第二章 街へ

第37話 葬儀

バッケン「師匠は恨みを……ドゴスを討つ事は諦めたのですか?」


フィル「正直言えば、殺してやりたいと思っておったよ。ドゴスを殺す気なら、十年前の儂ならばまだ一人で十分可能じゃったろうしな。


だが、儂は血生臭い殺し合いに疲れてしまっていた……。それと、せめて娘がもう少し大きくなるまでは、近くにいて見守ってやりたいと思ったのだ。


本当は、娘がある程度大きくなったら、国に戻ってドゴスの奴を暗殺してやろうかと考えないでもなかったのだが。暗殺では名誉は回復できんが、別にもうあの国に未練はなかったしな。


この森に来て六年ほどが過ぎて、エリカも八歳になっていた。行く・・ならば、そろそろ頃合いかとも思ってはいたのだが……その頃、ルークに出会ったのだ。


まだ幼いのに森で一人で生きていこうとしていたルークがいじらしくて、せめて一人で生きていけるようになるまで力を貸してやろうと思った。


だが、そのうち、二人の生活が楽しくなってしまってな。楽しい時は経つのが速い、あっというまに過ぎ去った十年だった。幸せな十年だったよ、その間に、儂の憎しみの牙はすっかり鈍ってしまった。


そして、気がつけば、躰がもう動かなくなっていた……。


若い頃無理をし過ぎたせいか、思いのほか躰にダメージが蓄積されていたようでな、老化が進むと一気に古傷が吹き出して、動けなくなってしまった……


もう要のフットワークも使えん。ポーションのおかげでなんとか子供を作ることはできたがな。しかしやはり、人は、老化には勝てんようじゃ。


おそらく……もう儂の寿命はほとんど残ってはおらんじゃろう。


死を目前にして、今は、ルークやポーリンが楽しく幸せな人生を歩んでくれればそれでいい、そう思うだけじゃ……」


バッケン「私は……妻と娘を犯され殺された。私の妻はいきなり襲われ自刃する事はかなわなかったのです……蹂躙された妻と娘の遺体は酷い状態でした。恨みは決して消えはしません。私は妻と娘に生涯を賭けて復讐すると誓った。私は国に戻って奴を必ずや討ってみせる」


フィル「……そうか。止めても無駄じゃろうな、気持ちは痛いほど分かる。気をつけてやるがいい。お主の復讐が成就する事を祈っておる」


バッケン「私の、ではありませんぞ、私達の、です。私と師匠、それだけではない、奴に殺された者達すべての恨みを背負って行きます……」


フィル「お主には、できればルークとポーリンの事を頼みたかったのじゃがのう。ポーリンは晩年にできた子なので可愛くて仕方がない…。ルークも孫みたいなものじゃ、お前が見ていてくれれば安心なのじゃが…


…恨みは捨てられんじゃろうな」


バッケン「それは……すみません……。


……でも、二人は巻き込みませんからご安心下さい……」




   * * * * *




フィルとバッケンが話している頃、庭ではルークとポーリンが足捌きの練習場で遊んでいた。


(ポーリンを呼んだのはフィル爺の希望であった。おそらく、最期が近いのを悟ったフィルが、もう一度娘の顔を見ておきたいと思ったのだろう。)


庭の土には、長方形の石が埋め込まれており、その表面には足の形が刻まれている。その足の形の通りに足をおきながら走り抜けるのである。


ポーリン「ちょっ、ルーク、なんでそんなに早く走れるのよ!」


ルーク「六歳の頃からやってるからねぇ」


ポーリン「きゃあ!」


無理をしてスピードを出そうとして転んでしまったポーリン。


ルーク「ははっ大丈夫かい? それ初級コースなんだけどね」


ポーリン「これで初級って……」





バッケン「懐かしいな……」


それを眺めるバッケン。


バッケンに支えられ、フィル爺も庭に出てきていた。


バッケン「私も最初の頃は上手く走れなくて同門の先輩たちに笑われてましたたね……」


フィル「鈍臭い子供じゃったからのぉ、お主は。しかし、その鈍臭い子は、誰よりも地道に努力をする子じゃった。そして気がつけば、儂の弟子の中で最強と言われるようにまでなりおった」


