58:カイエルの葛藤

 あれは・・・なんだ?

 女が・・・泣いている?何かを言っているけれど、声が聞き取れない。俺は必至で手を伸ばした。だけど・・・届かなかった。一体この女は・・・?


 いや、俺はこの女を見たことがある。ずっと前に確かにこの女を知っている。だけど思い出そうとすると、頭が痛いんだ。ズキズキと、まるで思い出すなと言わんばかりに。


『俺から、離れろ!!』


 なんで、セレスティアにあんな言い方をしてしまったのか・・・本当は離れてほしくなんかない。ずっと一緒に傍にいて、むしろ抱きしめたいのに、一方でそれをしたらダメだという声が聞こえる。


あぁそうか、俺は・・・


 「セレスティアを失いたくなかったんだ・・・」



 カイエルは閉じていた目を開け、自分で声に出して腑に落ちた。


 カイエルは、フェリス王国とペルニツァ王国との国境にある山の中の森の中にいた。人の姿で、仰向けに両手両足を広げ大の字になっていた。


 なぜ、セレスティアにあんなことを言ってしまったのかカイエルは自覚したのだ。セレスティアを失いたくない。だけど自分が傍にいたら失ってしまうかもしれないと。それが怖くなってしまい、カイエルはセレスティアの傍から離れたのだ。


 理由はわからないが、俺がセレスティアの傍にいることで、また失ってしまうかもと、そんな強迫観念に囚われたのだ。


・・・また?またってどういうことだ?


 あの女は・・・名前は思い出せない・・・だけど・・・胸が締め付けられた。

 









 ユージィン邸_____



 「叔父さま、イシュタルさん、カイエルの過去の話を聞かせてください。」


 「・・・また直球に聞いてくるね。」


 ユージィンは手にカップを持って紅茶を啜った。


 「回りくどいのは私の性分ではありませんし、叔父様もよくご存知でしょう?」


 セレスティアは、カイエルが離れてしまった原因は、過去に何かあったからだと断定した。飛び立ってしまったカイエルをいつか戻ってきてくれると信じて待つというのもありかもしれないが、セレスティアは、いつになるかわからない待つ事よりも迎えに行こうと決めたのだ。


 「そうだね、君はそういう子だ。」


 ユージィンはニッコリと微笑んだ。


 「恐らく、一番思い出したくないことを思い出したんじゃろうな。」


 アンティエルは、カイエルに何が起きていたのが何となくではあるがわかっていた。


 「一番思い出したくないこと?」


 「そうじゃ。」


 「カイエルは、記憶はまだ戻っていないわ。だけどアン姉さんの竜の姿をみて、記憶が揺さぶれて・・・だけど、どのみちカイエルは思い出すしかないのよ。封印解除は・・・もうそこまで来ているから。」

 

 「封印はあと二つ、『記憶』と『力』でしたよね?」


 「えぇ、そうよ。」


イシュタルは、アンティエルとラーファイルの顔を見合わせから、セレスティアに向き合った。


 「では、話してあげるわね。なぜカイエルが封印されてしまったのかを。」


 セレスティアはカイエルに番だと言われたものの、今まではぐらかしてきた自覚はあった。だけど、もうそんなことをしている場合ではなく、ちゃんとカイエルに向き合わないといけないと、セレスティアも変わろうとしていた。

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