3:メイドじゃないけど、これも修行(セレスティア8歳)

  ローエングリン伯爵邸にて______


 8歳になるこの家の長女は、洗濯物をしていた。

本来ならメイドがいるので、する必要はないのだが、義母がやらせていたのだ。


 パンパンパン!「よっと、これで綺麗になったかな?」


 洗濯物の汚れがないかを確認をするこの少女はセレスティア・ローエングリン、この頃はまだ表情筋は豊かであった。


 生母は、セレスティアが生まれてから1歳の時に亡くなった。その5年後に母がいないことで寂しい思いをさせてはいけないと、父親のローエングリン伯であるセスは再婚を決めたのだ。


 だがこの後妻のジョアンナは夫が多忙な事をいいことに、セスの不在の時を狙って、必ずセレスティアにさせなくてもいい家事をわざわざやらせていた。前妻によく似ているセレスティアを疎ましく思っていたからだ。

 ジョアンナは元々セス・ローエングリン伯が好きだったが、セレスティアの母のティーニアがいた為、当時は結婚することは叶わなかった。ジョアンナはその後、政略結婚をしたがセスと同じように夫とは死別となり、一人子供は設けていたが女児だったために、そうそうに実家に返されてしまったのだ。

 セスは再婚するに当たり、初婚の女性ではいきなり子持ちになってしまうのは忍びないと思っていたところ、たまたまセスと同じ境遇のジョアンナがいた為に、ジョアンナに白羽の矢を当てたのだが、これはセスの読みが甘かった。

 ジョアンナは、ティーニアへの蟠りがいまだ消えず、先妻の娘であるセレスティアをティーニアの代わりとばかりにメイド扱いや意地悪をして憂さ晴らしをしていたのだ。


 だが、セレスティアはそれらに対して不服を言うこともなく、むしろ嬉々としてやっている節さえあった。それは彼女にとっては、自分を向上させる手段の一環として受け止めていたからだ。


 「こういう事をやっておけば、絶対将来のためになる!だからちゃんとできるように頑張ろう!」


 セレスティアは前向きに、むしろ一生懸命に取り組んでいた。理由は彼女の家の成り立ちと将来の目標にある。


 ローエングリン家は代々騎士を輩出している伯爵家だ。

 代々騎士になるのが当たり前の家だった。また女性もまれに騎士になる者がいたので、セレスティア自身も女騎士になりたいと、物心ついた時から強く思っていた。女騎士となるべく、義母からの嫌がらせも修行の一環として受け入れていたのだ。


 ただ、彼女の真の目標は竜騎士になることであった。あの日、空を駆けている飛竜と竜騎士を見た時から決めていた。だが竜騎士は『竜の御目通り』がクリアできないとなれないこと、そもそも女性は今まで誰もいなかったことは周知のことだったので、もしそれがダメであっても将来は騎士として身を立てようと決めていた。


 騎士になれば、遠征もあるし野宿をすることもある。家事は自分でも一通りこなせるようにならなければとセレスティアは前向きに捉えていた。


 「お義母様、料理も言い付けてくれないかなぁ。まだお料理はやらせてもらってないのよね・・・」


 ジョアンナはメイドの仕事を言いつけ数々の嫌がらせをしているつもりだが、セレスティアは掃除スキルが上がったとばかりに喜んでいるので、実際にはそれらはあまり効果がない。だが、すべての悪意を交わすことはできなかった。それが・・・


 「あら、お姉さま、相変わらず女中の真似事をされているのですね。」


 突如声が聞こえた方向に振り向いてみれば、義妹のソフィアが意地悪そうに口元の口角を上げ後ろに立っていた。ソフィアはジョアンナの連れ子のため、同い年ではあったが、数ヶ月セレスティアの方が早いので姉になる。

 ソフィアは、母親譲りの金髪で琥珀の瞳を持つ、可愛らしい容姿をした娘だった。


 「あら、ソフィもやる?」


 「!な、なんで私が女中の仕事をしなきゃいけないのよ!」


 ソフィアは顔を真っ赤にして怒った。

 

 「そう?楽しいよ、洗濯物が綺麗になっていく様は、ほら!」


 セレスティアはどうだと言わんばかりに今しがた綺麗に洗った洗濯物を見せた。


 「なによ!」


 ソフィアは洗濯物を奪い去り、地面に叩きつけた。

 

 「あぁ!」


 「ふん、これでやり直しね。お姉さま洗濯物は楽しいんでしょ?ならもう一回やればいいのよ!」


 ソフィアはいい気味だと言わんばかりに、笑いながらその場を後にした。


 「あーあ、せっかく綺麗になったのにな・・・」


 セレスティアはまさかこんな事をされるとは思わなかったので、とっさに言葉がでてこなかった。


 「私の言い方が気に障った?けどこれはないよねー・・・」


 セレスティアは、基本前向きに物事を捉える性格ではあったが、さすがに次回からは洗濯物をソフィアに見せるのはやめようと思った。


 地面に落とされた洗濯物を拾い上げ、

 

 「さ、汚れてしまったものは仕方ない!もう一度やろう!」

 

 彼女はやっぱり前向きだった。

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