第51話 そして、振り出しに戻る
その時、頭上から襲撃してくるものがあった。
一匹のオークである。木から飛び降りながら、ルークに向かって剣を振り下ろしてきたのだ。
周囲には他にオークは居ない。どうやら “はぐれ” のようである。ずっと木の上に居て、獲物が通りかかるのを待っていたのかも知れない。
だが、リスティの目と鼻を誤魔化せるわけもなく、その存在はしばらく前から気付かれていた。
リスティの合図を貰うまでもなく、その存在に気付いてたルークは、ぬるりと移動しながら剣を抜きオークの振り下ろす剣を往なす。
着地したオークは、即座にルークを睨み立ち上がって攻撃しようとするが、ルークが手を翳すと、その場にバタリと倒れてしまった。
ルーク「オークの肉も美味しいよね」
キリング「おい、今どうやった???」
リスティ「ルークが【ドライ】を使ってオークの血液を蒸発させたのさ。一瞬で貧血になって意識を失って死んだんだね」
キリング「血液を…蒸発させただと…?」
もしルークを怒らせでもして、その【ドライ】を人間相手に振るわれたら……周囲の冒険者達はそれを想像して身震いしたのであった。
キリング「驚いたな……だが、実力は十分に分かった。試験は合格だ。ルークはFランクで登録を認める! いいだろ、メア?」
メア「……いえ、ダメでしょう」
キリング「なぜだ? さっき自分でも言ってたじゃないか、後方支援型の冒険者として十分活躍できるだろうと?」
メア「この実力なら、単なる後方支援型じゃなくて、前衛も務められるのじゃないですか? はっきり言って、Fランクの実力は軽く凌駕しています。それなのにFで登録させたら、不当評価だとギルドが疑われてしまいますよ? ルークならEランク認定でも十分すぎる実力があるでしょう」
キリング「Eだと?! さすがにそれはどうなんだ? Eと言えば、末端ではあるが、初心者を卒業して一人の冒険者として認められるランクだ。登録したばかりの駆け出しを簡単にEに認めては、他の冒険者も納得しないだろう。
実力があるのは認めるが、その前に、冒険者として色々知って置かなければいけない知識やノウハウ、ルールってものがあるんだよ」
メア「でも、ルークはずっと、森の中で生活してたんでしょう? 街には住まずに?」
キリング「そうなのか?!」
ポーリン「そうよ、森の奥にある家にお爺さんとリスティと住んでたのよ」
メア「つまり、森での魔物の扱いは、街の冒険者よりもむしろ慣れているんじゃないですか?」
キリング「な、なるほど……。だが…」
メア「納得行かないと言うのなら! マスターと模擬戦をやって、その結果で判断というのはどうですか?」
キリング「! 認めよう、ルークはE、いや、いっそDランクだ!」
* * * * *
キリング「いいか! 魔法は禁止だからな! まだミイラにはなりたくないからな」
キリング (くそ、どうしてこうなった……)
キリングとルークは、冒険者ギルドの訓練場に戻り、再び木剣を持って対峙していた。
模擬戦なしでルークをDランクに認めて話を収めるつもりのキリング。メアも、たしかに実力的にはDでもおかしくはないと同意したのだが……Dを認定するならば、ちゃんと模擬戦を行って物理戦闘能力の試験をする必要があるとメアが譲らなかったのだ。
FからEへの昇格は、実績を積んで認められれば試験なしで認めてもよい事になっているのだが、Dランクへは無試験でのランクアップは認められないルールになっているのだ。
Dランクなどと余計な事を言い出したため、結局キリングはルークと模擬戦をやらざるを得なくなってしまったのだった……。
とは言え、いまさらやっぱりE認定でと言っても、メアやポーリンが納得しないのだった。
どうせ戦うなら、足場の悪い森の中よりは、まだ足場の平坦な訓練場のほうがマシとキリングは判断し、無理やり街に戻ったのであった。
キリング「くそ、素直にEで認めておけば良かった……」
キリング(小さな声で)「なぁ、ルーク……」
ルーク「え? なんですか?」
キリング(囁くように)「その、手加減、してくれるよな?」
ルーク「え? なんですって?」
キリング(さらに囁くように)「負けてくれないか? 後で小遣いやるから」
ルーク「ええ? 声が小さくてよくきこ~」
メア「始め!!」
キリング「ちっ、メアめ容赦ないな! えーい仕方ない、バッケンにも面倒な相手だと言わせた戦法を! 今回も使うしかないか!」
先手必勝とばかりにキリングが木剣でルークに打ち掛かる。先輩冒険者としての矜持は皆無である。
だが、ルークはキリングの踏み込みよりも早い速度でスルスルと後退して逃げてしまう。そして、キリングが止まると即座に踏み込んで来る。
キリング「それだよ! バッケンと同じだ。追っかければ逃げられるし、止まれば瞬時に踏み込まれて攻撃が飛んでくるんだ……くそ」
ルークの逃げ足がキリングの追い足をはるかに上回る。止まれば今度はルークがキリングの後退より速い踏み込みで打ち掛かってきて、キリングは必死で受け止める。
キリング「くそう、なんでそんなに……まるで俺が一歩動く間に二歩動いているみたいじゃないか、どうやってるんだその足捌きは?!」
ルーク「多分、ギルマスが一歩動く間に二歩動いているんだと思いますけど?」
だが、そんな攻防を何度も繰り返すうち、徐々に変化が現れ始める。ルークの動きがどんどん小さくなっていったのである。
キリング (ははん、さてはフットワークにエネルギーを使いすぎて、スタミナはそれほどないという事か…)
歩幅が小さくなったルークを見てキリングはスタミナ切れと勘違いしたが、実はルークはキリングの動きを見切り、徐々に、最小限の動きで攻撃を躱すようになっただけであった。
チャンスと勘違いしたキリングの力の入った攻撃が空振りする。
最初のうちは、相手の攻撃圏から距離を大きく離脱していたルーク。それは、相手の攻撃を受けない最善の方法ではあるが、同時にルークの攻撃も届かない距離である。だが、今はルークは僅かに動いただけで、ギリギリの距離に踏みとどまっている。つまり、ルークの攻撃もまた当たる間合いに居るということである。
そして、力んで空振りし体勢を崩しているキリングに対し、ルークは攻撃を躱しながら同時に剣を振りかぶっていた。
ルークの木剣が振り下ろされる。
キリング「はっ?!」
だが、キリングは反応する事ができない。
ルークの木剣がキリングの手首を捉えた。
キリングの手首がその衝撃で折れる。
…だが、確かに手首は折れたはずだが、それでもキリングは握っていた剣を落とす事はなかった。
キリング「ちいっ、痛えんだっつーの!」
そう叫びながら、なんとキリングはその折れたはずの腕で、そのまま木剣をルークに向かって突き出してきた。
正直、少し油断していたルーク。だが、爺ちゃんの教えが躰に染み付いており、攻撃後も残心の姿勢を解いていなかったので、不意を突かれながらもかろうじてその攻撃を躱す事ができた。
即座に高速のフットワークで距離を取る。
ルーク「驚きました……腕、確かに折れましたよね?」
キリング「何のことだ?」
だが、キリングは手首をクルクル回して見せながら不敵な笑みを浮かべると、再び剣を構えた。
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