148:ハインツの前世~⑫~

 「奧さま!!」


 部屋に入ってきたのは、マーサだった。家の前に馬車があり、その馬車に見覚えがあったので、マーサは慌てて部屋に入ってきたのだ。


 「カルロス坊ちゃま、グスタボ坊ちゃま・・・」


 マーサは当然顔見知りだったため、一目見るなり誰なのかわかった。カルロスらは一瞬は気まずく感じるも、かつてから知っているメイド長はつまりは自分達が主人である立場であるからだと、尊大な口の利き方になっていた。


 「ふん。マーサ久しぶりだな。だが、俺は現ボドラーク男爵だ。坊ちゃまはやめてくれよな。」


 「そ、それは失礼いたしました。」


 朝てて礼をするも、マーサは反論した。なぜならイベルナがグスタボに髪の毛を鷲掴みされたまま抑え込まれていたからだ。


 「で、ですが、すぐに奥様から離れてください!淑女相手にそのような振る舞いは紳士として失格でございます!」


 マーサは、毅然と言い放ち、イベルナの元へ駆け寄った。しぶしぶグスタボは掴んでいた髪の毛を離した。


 「マ、マーサ、ありがとう。」


 イベルナはマーサが来てくれたことでかなりホッとしていた。だが、カルロス達は意に介さずにマーサを威嚇した。


 「あぁ、誰にモノを言ってるんだ?先にも言ったが俺は現男爵だ!家来に命令される覚えはない!」


 「なっ!」


 まさか、カルロスがそんな態度をとるとは思わなかった、マーサは怯んだ。


 「おい・・・」


 するとカルロスは、弟のグスタボに耳打ちをしていた。すると、グスタボはわかったと頷いて部屋を出ていった。


 「と、とにかく、なんであれ紳士たるもの、あのような「うるさい!!」!」


 カルロスはマーサの言葉を遮った。


 「お前は昔からそうだったな。没落貴族の出のくせに、やたら貴族としての振る舞いがどーのこーのと煩かった。お前の小言はうんざりだ!親父と一緒に付いて行ってくれた時は清々したよ!」


 カルロスは、昔から行儀や勉強に口うるさかったマーサを毛嫌いしていた。だが、マーサは至極当然のことしか言っていなかったのだが、カルロス兄妹はそんなマーサを昔から疎ましく思っていたのだ。


 「ま、そんなことはどうでもいい。とにかく・・・後妻の女!さっさとこれにサインしろ!」


 カルロスはペンを無理やりイベルナに持たせようとしていたが、そこへマーサはカルロスが持っていた書類を奪い、すぐに目を通した。そして読んでいくうちに目が見開いていた。


 「・・・ちっ」


 「カルロス様!一体なんですか?これは、この書類は、奥様に財産放棄をしろということではありませんか!」


 イベルナは先程まで内容を一切知らされずに一方的にサインをしろと要求されていたが、思っていた通り、やはりよくない内容の書類であったのだ。


 「あぁ、そうだよ。親父はもういない。この女の役割は終わりだ。それにたった3年ぽっちで、俺達の財産を貰うなんて図々しい!!それは元々俺らのモノだったんだ!お前が後妻になど、ならなかったら俺達の取り分は減ることもなかったんだからな!!」


 イベルナはカルロスの言い分で、納得、いや納得はしてはいないが、カルロスの言い分がわかったのだ。


 「で、ですが、貴方には、特にカルロス様は、男爵位を受け継ぐことから大半は貴方様のモノだったでしょう?なのに、なぜそこまで・・・」


 マーサはカルロスを信じられないといった目で見ていた。実際イベルナは、莫大な財産を貰ったわけではない。慎ましく残りの人生を生きていけるくらいの取り分であったからだ。

 

 「あぁ?何度も同じことを言わすなよ。その後妻のせいで取り分が減ったっていっただろ?」


 イベルナは、迷っていた。確かに食うのに困らない程度の財産をジャックが残してくれた遺産は魅力的だ。だが、ジャックの子供である、カルロスやグスタボをここまで不快な想いにさせてしまうくらいなら、放棄した方がいいのではないかと・・・


 そう考え込んでいたら、ゾロゾロと大人数の足音が聞こえた。


 「え?」


 そこには、先程何処かに行っていたグスタボを先頭に、その後ろにはガタイのいいお世辞にもガラがいいとは言えない粗暴そうな男たちを引きつれていたのだ。



 その様子をただ見ていることしかできないハインツは、この後の展開に嫌な予感しかしなかった。

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