63:カルベルス王国の滅亡~⑤~(過去編)

 そもそもここは城の3階にある部屋だった。窓が開いていたことからカイエルは間違いなく、窓から入ってきている。本来の部屋のドアは窓の向かいにあり、当然城の中に入らないと使えない。普通であれば窓から入るなど不可能であったが、それを難なくカイエルはやってのけたのだ。エレノアは察してはいたが、一応確認してみた。正直なところは恥ずかしいので話をはぐらせたかったのが本音ではあった。


 「ね、ねぇカイエルちなみにどうやって来たの?やっぱり、そこの窓からかしら?」


 「ん?そうだけど?」


 カイエルは何てことのないように言っていた。


 「鍵は開いていて良かったよ。まぁ開いてなくてもぶち破るけどな。」


 カイエルは惚れ惚れするようないい笑顔で言ってのけたが、窓を破壊などされては、大事になるところであった。侵入者などいないであろうと窓に鍵をかけていなかったことが幸いし、エレノアは自分にグッジョブと親指を立てていた。ただし心の中で。


 「そ、そうなんだ。」


 「でさ、なんか忙しそうだったけど、どうしたの?俺エレノアに会えなくて、結構凹んでたんだけど・・・」


 カイエルは素直に自分の心境を吐露した。エレノアはそれを言われて言葉に詰まってしまった。今しがた会いたかったと言ったばかりだが、実は他国に嫁がねばならないという現実を伝えるのは憚られたからだ。


 「どうした?」


 カイエルはエレノアの様子がおかしいことに気が付いた。「貴方とはもう会えない」とエレノアは言わなければいけないのだが、その言葉は喉元で痞えてしまっていた。代わりにエレノアの目にはじわりと涙が溢れていた。


「!ど、どうした?!」


 カイエルはエレノアの様子にギョッとした。


「お、俺何か知らないうちにやっちまったのか?」


 カイエルは知らずに自分が何かしてしまったのではないかと、慌てていた。


「ううん、カイエルは何もやっていないわ。」


 エレノアもつい泣いてしまったことに慌てていたが、


「じゃ、じゃ、どこか痛いのか?どこだ?薬草・・じゃなくって人間は薬だったな?俺神父のとこ行ってもらってくるぞ?」


 あぁ、この人は本当にどこまで優しく、自分の心を掴んでしまうのだろうと、エレノアはカイエルの様子に笑みを浮かべた。


 「え?」

 

エレノアが泣いてると思えば泣きながらも微笑んでいることに、カイエルは戸惑っていた。


 「カイエル、ありがとう。大丈夫、私はどこも痛くないわ。」


 「本当か?無理してないんだな?俺には遠慮なんてしなくていいんだぞ?」


 エレノアはカイエルの目を見つめた。言わなければいけない。カイエルに、自分は他国に嫁がなければいけないということを。


 「カイエル・・・私は、」


 「!!エレノア、俺の後ろに!」


 意を決したエレノアだったが、カイエルが突如警戒心顕わに険しい顔をした。


 「え?」


 カイエルはエレノアを自分の背に匿い、部屋の廊下に出るドアを見つめていた。


 「コソコソ・・・してんじゃねぇ!!!」


 カイエルが怒鳴ると同時にドアとその付近の部屋の壁にはまるで大きな爪で引き裂かれたような痕が広範囲に残った。


 「な、なんだ、これは一体?」

 「臨戦態勢をとれーー」


 ドアの隙間から、城の近衛騎士達が数人立ちはだかっているのが見えたが、カイエルの攻撃にたじろいでいた。


 エレノアはハッとした。カイエルの右腕は、二の腕のところまで黒い鱗が生えており、鋭い爪を携えた黒い爬虫類のような大きな手に変わっていたからだ。


 『エレノア、俺は『竜の祖』黒竜のカイエルだ。』 先ほどの言葉が真実であると裏付けるものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る