第77話 聞き込み調査かいしです!〜大賢者は愛弟子に薬を盛られる〜

 アリス様が我が家を訪れてから一週間後。一階にあるリビングでは家族会議(姫様の義両親をどうにかして見つけよう! みんなの知恵を振り絞って!!)が行われていました。


「うーんぅ……」


 頭を抱え、机に突っ伏した状態で唸っているのはソフィー・グラトリア。我が家の優秀な参謀です。


 そんな彼女はここ数日の多忙な調査が祟り、肉体的、精神的にも疲労しダウンしてしまっていました。


 なんでも今ある伝手を最大限使って義両親の情報を拡散、集約をしたとの事です。もちろん第二王女の育ての親という情報は伏せて。


 それでも得られた成果は似たような特徴をした夫婦を何年か前に見たという程度。


 現在、夫婦がどこにいるのか。その居場所特定に繋がる決定的な情報には未だ至っていませんでした。


「お嬢様。根の詰めすぎは身体に良くありません。さんに頼まれ、個人的に東の国から取り寄せた香りの良い紅茶を用意しました。ご堪能ください」


「ん。ありがとぅ〜」


 うつ伏せの状態でソフィーはカップを差し出します。そんな体勢だと零しますよ? 手首も痛めますよ? 馬鹿なんですかね? いや基本的にお馬鹿でしたね。


 ポットを持ったポニーテールのメイドさんが、ソフィーのカップにトポトポと紅茶を注ぎます。意外にもソフィーは片手で、それも手首を捻っているというのに紅茶を零しませんでした。


 注がれ中も微動だにしません。貴族令嬢としての訓練の賜物(?)でしょう。


「今日の紅茶は少し奮発したんですよー」


「いいのー? それあなたが自腹で支払っているんでしょう? 領収書を渡してくれたら経費で落とすのに」


 フィアのお給金を払っているのはソフィーのご両親です。


 ですがその雇用契約も3年で切れてしまいます。ソフィーの事ですから信頼しているフィアは手放したくないでしょうし、それ以降はソフィーがお金を払わなければいけません。


 ですが伯爵家の使用人の給金はそこそこ高いのです。それこそ今のソフィーでは毎月払えないような金額をしています。


「いいんですよ。ご主人様が給金を上げてくれましたし。それならお嬢様やティルラ様達の為に使わなければ勿体ないですから」

「なら……いいわ」


 それでもフィアなら、お金関係無しにソフィーと一緒にいてくれる気がしました。それこそ、その時は対等の関係として。


「はい!」


 鈍色の髪を纏めたフィアはまさに仕事の出来る女性といった感じでした。

 あと今まで彼女の長い髪に隠れていた綺麗なうなじが姿を現した事で、余計大人なびた印象をわたし達に与えるようになりました。


 くそぅ、フィアは周りと比べて大人っぽ過ぎるんだよ! つい何年か前までは背も胸もわたしの方が勝っていたというのに。神様はなんて不公平なんだ!!


 なんて思っていると、彼女がわたしの所にやってきてソフィーに注いだ物とは違うポットでわたしのカップに紅茶を注ぎました。


「あの……わたしのはソフィーの紅茶と何か違うんですか?」

「あ、はい。紅茶と言いましても様々な種類がございます。これはティルラ様用にブレンドさせて頂いたものです。もうここに来て長いですし、リベアさんからもティルラ様の好みは聞いているのでお口に合うと思います」


 流石は出来るメイドさん。相手の好みに合わせて飲み物を変えられるなんて有能過ぎますよ。ですが一点、不穏な名前が……。


「ところで先程、に頼まれて取り寄せたと言っておりましたが……?」

「はい。飲めば忽ち体の芯から温まる事間違いなしですよ」


 ニコッと笑うフィア。その仕草はどこかわざとらしく、そして怪しくありました。


「……リベア〜?」


 わたしは愛弟子に笑顔を向けます。そうとびっきりの笑顔です。


「はい、師匠。なんでしょうか?」


 それに対し、弟子は淡々と言葉を返してきます。


 ほうほう。あくまでしらを切るつもりという事でいいですか?