バッケン「今では二番目ですけどね。最強は……」


ルークの方を見るバッケン。


フィル「あの子は儂の弟子ではない、確かに剣も教えはしたが、もっと大きな枠で育てたつもりじゃよ」


そう言いながらフィルは二人を見て目を細めていた。




   * * * * *




ルーク「しかし、まさか、ポーリンが爺ちゃんの娘だったとはねぇ……あれ? てことは、僕はポーリンの息子ってことに?」


ポーリン「ちょ、なんで息子よ! 歳だってあまり変わらないのに!」


ルーク「え? 僕よりずっと歳上だよね?」


ポーリン「たったふたつだけじゃないのよ!」


ルーク「そうだったんだ、もっと上かと……(笑) でも、フィル爺ちゃんは僕の爺ちゃんで、爺ちゃんの娘なんだから、やっぱり僕の義母って事に……」


ポーリン「やめて、そこはせめて義理の姉弟って事にして……」


フィルは娘のことは最期まで黙って逝くつもりだったのだが、バッケンとリスティが話し合い(※リスティとバッケンも旧知の間柄であった)、ポーリンに真実を告げたのだ。


フィルの意向とは違ってしまったが、おかげでフィルは人生最後に、短い時間ではあったが、親娘で過ごす時を持つ事ができたのであった。






それからしばらくして、フィルは眠るように息を引き取った。娘のポーリン、一番弟子のバッケン、親友のリスティ、そして孫のように思ってきたルークに看取られ、穏やかな最期であった。




   * * * * *




「剣聖フィルモア・レインクラッドここに眠る」


フィル爺の遺体は森の家の庭に埋められ、墓が作られた。


ルーク「フィル爺ちゃんの名前、フィルモア・レインクラッドって言うんだ、知らなかった。それに剣聖って……多分凄い人なんだろうなとは思ってたけど、最期まで教えてくれなかったね」


リスティ「ルーク、フィルはお前に爺ちゃんと呼ばれるのが嬉しかったようだ。ルークの前では剣聖レインクラッドではなく、ルークのお祖父ちゃんで居たかったのだろう」


ルーク「リスティ、ありがとうね、爺ちゃんの世話をずっとしてくれて」


リスティ「何を言う、礼を言うのは私のほうだよ。親友フィルの最期の十年が幸せな時間であったのは、ルーク、お前が居てくれたおかげだ。フィルの娘の命まで助けてくれて、フィルはお前に感謝していたぞ」


ルーク「感謝するのは僕のほうだよ……爺ちゃんが拾ってくれなかったら僕はとっくに死んでた……


爺ちゃんはいろんな事を教えてくれた……


楽しかった……


爺ちゃん……爺ちゃん……」


平気な顔をしているつもりであったが、この十年を思い返せば、ルークは溢れる涙を抑えることはできなかった……






ルークは、フィル爺の葬儀で祈ってもらうために、街までシスター・アマリアを迎えに行ってきた。


アマリアは冒険者になったがシスターを辞めたわけではないので、時々森の中やダンジョンの中で死んだ仲間のために祈ってほしいとよく呼ばれるようになったのであった。


庭を掘って墓を作るのは、バッケンとルークが行った。リスティが美しい彫り物をあしらった棺を作ってくれていた。


棺に大量の花と共にフィルの遺体を収め土をかけ墓碑を設置する。


花を供え、フィル爺の魂が死後天国へと召される事をルーク達は祈ったのであった。




   * * * * *




アマリア「…ところで、この後ルークはどうするの? このまま、この森の中に住み続けるつもり?」



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