20:卒業プロムの準備~後編~
セレスティアは兄ディーンにプロムのエスコートをお願いしようと、実家に帰宅した。すると、兄からも話があると言われ、ガゼボで兄ディーンとテーブルを挟みお茶をすることになった。主に聞かれたくない話の時は、ここでお茶をするのが、兄妹の暗黙の了解となっていた。庭の中にあるのだが、聞き耳を立てられにくい構造なので、聞かれたくない話をするには絶好の場所だったのだ。
そして、兄から言われた言葉に耳を疑った。
「・・・兄さま、えーとごめんなさい。私の聞き間違いじゃないかしら?」
「聞き間違いではないよ。フェルディナント王子がセレスの卒業プロムのパートナーを希望されている。」
フェルディナント王子はフェリス王国の第二王子で、ディーンはこの王子の近衛騎士をしているため、直接話を受けたのだ。
「・・・・・」
セレスティアは本当に聞き間違いならよかったのに、と思ったのだが、やはり聞き間違いではなかったようだ。セレスティアは紅茶を啜り、
「どうして、そんな話に?」
「そりゃ、王国初の女性竜騎士だ。言い方は悪いけれど、物珍しいだろう?」
ディーンは淡々と答えた。
「物珍しいというのは否定はしませんが・・・だけど、婚約者でもないのに、そんなことをすればいらぬ風聞を招くことになるのでは?」
「俺もそのように意見具申はした。」
「ですよね。」
そつのない兄の事だ。そりゃそーか、とセレスティアも納得した。
「そこでだ。妥協案として、ダンスで何とか手を打つことはできたんだ。さすがにプロムで婚約者でもないセレスのエスコートをするなど、どんなあらぬ噂が立つかわからんからな。お前のことだ。気が進まないことは聞かなくてもわかってる。だが、フェルディナント王子のダンスの相手はしてもらうことになる。それを伝えたかった。」
「・・・だから、ここで話そうと言ったのですね。」
実は、プロムで王族とダンスすることは大変物珍しいことなのだ。王族が学校に通っていた場合や、またその婚約者が学校を卒業する際にはプロムでダンスをすることは通例であったが、セレスティアとフェルディナント王子は、同じ学校でもなければ、学年も違う。むしろ年上である王子は本来は公務の一環として臨席するだけのはずであった。そう言うわけで、ダンスをするだけでも、否が応でも注目されるのは決定事項のようなものだったのだ。
「そういうことだ。王子云々の話題をソフィアやあの継母が聞きつけたら面倒なことになるだろう?」
ディーンは以前はセレスティアが、ジョアンナやソフィアからぞんざいな扱いを受けて事は知らなかったが、現在では、父セスや叔父のユージィンから事情を聞いているので知っている。
「ですね・・・」
セレスティアは合点がいった。ディーンがガゼボでお茶しようと言ったから、きっとジョアンナやソフィアに聞かれたくない話であろうことは想像はしていたが、まさか王子が出てくるとは、と。確かにジョアンナやソフィアに聞きつけられたら。面倒になるであろうことは、想像に難しくなかった。むしろ此方は迷惑な話だというのに。
「・・・・当日病気になってもいいですか?」
「無駄だろう。王宮医師か治癒師を我が家に派遣されるのが目に見えている。」
「・・・・・ちっ」
「舌打ちするな。・・・気持ちはわかるがな。」
「はぁ、仕方ありませんね。エスコートは何とか兄さまが食い止めてくれたようだし、ダンスだけなら、やり過ごすしかなさそうですね。」
セレスティアは大きな溜息をした。本当ならプロムのダンスも適当にすませて早々に帰宅するつもりだったからだ。
「すまないな。俺からの話は以上だ。」
「わかりました。兄さま、事前にお話ししていただいてありがとうございます。カイエルにも言い聞かせて置いた方がいいので、助かります。」
「あぁ、件の飛竜だな。どうだ調子は?」
「ふふ、それはもう絶好調ですよ。私新人の中でもカイエルとのフィーリング度合いは一番なんですよ。」
セレスティアはカイエルの話題になったとたんに、先ほどまでの仏頂面か途端に笑顔になって話し始めた。
「普段は全然表情に出さないくせに、飛竜のこととなると途端に顔に出てるな。」
「だって、彼は私の唯一無二のですもの。」
ディーンはセレスティアのうっとりした様子からピンときた。
「・・・セレス、お前独身でいるつもりだろう。」
「はい。竜騎士になったのですから、問題ないと思っています。」
セレスティアはあっさりと肯定した。
「・・・そこは否定せんがな。」
「でしょう?」
「まぁ、それはお前の好きにしたらいい。父上も恐らく言わないだろう。だが・・・」
「だが?」
「父上は言葉には出さないが、セレスには子を生んで貰いたいと思ってると思うぞ。」
「・・・・」
セレスティアは多少はそんな気はしていたので、やっぱりとは思ったが顔にも口にも出さなかった。
「ただ単に、お前の子を抱っこしたいとか、まぁ孫が見たいとかそういう親心的なものだ。父上はセリスの事を政略結婚で嫁いで欲しいとは微塵も思ってはいないよ。それは俺も同じだしな。」
遠まわしではあるが、要は好いた人物と結婚をして、家庭を作り子を生んで欲しいとそういうことを言っているのだろうというのはセレスティアにもよくわかった。
「今は、そんな気は全然ないのだけど・・・そうね、もしカイエルが人にでもなってくれたなら、考えられるのにね。」
「ほぉ~そこまで、あの飛竜に思い入れがあるのだな。まぁ叔父貴も似たようなことを言っていたのは聞いたことがあるし、竜騎士というのは、そこまでパートナーである飛竜に思い入れるのだな。」
ディーンは、身近にユージィンやセレスティアのような飛竜に特に入れ込む姿を見ていたので、竜騎士とは飛竜にのめり込むと結婚もしたくなくなるのだなと勘違いをしていた。補足をすると、他の竜騎士はちゃんと飛竜と結婚相手は別に考えている。
「取りあえずは元気そうで良かったよ。話は以上だ。俺はそろそろ職場に戻らなければいけないのでな。当日のエスコートは任せておいてくれ。」
「えぇ兄さまよろしくね。」
そうして、ディーンとは別れた。その後、カイエルには王子と踊ることになったことを、よく言い聞かせないとな、とセレスティアは考えていた。
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