2.勇者復讐を決意する

「あなたは誰よりも強いから、誰よりも優しくなりなさい」


今は亡き母の言葉。


「話し合えば通じ合えます。人はもちろんモンスターとだって」


母は優しく気高かった。


「歴代勇者が成し得なかったことも、ユーキならきっとできる」


オレは母のことを尊敬し約束を守っている。


「そうすれば、世界中から愛される勇者になれるわ」


この言葉がオレの勇者としての根幹である。



村から飛び出し、森に入ったあたりで気持ちが落ち着いた。


小川で顔を洗う。


「……ふぅ」


ヒリつく頬の涙あとが洗い流される。


気持ちがいい。


オレは立ち上がると歩き始めた。


先程の出来事が頭をよぎるが、いつまでもクヨクヨしてはいられない。


この瞬間にも魔王の配下は人を苦しめているのである。


早く魔王に負けを認めさせて説得しないといけない。


オレは故郷の幼馴染で恋人のナジミのことを思い出す。


辛い時は彼女を思い出すことで勇気をもらっていた。


「集配機にナジミからの手紙が届く時間だ」


集配機は先代勇者が残した魔道具で村から村へ安全に物資を転送できる装置だ。


以前、職員に化けたモンスターが配送物資に爆弾を混ぜ爆破事件を起こした事から、集配機は村から離れたところに建造されるようになった。


「ナジミは時間丁度に手紙を送ってくれるからな」


オレは小川近くの集配機に移動すると、扉ほどの大きさの立方体に手をかざしナジミから送られた手紙を受け取った。


手紙を開かずに小川まで移動する。


ナジミとは物心ついた時からの付き合いである。


同郷のセッシには昔から虐められていた。


そんなオレをカバってくれたのがナジミである。


勇者として旅立つ前日に彼女から告白され付き合うことになったのだ。


「……ナジミに会いたいな」


3日おきに集配機を使って文通をしている。


この旅の唯一の癒やしである。


オレは小川のソバに座ると、丁寧に封筒を開封し手紙を取り出した。


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ユーキへ


元気にしていますか。


先日、セッシの子供を出産しました。


わたしのアヤマチは気の迷いでアナタを助けたことです。


ユーキのせいでわたしの人生はとても不幸なものになりました。


旅立ちの夜に告白したことも手紙を書いたことも命令されてのものです。


アナタとは会いたくありません。


二度と村に帰ってこないでください。


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ぷつん


と音を立てて自分の何かがキレる音がした。


「あは、はは……ははははは!!!!」


オレは立ち上がり笑い始める。


何が人には優しくだ。


何が世界中から愛される勇者になれるだ。


仲間からの嫌がらせに耐え。


モンスターとの和解を望み。


約束を守った結果がコレだという言うのならあまりにも滑稽じゃないか。


ザッ、ザザ!


気が狂いそうなオレを取り囲む影が複数あった。


見ると強力なモンスターであるオーガが2、30匹。


魔王軍最強の呼び声が高い魔将キングオーガの旗もある。


「勇者ユーキよ。1対1だ。我と決闘せよ」


一際大きなオーガが何か言ったがオレの耳には入らなかった。


心が強い憎しみで満たされているのがわかる。


「どいつもコイツも人を舐め腐りやがって」



オーガは戦いに誇りを持つ種族である。


魔王城に果たし状と書かれた紙が届いた時、キングオーガはイタズラだろうと思ったが、魔王のメンツを考えると無視をするわけにはいかなかった。


当日


手紙の指定日に来てみればそこには本当に勇者がいるのだから驚きである。


手紙には「オーガは間抜けだから100匹いても余裕」と書かれていたが、礼節に乗っ取り、決闘を申し込んだ。


そこまでは、キングオーガの想定の範囲内。


「ぐああああああああああ」


「なんだ!?体が勝手に崩れる」


想定外だったのは勇者が配下のオーガに未知の攻撃をしていることだ。


勇者はヘラヘラと笑っているが攻撃の素振りを見せていない。


しかし、事実仲間のオーガは叫び声と共に崩れ落ちる。


何が、何が起こっているんだ


キングオーガは戦慄する。


しかし、それも一瞬


状況を見極め声を上げた。


「動くな!動いたものが自動で攻撃される魔法だ」


叫んだ拍子にキングオーガの利き腕が崩れ落ちた。


キングオーガはそんな魔法は聞いたことがない。


歴戦の猛者であるキングオーガの勘である。


「……すごいな。初見でわかるんだ」


勇者はどうでもよさそうに呟くと、配下のオーガに近づくと


その体をそっと押した。


それだけである。それだけで、体勢を崩したオーガの四肢は分断され絶命する。


圧倒的に理不尽な魔法。


1匹また1匹と体を押されては絶命していくキングオーガの配下。


オーガは戦いに誇りを持つ種族である。


「貴様!侮辱しているのか!剣を取り戦えッ!!」


たまらずキングオーガ叫んだ時には彼の仲間は誰もいなくなっていた。


ズンズンと勇者が近づいてくる。


勇者とは否、人間とは思えないような邪悪なオーラをキングオーガは感じた。


「……何なんだ貴様は。人が何故そんなオーラを放つ!」


「オレは燃えカスだ」


勇者が呟く。


「本来、人生の幸福を詰め込む鍋に憎悪だの嫌悪だの軽蔑だのをブチ込まれて、優しさが蒸発するまで悪意の炎に焼かれ出来あがったのが……オレだ」


勇者の眼は深淵のように深く暗い。


とん


と、そっと押された。


友人を驚かせるような軽い衝撃。


キングオーガを転倒させ、バラバラにするにはそれで十分だった。


キングオーガが最期に聞くのは勇者の声。


「どれが、キングオーガだったんだろう」


最悪の侮辱の言葉だった。

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