6日目 有名

 本当にアイドルになった狂気のセミと、出会ってから6日目。

 昨日のライブの熱が、まだ冷めぬまま、アイドルグループ『シケイドル』は、ゲリラ豪雨のように大量に舞い込む仕事に振り回されていた。

 ライブ後のインタビューの嵐。

 これは仕方ないだろう。人語を喋るセミがいるアイドルグループが、デビューしたのだ。注目するなという方が無理だろう。

 しかし、今日も早朝から、番組の収録やら、アルバム作成のための録音やら、写真集発売に向けての撮影やら……。

 午後から2日目のライブがあるというのに、ギチギチのスケジュールを詰め込んでいて、しかもそれを組んだのは、セミだった。

 セミの自分勝手な行動に、思わず虫籠ごと握り潰そうとしたが、弟の


「金の成る木を、握りつぶさないで!」


 という熱い説得を受け仕方なく、この多忙なスケジュールに付き合っている。

 そして今現在、目の前では、もう何度目か分からないインタビューが、とある番組のスタジオで行われようとしていた。


「今回は、最近話題のあのアイドルグループ、『シュケイドル』の皆さんに来ていただきました! 本日はよろしくお願いします!」


「「「「「よろしくお願いします!」」」」」


 女子アナの言葉に、可愛らしい4人の女の子と、クソきめぇセミが応える。それを合図に質問と回答の応酬がはじまる。

 私と弟はそれをスタジオの端から見ていた。


「セミさんって遠目から見ても醜悪だよね。なんでだろう?」


「その疑問イイね!おねぇちゃんの自由研究、そのテーマで作れば?」


「小学生のガキんちょとは違って、私は大学生のレディなの。大学生には夏休みの宿題はないのよ。羨ましいでしょ」


「ううん!全然! あと数年で社会に出荷され、夏休みを奪われる大学生という立場に、僕はなんの魅力を感じられないよ!」


「ホントひねくれた子に育ったね」


 私はスタジオの壁に寄りかかり、腕を組む。その隣で弟はひたすら自由帳に何かを書き込んでいた。


「どう?自由研究終わりそう?」


「うん! あと考察書けば終わりだよ!」


「考察って……。もう大学のレポートか論文じゃん……」


 弟は何かを思い出したのか、あっ!と声を出し、横に置いてあるリュックを探り始めた。


「おねぇちゃん!これ!渡すの忘れてた!」


 そう言いながら雑誌を手渡したきた。

 表紙いっぱいにセミさんの写真が映されている。


「え?何このこの世の終わりみたいな雑誌は」


「セミさんのグラビア雑誌だよ!昨日撮ったやつの完成品が今日送られてきてたんだ!」


「セwミwさwんwのwグwラwビwアw。もうただの昆虫図鑑でしょ、これ」


 ペラペラとめくるが、どのページにもセミさんが載っている。気分が悪くなってきた。この雑誌を発売するなど、軽いテロか公害だろう。

 そんなこんなしている内に、インタビューも終わったようだ。


「これにてインタビューを終わります。シケイドルの皆さん、お疲れ様でした!」


「「「「「ありがとうございました!」」」」」


 番組が終了し、片付けや次の仕事の打ち合わせをするスタッフの間を縫って、弟と私はアイドル達のもとへ向かった。


「おねぇさん達!セミさん!お疲れ様!」


「お疲れ様です皆さん、これ差し入れです」


 そう言って私は、キンキンに冷えた飲み物を愛らしいアイドル4人に渡す。セミさんの飲み物?そんなもんねぇよ。


「あのぉ〜、俺の飲み物は?」


 自分だけ貰えないことを察したのか、セミさんは心配そうにこちらを見ていた。

 つぶらな瞳で私を見上げるセミさんは、どこか愛らしく……。

 いやキモイ。視界に入るだけで、嫌悪感と鳥肌が止まらない。


「自分の小便でもすすってろ」


「小便すするって……どんな極限状態ですか!ディ○カバリーチャンネルでもやりませんよ!」


 セミのツッコミを無視し、アイドル達に飲み物を渡すことを再開する。

 手渡しする度に感謝の言葉と笑顔が帰ってくる。


「ありがとうございます!おねぇさんって凄く優しいですよね!聞かされてたイメージと違いました」


 最後に渡したツインテールの子が話しかけてきた。確か春子さん……だったかな。


「私は人間には優しいですよ。ちなみにどんなこと聞きました?」


「あぁ……確か……"聖人君子の対義語がおねぇさん"とか"ダークトライアドのうち2つを揃えた犯罪者予備軍"とか"根源的恐怖"とか言ってました!このセミが!」


「へぇー、そうなんですか!明日からメンバーが1匹減るかもですが、よろしくお願いします !」


[セミのきけんよち! セミはみぶるいしながら失禁した!]


 私の言葉に、春子さんはフフフッと笑った後、話し始めた。


「でも、ホントにセミさんが抜けるとしたら、おねぇさんにシケイドル入ってもらいたいくらいですよ!スタイルいいし──」


「アタシもそう思う!身長高いよね!何センチなの?」


 春子さんの言葉に割り込むように、千川さんが話し出した。自分のことが話題の中心になると、我知らず恥ずかしさが込み上げてくる。照れるように頬を指先で掻きながら質問に答える。


「最後に測った時は174センチでした。けど私にはアイドルか向いてないと思います。明るくないし、可愛くないし、歌下手だし」


「そんなことないよ!おねぇさん可愛いよ!アタシも歌下手だったけど練習すれば上手くなるし、明るくないならクールキャラでいけばいいんだよ!」


 新森さんが涼子さんの影から顔を出して、千川さんの言葉に頷いている。


「おいチッチ!クールキャラは俺と被るだろ!いい加減にしろ!」


「あらあら、冬も越えられないセミのくせに、クールキャラぶらないでくださいね」


「おほっ! 涼子様の冷たい視線と言葉が、俺に突き刺さるぅ!」


 楽しく会話をしていると、そろそろライブ会場へ向かう時間なり、アイドル達は私と弟に別れを告げる。

 ぼんやりとシケイドルのみんなの背中を見送った。


「さてと、私たちも行きますか」


「そうだね、おねぇちゃん!今日もライブ楽しもう!」


 無駄にデカい入道雲が人々を見下ろす夏真っ盛り。

 まだまだ夏は終わらない……はずだ。

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