 これは少々きつめのお仕置きが必要みたいですね。


「紅茶と一緒に何か入れました? というか、そっちがフィアに頼んだ品の本命ですよね?」

「何を言ってるんですか師匠? 私はただ師匠の事を想ってフィアさんに良い茶葉を頼んだだけですよ」


 ふむ、中々に手強い回答。


「それだけならすごくいい弟子なんですけどねー。でも、これ紅茶の強い香りでカモフラージュして別の物も入れてますよね? わたし、そういうの分かるんですよ? よく色んな素材を使って実験してますから鼻は利くんです」


 ハッタリです。全然分かりません。


「へぇ、それにしては師匠。私が呼ばないと夕食に絶対来ませんよね? 匂いに敏感ならすぐに気付ける筈ですが?」

「それは……研究で忙しいんですよ。わたしは時間があったら少しでも自分の研究に勤しみたいんです」


「ふぅん。それにしては師匠、何もない日はずっと自室か日当たりのいい場所で読書をしているのを見かけますけど?」

「あ、それはその……あれです! 魔法で使った分身って奴です! まんまと引っかかっていましたね。わっはっはー!!」


「…………ほんとですか?」


 ひっ! 師匠に対してなんて目を……。でも今のはないですね。なんですか分身って、本の読み過ぎですね。出来ない事はないですけど。


 このままじゃ愛弟子に口論で負けてしまいそうなので本気を出しましょう。


「まさか、弟子が師であるわたしに危害を加えようとしたなんて事ありませんよね?」


「――! か、考えすぎなんじゃないですか師匠」


 一瞬でしたが、明らかに動揺しましたね。やはり弟子は紅茶に何か仕込んだようです。恐らくそれは――。


「リベア。正直に言ってください。師匠の飲み物にを仕込みましたね」


「ち、違いま――え、ふぁ? 毒?」

「はい。毒です。大方わたしを弱らせて襲おうとでも考えたんでしょう」


「私がそんな卑怯な事する筈ありません!! それに媚薬は毒じゃ、あ……」


 しまったと言うように弟子が口を抑えますが、もう遅い!


「はい口を滑らせましたー」


 してやったりといった顔を向けます。


「い、今のは言葉の綾で、そういう可能性もあるというかなんというか……」


 この期に及んで否定しますか。なら仕方ない。


「……分かりました。ソフィー♪ わたしの分の紅茶もあげますよー」

「んーありがと――」


「わーー! だめですソフィーさん!! ごめんなさい、師匠。その紅茶には超高濃度の媚薬が入ってます。飲んだ途端に目がハートマークになって淫乱な女の子になるような」


 わたしが思っていた以上にハードな代物だったようです。本当に危なかった。


「それをわたしに飲ませようと?」


「…………はい」


「ソフィー。フィア。わたしとリベアは少し席を外します」

「し、ししょう。ゆ、ゆるしてくだ――」


 うるさいので弟子は魔法で拘束しました。


「はい。承知しました。その頃にはお嬢様も復活しているでしょう」


「ふむむ、ふむふむ!(フィアさんの裏切り者。助けて!!)」


「さ、いきましょうか奥の部屋に……たっぷりイカせてあげますよ? それがお望みだったんだろうから。ま、別の意味でだけどね?」


「――っ、ふむむーー!(ビリビリは嫌ですーー!)」


 その日、わたしは師匠直伝のお仕置きを愛弟子の身体に叩き込み、弟子リベアは涎を垂らしながらベッドの上でヒクヒクすることになりましたとさ。


 ベッドの後処理? それはもちろん手伝ったよ? 弟子は恥ずかしそうにしてたけどね。


 でもこれで暫くは懲りたと思うよ。だけどお仕置き中は敬語を外してたから、嬉しがらせちゃった気もする。


「今後は二度と媚薬を盛るなんて真似しないでね? 分かった?」

「今後はき、気をつけます……」


 おやー? この子またやる気だな?


「うん。全然分かってないね。もう一回だ」


「やーだぁ……ひぃゃん!」


 お仕置きが完了するまでもう少し時間がかかりそうでした。

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