3日目 加入
「ただいまー!」
「うむ! 弟君! 俺の運搬ご苦労!」
「はぁ、疲れた。 早くシャワー浴びたい」
セミに出会ってから3日目の晩、私たち姉弟は、朝から夕方まで事務所でレッスンをしていたクソセミを回収し、昨日から宿泊している東京ステーシ〇ンホテルのインペリアルスイートに帰宅した。
「あ~~~、アイドルレッスン疲れたわ~~! アイドルやんのも楽じゃねぇなぁ!」
「体小さいのに態度でけぇなぁ、このセミ早く死なねぇかなぁ」
「おねぇさんって、もしかして俺の事嫌いですか?」
このインペリアルスイートは、広さ173㎡もあり、キングサイズのベッドに、リビング、バスルーム、どれもが豪華に彩られ、おまけにミニBARまである。
宿泊費は一泊100万にも及ぶが、もちろん夏元康のクレジットカードで決済している。
「喉乾いたなぁ、ジュース飲も」
私はミニBARに飲み物を取りに行く。
「僕オレンジジュース!」
「あ、俺は遠慮しとくよ」
「なんでセミの分際で飲み物もらえると思ってんだよ」
弟と自分の分のオレンジジュースを注ぎ、キングベッドに大の字で寝転がる弟のもとに運び、私もベッドに腰掛ける。
ベッドから少し離れた場所にある高級そうな机の上の虫かごから、鬱陶しい声がこの部屋に響き渡る
「はぁ~~~~、レッスン大変だったなぁ~~~! 誰かにこの苦労話、聞いて欲しいけどなぁ~~~!」
チラチラと物欲しそうにこちらを見る瞳はどこか愛らしく……
いや、マジでキモイな。
「どうして神様はこんなおぞましい生物を産み出したんだろう」
「あれぇ~? アイドルになった俺への嫉妬か? 大丈夫! おねぇさんは可愛いですよ! 俺の次にね!」
「あ“?」
弟は、ベッドの上に自由帳を広げながらセミに話しかける。
「セミさん! レッスンの話聞かせてよ! 下等種族のセミがどうやってアイドルになっていくか、詳しく自由研究に書きたいんだ!」
「はぁ~~~~! しょうがねぇなぁ! 話してやるか……俺の武勇伝を!」
「その話終わったら呼んで、私シャワー浴びてくるから」
「おねぇさんは聞かないの? 俺のありがたいお話」
調子に乗るセミを、殺気を込めながら睨みつける。
「敬語を使えよゴミセミ野郎……いつでも殺される可能性があることを念頭に置いて言葉を選べ」
「あ……すいません」
本能で危険を察知したのだろう。セミは失禁しながら謝罪した。
「あの恐縮ですが、今日のことを話してもよろしいでしょうか、おねぇ様」
「はぁ~~~~……、5分だけね」
「ありがとうございます! それでは僭越ながら話させていただきます」
時間は今日の朝まで遡る。
朝、事務所まで運んでもらった俺は、夏元を操りレッスンルームに向かう。
扉の先には広々とした空間が広がっていて、そこには俺のメンバーになるであろう4人の女が、準備体操をしていた。
4人は社長の姿が見えると、整列し挨拶をする。
「「「「社長! おはようございます」」」」
「オハ……ヨウ」
「あれー、社長雰囲気変わった?」
「変わったどころじゃないわよ! 眼球がそれぞれ別の方向見てるじゃない!」
整列する4人に夏元は、俺を紹介する。
「アタラシイ……メンバー……デキタ」
「誰よ? そんな子、どこにもいないじゃない!」
「コレ……セミ」
夏元は俺のかごを持ち上げる。それを覗き込む4人に俺は自己紹介をする。
「俺! セミ! 好きな食べ物は樹液! スリーサイズは上から、2・2・1! ポジションはセンター! よろしく!」
「あんたのスリーサイズなんて何の需要もないわよ! それにどうゆうこと!? 私がセンターだって言ってたじゃない、夏元さん!」
さっきから俺の発言にケチをつけてくる黒髪ツインテの女の声に反応して、夏元が呻き始める。
「うぅーアあ……スマナイ……春子……」
(チッ! 洗脳が解け始めてる!……後でかけ直すか)
このままでは、夏元の異常に気づかれるかもしれない。話題を変えるのが懸命だろう。
「みんなも自己紹介してよ! これから一緒にトップアイドルを目指す仲間なんだからさ!」
俺の提案に最初は困惑する4人だったが、ポツリポツリと自己紹介が始まる。
口火を切ったのは元気そうな茶髪でショートの女からだった。
「はいはい! まずアタシからね! アタシの名前は
「ちょっとチッチ! 何暴露しようとしてんのよ!」
「おい! 邪魔すんじゃねぇツインテ! 俺はスリーサイズ言ったんだぞ! そっちも言うのが筋だろ!」
「セミのスリーサイズと霊長類のスリーサイズじゃ価値が違うのよ、価値が!」
次に自己紹介を始めたのは、黒い長髪が妖艶なナイスバディのおねぇさんだった。
「あらあら、次は私が話そうかしら。私の名前は
「その趣味って、人に対してだよね?」
「喋るセミでもイケるわ♡」
「ほほっ! お手柔らかにお願いします!」
涼子様の後ろの影から、銀髪でセミロングの女がオドオドと自己紹介を始める。
「ふぇ~~……ボクは……その……
顔を赤らめながら、涼子様の後ろに隠れる。
「ふふ。いいんですよ、無理しないでください。俺は紳士ですから^^」
「このセミ、さっきと態度違うじゃない!」
「うるせぇなぁ、さっきからこのツインテはよぉ。はよぉ自己紹介せい」
最後に残った黒髪ツインテールのこの女は、腕を組みながら嫌々自己紹介をし始めた。
「ふんっ! 私の名前は
「随分と嫌いな生物が具体的だね! 知り合いにでもいるのかな? それに君のポジションは元センターね! よろしく!」
俺の言葉に悔しそうに地団太を踏む春子。
「おかしいわよ! セミがセンターだなんて! 不正よ! 不正がおこなわれたんだわ!」
「ギクッ!」
「あらあら、そんなに怒らなくても大丈夫よ、セミなんて1週間でくたばるわ」
「涼子様の言葉のナイフ効くぅw」
私は睡魔と戦いながら、この退屈な長話を聞いていた。
「……ってことで、俺たち5人グループは意気投合したってわけよ」
「え? いつ意気投合したって? そのシーン聞き逃したかも」
「おねぇちゃん、安心して! そんなシーン1度もなかったよ!」
セミは意気揚々と本題に入ろうとする。
「それで今日のレッスンなんですが、それはもう俺が大活躍して──」
「もう5分たったから、私シャワー浴びてくるね」
「え、あの、おねぇ様!?」
構わずシャワールームへ向かう私。セミはどうしても話を聞いて欲しいようで、弟に縋り始める。
「弟さんは聞いてくれますよね!?」
「低劣なセミが、どのように人間とコミュニケーションをとるか知りたかっただけだから、もう十分かな! それに僕もう眠いから寝るね! おやすみ!」
「……」
4人のアイドルの思惑。弟の自由研究。意識を取り戻しつつある社長。
様々な思いが交錯するどこよりも暑い夏が、今始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます