を狙いつけていました。
「おおっと、危ない危ない」
一つは杖で落とし、もう二つは華麗に身体を翻して避けます。
続けざまに躱されて怯んでるかと思いきや、更に距離を詰め彼女はわたしに足蹴りを放ってきました。
「はぁっ!」
「そこそこ腕にきますね」
横腹目掛けて放たれた蹴りを腕でガードし、一旦距離を取ろうとしたフィアの鳩尾に杖を持っていない方の手で拳を作り、ぶち込みます。
「くっ!」
咄嗟に両腕を交差し防がれました。まあこれは想定内。フィアが苦悶に満ちた顔をされましたが甘めにぶち込んだので骨は折れてないでしょう。
「まだまだ行きますよ」
魔力で強化して殴ってたら、骨を粉砕してましたし、杖の先で突いていたらそれでダウンしていたでしょう。我ながらいい力の抜きかたをしましたね。
そのまま組み手を仕掛けますが、ところがどっこい。これでフィアを行動不能にしようとしていたわたしの予想を裏切り彼女は善戦をしてみせました。
何度組み付いても、上手くいなされ、弾かれます。ならばと足を掛けてみますが柔軟な動きで対応されてしまいます。
「今ッ!」
一瞬の隙をついて、背中側から短刀を取り出しわたしは逆に窮地に立たされます。
「ふっ――」
彼女が短刀を振るい、わたしは頭を右に左にずらすようにして攻撃を避けます。
「ふむ」
わたしの顔をナイフが何度も掠め、その内の一つが頬を軽く切り裂きます。と同時にフィアの強烈な蹴りが右足首に炸裂し、体勢を崩されます。
「そこですっ!」
フィアはチャンスとばかりに短刀を振り下ろしますが、わたしは慌てずそれを杖で受け止めます。
「なっ、ただの杖なのに!」
「魔法統率協会の職員が使っていた杖剣と同じくらい。いえ、それ以上に師匠が作って下さったわたしの杖は頑丈ですよ」
「ふぬっ、でも負けません」
そのまま押し切ろうと力を強めますがそれは悪手です。
「ほいっ」
杖の先から光が発せられます。魔法発動の合図です。
「しまっ――」
「遅い」
フィアが離れるより先に魔法が放たれ、爆風が巻き起こります。
威力は手加減したので重傷には至ってない筈……そうして煙の先にいたのは、二の足で立っているメイドさんの姿。
「けほっ、けほっ……いきなり魔法を使われるとは思っていませんでした」
「誰も使わないとは言ってませんしね。それよりも驚きました。ギリギリの所で直撃は免れたみたいですね。どうします? これで終わりにしますか? それとも続けます?」
「まだ……まだフィアは戦えます! 本当に悪い人に襲われた場合、ここで諦めたらお嬢様を失う事になりますから」
「従者として何が何でも主人を守る。いい心掛けですね」
敵意のある相手が見逃してくれる場合なんてありませんからね。諦めず最後まで足掻くことは大切です。
ですが時には主人を連れて逃げる事も考えるべきです。
「ではちょっと本気を」
「――!!」
杖を一振り。火球を大量に出現させ宙にふわふわと浮かせます。
「頑張って避けてくださいね? たぶん30発くらいですから」
もう一度杖を振ると、火球が意思を持ったかのようにフィアに向かって飛んでいきます。
「くぅっ!」
彼女の肩、手や足に避けきれなかった一部の火球が当たりますが、服が焼け落ちる事はありません。せいぜい薄汚れる程度ですが、フィアには当たったという感覚がしっかり残るでしょう。本来なら手足が爆散している所ですから。よい勉強です。
「これで30発っ!」
全ての火球を凌ぎきったフィアは、地に膝をつけて荒い息を吐きます。そんな彼女の後ろからもう一発火球が近づいていました。
「フィア、後ろよっ! 横に転がりなさい!!」
守るべきお嬢様の声を頼りにフィアはなけなしの力を振り絞って最後の火球を躱します。
おお、信頼関係がしっかりしていますね。信頼できない相手だと、わざわざ後ろを確認しようとして喰らっちゃいますからね。
「よく躱しましたね。ですが敵の言葉を容易に信じてはいけませんよ。最後の一発だけは通常の威力に設定してたので当たっていたら即治療魔法を使う事になっていました」
「――っ!? ティルラしゃみゃ」
最初の爆発でほどけた鈍色の髪を顔の前で垂らしたメイドさんの後ろに、派手な爆発があったというのに一切汚れていない銀髪の美少女が立っていました。
「頑張りましたけど、ここで終わりです」
彼女の肩を叩き、そのほっぺにむにゅっと杖を押し付けます。
チェックメイトでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます