4:初めて飛竜を見た日(セレスティア6歳)

 空を見上げると、人を乗せた竜が飛んでいる。青空の中、赤い竜が人を乗せて、羽を広げ悠々と空を駆けていたのだ。


 「綺麗・・・・」


 少女の目には、空を駆ける赤い竜を映しだし、キラキラと輝いていた。

 私もあんな綺麗な竜に乗って空を駆けてみたい!





 セレスティアはこの日、初めて飛竜を見た。

  実はこの日の午前中に、父セスから再婚話を聞かされた。


 「セレス、母さんが亡くなって随分と経つ、だから・・・新しいお母さんを迎えようと思うんだ。」


 「え?新しいお母さま?」


 「あぁ。男手ではやはり女の子のことはわからないこともあるからな。だから新しいお母さんだったら女同士分かり合えることもあるだろう?それに・・・セレスと同い年の女の子もいるんだ。だからセレスの為になるんじゃないかと思ってな。」


 セスはセレスティアの顔色を窺い、セレスティアの返事を待った。


 父親であるセスからのこの申し出は青天の霹靂だった。

 セレスティアは、新しい母親を欲しいなどと思ったこともなかったからだ。


 セレスティアの心はいろんな感情が入り混じっていた。

 新しいお母さまっているのかな?私を生んでくれた母さまとは、ほとんど一緒にいることがなかったから、お母さまっていうのがよくわからない。だけど、私より父さまはそれで寂しくなくなるのかな?私知ってるんだよ。父さまが時折、母さまの肖像画を見て寂しい顔をしているの。だから、、、


 「・・・うん、わかった!新しいお母さまだね!父さまがそれでいいならいいよ!」


 セレスティアは自分の事よりも、父がセスが寂しくならないのならそれでいいと受け入れることにした。


 「そ、そうか。じゃ新しいお母さんを迎える準備をしよう。」


 セスはセレスティアの返事に安堵したが、彼女の真意に気付かないまま、ジョアンナとの再婚を決めた。 





 その日の昼過ぎ、セレスティアは敷地内の丘の上に来ていた。その場所は見晴らしのいい芝生ではあったが、屋敷から少々離れている為、まだ6歳の幼児であるセレスティアが一人では来てはいけない場所であった。とは言うものの、セレスティアは前々からその見晴らしのいい景色がお気に入りで何度も来ていているし、屋敷の者も暗黙の了解として、セレスティアを見かけない時は、大抵そこにいるだろうと当たり前のように認知されていた。そして先ほどの父セスからの再婚話を思い返していた。


 セレスティアは令嬢としては行儀悪く、仰向けに大の字になって空を見上げる恰好で丘の上の芝生の上にいた。


 「・・・新しいお母さまかぁ、やっぱりよくわかんないや。」


 セレスティアが物心着いた頃には既に母はいなかった。だが周りに恵まれていたのか、メイドも執事も庭師も皆、ローエングリン伯の幼い子供たちが寂しくないようにと気遣い、よく遊んでもくれていたので寂しいと思う気持ちはそんなになかった。特に乳母のマルティナが母親代わりをしてくれていたことも大きかったのだろう。

 だがそれはあくまで子供目線であり、父にしてみればパートナーという意味では違うのかもしれないと、セレスティアは幼心に思ったのだ。


 「ん?あれは?」


 寝っ転がっていた視界に、赤い物体が目に入った。セレスティアは慌てて飛び起きて、精一杯足を伸ばして、目を凝らしてそれをよく見てみた。それは竜騎士を乗せて飛んでいた、赤い飛竜だった。


「綺麗・・・・」


 聞いたことはあった。この国には竜騎士がいると、だけどとても珍しく難しいお仕事で誰でもできるお仕事ではないということも同時に聞いていた。


 そしてその赤い飛竜は気のせいか一瞬こちらに顔を向けたような気がした。

しかしそれはほんの一瞬のことだったので、ただの気のせいだったのかもしれないとセレスティアは思った。赤い竜はそのまま飛んで行き、やがて視界から消えていった。だが、セレスティアの興奮は収まらなかった。


「・・・すごい・・・凄い!すっごい!!!初めて見た!」


 セレスティアの目はキラキラ輝いていた。

 

 何あれ?あんなキレイな生き物初めて見た!私も乗ってみたい!竜に乗って空を飛んでみたい!!


 「そうだ!」


 セレスティアは、騎士である父なら竜騎士についても何か知っているかもと思い立ち、居ても立っても居られなくなり慌てて屋敷に戻っていった。



 セレスティアは、父のいる執務室ににノックと同時に入っていった。

 

 「父さま!聞いて!私初めて飛竜を見たわ!赤い竜が人を乗せていたのよ!!」


 「おいおい、仕事中だぞ。」


 「!ご、ごめんなさい。どうしてもすぐに父さまに言いたくて。」


 普段はこういう事はセレスティアはちゃんと弁えている子だということは、セスは理解していた。それができなかったということはよほど夢中になったのだろうとセスは理解した。


 「まぁいい。赤い飛竜か・・・それならきっとユージィンだろう。」


 「え?ユージィンって叔父様の?」


 「あぁ、赤い飛竜に乗っているのはユージィンしかいないからな。」


 すごい!まさか身内に竜騎士がいたなんて!


 「わ、私叔父様に会いたい!父さま、ユージィン叔父様に会いたいわ!!」


 「そうだな、ユージィンももうさすがに接触禁止期間も過ぎているから大丈夫だろう。今度招待しようか。」


 「!!嬉しい!父さま楽しみにしてる!」


 セレスティアは嬉しくてセスに抱きついた。


 「はは、よっぽど気に入ったんだなぁ。」


 会えるんだ!竜に!竜騎士に会えるんだ!

 


 セレスティアの頭の中はすっかり竜と竜騎士のことでいっぱいになってしまっていた為に、セスの再婚話の事はすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのであった。

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