4日目 決裂
トップアイドルの朝は早い。
4日目の早朝、俺たちアイドルグループはレッスンルームにいた。
「1! 2! 1! 2! そこ! 一つ一つの動きを丁寧に! 足の先まで意識して!」
俺たち5人は大きな鏡の前に並び、更年期のババァにダンスの指導を受けていた。
あ! もちろんセンターは俺な。
「1! 2! 1! 2! ほら疲れた顔しないで! 笑顔笑顔! ファンが見てるよ」
ここまでステップを踏み続けられた5人だが、疲労がかさみ、とうとうボロが出始める。
左にいるニイナの足がもつれ、俺に覆いかぶさるように転倒する。
「ふえ~~~~!」
複眼でそれを捉えた俺は、寸前のところで飛び立ち、適当な壁に張り付く。
「アブねっ!! 人間同士の衝突ならまだしも、こっちはセミやぞ!! こんなん命がいくらあっても足りんわ!」
「あらあら、セミ潰しちゃったら服が汚れちゃうわ」
「ふぇ~、汚いのいやですぅ~」
「お前らの心、汚れてんじゃねぇのか!?」
「あらあら、土の中で何年も過ごして、土汚れたあなたよりは綺麗よ」
「くぅ~~~! 涼子様のパンチライン効くねぇ!!」
仲間との交流を楽しむ俺たち。そこにコーチは容赦なく喝を入れる。
「新森さん! さっき私言いましたよね!? 足の先まで意識しろって! できてないから転ぶのよ!」
「ふぇ~……すいません」
「あの、これで俺死んだら労災っておりますか?」
俺の右にいた春子が、我慢ならないといった面持ちで、突然わめき始める。
「コーチ! 確かにニイナは上手くステップを踏めてないのかもしれません。けどもっと問題を抱えた生物がこの中にいます!」
「「「「「???」」」」」」
全員が顔を見合わせる。
「あ! アタシ分かった! ブラックバスでしょ!」
「「「「「?????」」」」」
春子は、人差し指を俺の方に突きつける。
「このセミよ! このセミ!」
「え? 俺?」
「そうよ! このセミのステップみた? 6本足でカサコソカサコソ! 気持ち悪すぎて殺意が芽生えたわ!」
「は? 言いがかりつけんなよぉ。 俺のアイドルステップは完璧だ! だろ!? コーチ!」
コーチは黙ってうなずく。
俺とコーチは強固な信頼関係によって成り立っている。
簡単に言うと、コーチと夏元康の不倫をネタに脅している。
(春子ぉ! 俺をどうしてもセンターの座から降ろしたいみたいだが、甘い甘い! メープルの樹液よりあめぇよ!)
「春子ちゃんさぁ、俺の才能に嫉妬するのもわかるけどさぁ、もっと努力したら?」
俺の言葉に、春子は怒りと悲しみを練り混ぜたような表情をする。
「私のこと何も知らないくせに……私のこれまでの努力も……何も知らないくせに!」
「ちょっと春子さん! レッスン中ですよ!」
目にいっぱいの涙を貯めた春子は、コーチの注意も無視しレッスンルームを飛び出す。
「春ちゃん! みんな、アタシ、春ちゃんを追いかけるね!」
出ていった春子を追うチッチ。
「俺の勝ち。 なんで負けたか次のレッスンまでに考えといてください。 ほないただきます(勝利の美酒)」
勝利の余韻に浸る俺に、涼子様が話しかけてくる。
「あらあら、セミと春子ってホント仲いいわよね」
「涼子様って意外と節穴なんすね」
「碌な視界も確保できない、あなたの複眼よりはマシよ」
「おほっ!! えげつない暴言に俺クラクラしちゃうよ」
涼子様は微笑み、話を続ける。
「でも皮肉抜きに、あなた達って仲良くなれるんじゃないかしら。二人とも似てるんだもの」
「顔がですか?」
「性格よ。それ春子の前で言ったら名誉棄損で訴えられるわ」
涼子様が俺を見据える。
「似てるわよ本当に。アイドルに対する情熱とか、負けず嫌いなとことか、うるさいとことか……。だから春子の事、あんまりイジメないであげてね」
「……」
「ほらニイナちゃん、春子を追いかけに行くよ」
「ふぇ~~~」
そう言い出ていく二人。レッスンルームには俺とコーチだけが残った。
(仲良く……かぁ)
俺は大切な何かを見失っていたかもしれない。
俺の知っているアイドルはもっとメンバー同士が親しそうにキラキラしていた。
それは目的が一緒の仲間だからだ。
ファンを喜ばせたい、ただ純粋に。
(俺、アイドルやセンターになることに夢中になりすぎて、本当の目的を見失ってたのかもな)
「おい! コーチ!」
「はい! なんでしょうかセミ様!」
「扉開けてくれ」
「はい!」
開け放たれた扉から、俺は飛び立つ。
レッスンを飛び出した春子は公園に逃げ込んだ。
公園のブランコに座り、涙をぬぐいながら、さっきのことを思い出し反省する。
(はぁ。怒って、泣いて、レッスン飛び出して……私、子どもすぎだよなぁ)
センターを取られたことが、死ぬほど悔しかった。努力で勝ち取ったその席を、こんなあっけなく奪われるなんて……
私たちのアイドルグループがよりよくなるために、尊敬する夏元社長が選んだんだ。私より凄いからセンターに選んだんだ。素直にセミを認めるべきなのは分かってるけど……分かってるけど……
「ワガママだなぁ……私。はぁ~~~~レッスン戻りずらいよぉ」
恥ずかしそうに両手に顔をうずめる。
視界が塞がれると公園にいる蝉たちの声が、一層うるさく聞こえた。
顔を上げると春子の目には、公園の端にたむろする3人のチャラそうなヤンキーが映る。
(まずっ! これ絶対絡まれるやつじゃん! 早く移動しよう)
移動しようとする春子に気づいたチャラ男たちは、目にも止まらぬ速さで春子の前に回り込んでくる。
「え! はや!」
「おねぇさん可愛いねぇ!」
「暇してるんなら俺たちとお茶でもしない?」
「あの顔がすごく赤いですよ。もしかしたら熱中症かもしれないので水分補給した方がいいですよ」
動揺する春子に、畳みかけるように話しかけてくる3人。
「あの、ホントに大丈夫です。私用事あるんで、もう行きますね」
「そんなこと言わずに少し遊ぼうよ」
「俺たち楽しい遊び知ってるからさ、おねぇさんのこと退屈させないからさ」
「わきの下とか、首筋に、保冷剤当てるだけでも、熱中症対策になるんで! 無理しないでください。倒れてからじゃ遅いんですよ!」
「もう……ホント……大丈夫なんで」
恐怖で涙目になる春子。その時、チャラ男の頭の上から声が響いた。
「そんなよってたかって女の子を怖がらせるなんて。 まるで羽化直後のセミを狙う蟻みてぇだな」
「誰だ!? どこにいる!」
「上だよ」
「「「!?」」」
3人組の視線の先には、薄い羽根をばたつかせながら旋回するセミの姿だった。
次の瞬間、セミは急降下し、ヤンキーの顔面に落下する。
顔面に張り付いたセミは叫ぶ。
「春子! 耳を塞げ!」
春子は急いで耳を塞ぐ。
3人組はパニックになり、必死に顔のセミを取ろうとする。
「おい! 誰か! このセミ取ってくれ!」
「動き回るな! 取れないだろ!」
「熱中症ってホントに危険で最悪、後遺症が残る可能性もあるんでマジで気を付け……」
「俺の身体もってくれ!! 音圧10倍の700dBだぁぁぁぁ!!」
直後セミの放つとてつもない爆音が、3人組を襲う。
3人組は立ったまま白目をむき動かなくなった。
春子と俺は、2つ並んだブランコに乗っていた。
「よく私の場所わかったね」
「空飛んでりゃ1発よ」
少しの間沈黙する二人。
そして春子が喋りだす。
「さっきはごめんね。私が子供すぎた」
「俺こそすまん。幼虫みたいにムキになりすぎた」
俺と春子は顔を見合わせて笑った。本当の意味で仲間になれた気がした。
「私たち、意外と似た者同士かもね」
「顔が?」
「名誉棄損で訴えます」
「あーいたいた! 二人とも帰るよー!」
声の方を見ると公園の入り口に、チッチ達3人がいた。俺たち合流し、またレッスンルームに向かっていった。
4日目の晩、相変わらずインペリアルスイートで、私はこのセミの長話を聞きながら弟とスマ〇ラをしていた。
「……てわけで、俺たちはまた団結して、歩みだしたってわけよ」
「……」
「……あ~~! もう負けた! おねちゃん強すぎ!」
「あのー、話聞いてました?」
私は画面から目を離し、セミを見る。
「うん、聞いてたよ。 春子さんに羽根と足全部もがれたあと、コンクリートに詰められて海に捨てられたんでしょ」
「それなんてマフィアですか?」
セミはあきれながら話を続ける。
「それと明日、俺たちのデビューライブがあるんですから絶対来てくださいよ」
「行けたら行くね」
「それ来ない奴の常套句じゃないですか」
「僕は行くよ! どこでライブするの?」
「どうせ大した場所じゃできないでしょw セミだしw」
「武道館です」
「!?」
こうして団結した俺たちは、デビューライブに向けて駒を進めるのであった。
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