205:受精の事情

 時を遡ること、フェルディナント王子がキルンベルガ—の性に変わり、公爵位を賜ってから少し経った頃の話である。


キルンベルク領、のキルンベルク邸の小さな家のサロンにて、アンティエルは窓から月を見ていた。アンティルは今日の昼間の出来事を思い出していたのだ。 


 「ルディ、すまぬな・・・」


 「アンどうしたんだい?」


 アンティエルの神妙な声で、フェルディナントは心配になった。


 「妾はお主との子を成すことは難しいからじゃ。」


 「・・・その事は前にも聞いたよ。僕は気にしていないって言っただろ。」


 「それは、わかっておるのじゃが・・・」


 アンティエルはわかっていた。フェルディナントが本当は自分の子が欲しかったことを。だが、『竜の祖』であるアンティエルと子を作るのは実のところ確率としてはかなり低いものだったのだ。実際今まで、何度か番と時を共にしていたが、子を成したのは、アンティエルで大昔に二度だけ。他の『竜の祖』も似たようなもので、今の今までに一度か二度くらいしか身ごもることはないほどに、受精は難しいものだったのだ。


 「アン、今の僕は、君と自分の寿命が全うできるまで、一緒に穏やかに時を過ごせればいいと思っている。」


 「ルディ・・・」


 フェルディナントはアンティエルを後ろからそっと抱きしめた。


 「アン、今日の昼間のことで、気にしちゃったんだろ?」


 「ふふ、お主は察しがいいのぉ」


 「当たり前だろ?僕はアンの番だからね。」


 フェルディナントが言うように、アンティエルは昼間に出かけた街中でのことを思い返していたのだ。街中で、走っていた五.六歳くらいの子供がこけてしまうところに遭遇したのだ。そしてフェルディナントは子供の身を起こし、声をかけていたのだ。


 『大丈夫かい?』


 『い・・・痛い・・・』


 その子はこけた時に膝を擦りむいてしまい、少し怪我をしていた。それをフェルディナントは回復魔法で治してやったのだ。


 『癒しの水よ、傷を癒せ。』


 フェルディナントが魔法を詠唱すると、見る見るうちに怪我は治ってしまった。


 『うわぁあ、お兄ちゃんすごい!ありがとう!』


 そこでその子の母親が子供を見つけ、フェルディナントはお礼を言われ、その親子とは別れたが、フェルディナントのその子を見る眼差しが慈愛に満ちたものであったので、アンティエルにはわかったのだ。

 





 「・・・ごめん。気にしてないなんて言っておいて、僕の方こそデリカシーがなかったね。」


 そう言って、フェルディナントは後ろからアンティエルの首筋に顔を埋めた。


 「何を言うのじゃ。お主が子が欲しがるのは無理からぬこと。生きるものとして、子孫を残そうと思うことは、むしろ当然のことじゃからな。妾はそれを確約してやることができんでな。むしろ謝るのは妾の方じゃ。」

 

 「ううん、それでもアン、謝らせてくれ。でも今の僕は本当に君が傍にいてくれるだけでいいんだ。」


 「ふふ、出会いはいきなり浮気現場に遭遇じゃったがな?」


 それを言われ思わずフェルディナントは咽てしまった。まさかアンティエルと出会った当時の、セレスティアにモーションをかけていた時のことを言われるとは思っていなかったので、焦ったのだ。


 「ぐっ。あ、あれは・・・すまない。でも蒸し返さないでくれ。未遂だったんだから。」


 「わかっておる。ちょっとからかってみたくなっただけじゃ。」


 アンティエルは、いたずらが成功したかのように笑っていた。


 「ルディ」


 「なんだい?」


 「もし、妾達が子供ができずに、妾の妹弟達の誰かに子を宿すことができたなら・・・」


 「できたら?」


 「全力で可愛がるのじゃ!」


 アンティエルは鼻息荒く、拳を握って誓っていた。その様子を見ていたフェルディナントは、そんなアンティエルがたまらず愛しくなり、アンティエルが作った拳にそっと自身の手被せ、


 「そうだね。僕も賛同するよ。」


 そう言って、アンティエルの頭に口づけた。 



※次回は5/2の更新になります。

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