きっと翔べると信じてる。

「はぁぁ〜……」

「うわ、盛大な溜息」


 幼馴染の香菜が揶揄った溜息も、マスクに吸い込まれてく放課後の教室。俺は机に突っ伏した。

「溜息も吐くだろ」


 突っ伏したまま、俺は右手に持ったB4の「お知らせ」をヒラヒラと振った。


「ハワイ研修、中止」

「あ〜、やっぱし無理だったか。残念だったな、折角選ばれたのに」

「学年でたった3人の枠。英語死ぬ程勉強して面接通ったのに……」


 俺の高校では、毎年2年生5人だけが1週間のハワイ研修に参加出来る。現地の大学を訪問したり、研究所を訪れたり。参加したがる奴も多いから、英語で行われるにも関わらず、面接は毎年激戦だ。


「コロナさえ無けりゃな……」


 新型コロナウイルスの流行で、殆どの行事の類は規模縮小、或いは中止になった。ハワイ研修も例外では無くて、それでも規模を縮小してでも行おうと5人枠は3人枠まで減らされて。それでも結局、中止になった。


「そもそも拓来、何でハワイ研修参加したかったの? 大学推薦入試の志望理由書に書けるから?」

 手持ち無沙汰だったのか、香菜はリュックから除菌ジェルを取り出して手に塗り込みながらそう尋ねた。

「……決まってねぇよ、大学とか」


 皆がお前みたいにもう将来決めてんと思うなよな、と俺はぐでっとしたまま香菜を見上げる。科学部の正装とも言える白衣を制服の上に羽織る彼女は、もう既に大学と提携した研究を行っている。

「え、決まってないならそれに参加する理由無くない?」

「違ぇんだよ」

 俺は小さな声で反論した。


「決まってないからこそ、色んなのに参加して将来考えたかったんだよ」


 小さい頃から夢の決まっていた香菜とは違う。

 俺はいつだって他人よりワンテンポ遅い子供だった。何だって優柔不断で、決められなくて。


 ハワイ研修への参加は、でも、そんな俺がもしかしたら初めて自分から決めたことかもしれなかった。新しい世界の扉をそっと叩けたような、そんな気がしてたんだ。


 そんな矢先に、これだ。


「馬鹿げてると思うかもしれないけどさ、思っちまうんだよ。コロナが、コロナが無かったら、もっと色んな経験が出来てたんじゃないかって」


 目に見えない、見えないのに俺を阻む、その小さなウイルスを、小さな声で呪う。


「コロナのせいで、俺はこれからも何も出来ない、ちっぽけでつまらない人間のままなんじゃないかって」

 情けなくて、俺は再び机に突っ伏した。ダサいな、俺。やりたいことが出来なくなった人なんて、俺の他にごまんといることくらいわかってんのに。



「拓来」



 頭の上から香菜の声が降る。



「今、楽しいか?」



 俺はその声に顔をあげる。香菜がにやりと笑っていて、小さい頃みたいだ、とふと思う。香菜はいつだって、転んで泣いた俺の手を引いて俺の前を走っていた。


「楽しくないなら、遊ぼうぜ」






「まだかよ、あいつ……」

 着替えて校庭に出ろ、と言われて俺は体操服で1人ぽつんとグラウンドに立つ。香菜はさっき「持ってくる物がある」と部室の方に走って消えた。

「持ってきたぞ!」

 その声に振り返れば、何かガチャガチャと持って香菜が目を輝かせて立っていた。


「何すんだよ、それで」

「まあいいから。手伝えよ」


 手伝えと言われたって何をやったら良いか分からない。「これ持ってろ」と言われるまま部品を持たされまた渡しまた持たされるうちに、香菜のやりたい事がわかった。昔からよく実験を手伝ってたからだろう。



「ペットボトルロケットか……!」


「そゆこと〜」

 組み上げたそれをセットして、香菜が悪戯っ子のように笑う。

「5,4,3,2,1……」

 0、と香菜が声を掛けた途端、ロケットは打ち上がる。

 首が痛くなる程、俺はそれを見上げてた。


 のに。

 上へ上へと飛んでいってたロケットは、唐突に上昇を止め、落ちてきて、……壊れた。


「あちゃー、また失敗」

「いや縁起悪ぃな? 今のは打ち上げ成功して俺を慰める流れだろ」


 俺の言葉に、香菜は清々しく笑う。


「失敗なんてつきもん。1発で成功とかただの夢物語じゃん?」

「まぁそうだけど……。いやおい、もう片付けんのかよ」

「落ち込んでる暇とか無いからね。トライアンドエラー。実験の基本」


 にやと笑い彼女は立ち上がって、その小さな手で俺の胸を小突いた。



「また挑戦すりゃいいんだよ。成功するまで飛んでたら、いつか必ず翔べるんだからさ」



 ひょっとして立てない? と生意気に笑う、その手を掴んで、あの頃みたいに俺は立ち上がる。

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