第37話 【黄金の椋鳥】の連中が偽の尾行者を連れて来た


1年2ヶ月ぶりの更新で御座います。



――◇―――◇―――◇――



6日目3



「カース、約束通り捕まえて来たぜ?」


マルコがニヤつきながら突き出して来たその男は、全身黒ずくめのローブのような衣装をまとい、猿轡さるぐつわをかまされ、項垂うなだれていた。


トムソンが俺に声を掛けて来た。


「カース、こいつで間違いないのか?」


俺はつかつかとそいつに歩み寄った。

男はチラッと俺に視線を向けた後、不貞腐れた様な表情でそっぽを向いた。

しかし……


俺は溜息をつきながら言葉を返した。


「違う。こいつじゃない」

「なんだと!?」


トムソンより先に、マルコが俺の言葉に反応した。


「よく見てみろ、こいつで間違いないはずだ!」


俺はマルコを睨んだ。


「俺が違うって言っているんだ。諦めろ」

「カース……」


マルコがやれやれといった雰囲気になった。


「お前も男だろ? だったら、一度口にした約束は守れ」

「何の話だ?」

「どうせお前、俺達じゃお前の言う尾行者なんて捕まえられないってタカをくくっていたんだろ? だから“仲裁”を引っ込めるって条件に同意した。それがいざ本当に俺達が捕まえて連れて来たものだから、こうやって必死になって否定しているんだろ?」


なんというか、マルコのツッコミどころ満載のセリフはさておき、この猿轡をかまされている男、雰囲気から背格好から、俺の知る『ござる』野郎とはまるで別人だ。


と、俺の傍に立っていたユハナが口を開いた。


「カースさん、もしかして、雰囲気から背格好から、ご自身の知る尾行者とは違う、とお考えですか?」


なんだこいつ?

読心系のスキルを持っているなんて事は無いだろうな?


しかしユハナは、そんな俺の心の内を気にする様子も無く、言葉を続けた。


「ですがこの者はニンジャ。ニンポウにて、いかようにも自身を偽る事が可能な存在なのです」


ユハナの言葉に、マルコやハンス、ミルカ達もうんうんうなずいている。

とは言え、俺にはどうにもこの目の前の猿轡男が、『ござる』野郎と同一人物だとは思えない。


「じゃあ試しにそいつの拘束を解いて、そいつがカメレオンみたいに姿を隠せるか、確認させろ」


しかし俺の言葉に、同席している魔法系の職員が渋い顔をした。


「カース、気持ちは分かるが、今ここでこの男の拘束を解いて、もし万一こいつが本物のニンジャだった場合、ニンポウなる術を以って、逃げ去る恐れがある」

「それじゃあ逆に聞きますけど、ギルドとしては、どうやってそいつが俺の尾行者だって確認するおつもりですか?」

「安心しろ」


トムソンが口を挟んできた。


「実は今日の話を知った、さるお方が、検分に立ち会うと申し出て下さっているのだ」


ん?

さるお方?


「そのお方立会いの下、こいつの拘束を解き、本当にこいつがお前の尾行者だったのか、もしそうならなぜお前を尾行け回していたのか確認するつもりだ」


しかしトムソンが敬語を使う相手って……


首を捻っていると、マルコ達が騒ぎ出した。


「ちょ、ちょっと待って下さい。そんな話、聞いて無いですよ?」

「そうです。この男は別に犯罪者というわけではありません。ただ単に、何かの理由でカースさんを尾行け回していただけです!」

「こうして捕らえたのだから、カースが一言、“仲裁”は取り下げる、と言えば済む話だ!」


いやだから、俺はもし万一『ござる』野郎をこいつらが本当に捕まえる事が出来たとしても、無条件に“仲裁”を取り下げる、なんて話は一言もしていないのだが。


そうこうする内に、その“さるお方”が、ギルド職員に案内されてやって来た。


「イネスさん!?」

「おはようございます、カース殿」


今日の彼女は、昨日のランチの時とは異なり、銀色の甲冑に身を固めている。

トムソンが改めて彼女を俺達に紹介した。


「こちらにいらっしゃるのは、例の爆発騒ぎの調査のため、帝都から来られた深淵騎士団副団長、イネス・ナタリー・ジョゼ・ヴィリエ卿だ。皆、粗相のないようにな」


イネスがマルコ達に視線を向けた。


「あら? あなた方は確か……」


すっとぼけた感じでそう口にするイネスの顔を、今更ながら思い出したのだろう、マルコが声を上げた。


「お、お前はあの時の!?」

「マルコさん」


ユハナ達が、そっとマルコをたしなめる中、トムソンが意外そうな顔になった。


「ん? なんだ、お前達もヴィリエ卿イネスの事を見知っているのか?」


イネスが満面の笑みになった。


「はい。昨日、カース殿と昼食をご一緒させて頂きました帰り、この方々とお会いしまして、“顔だけ女”との評価を頂きました」


トムソンの顔が引きつった。


「お、お前達?」

「ちが……モガフガ」


口を開きかけたマルコの口元をハンスが素早く抑え、代わりにユハナが言葉を返した。


「昨日、私ども、指名依頼のお話を頂きまして、レスター様のもとに向かう途中、カースさんとイネス様にお会いしたのです。その際、久し振りの指名依頼に、浮かれ過ぎていたマルコが少し羽目を外してしまいまして……」


そして深々とイネスに頭を下げた。


「昨日は不快な思いをさせてしまいまして、申し訳ありませんでした。マルコも反省しておりますので、どうかご容赦下さいますよう、お願い申し上げます」


同時にミルカとハンス、そしてマルコも頭を下げた。

但しマルコのそれは、どう見てもハンスの強力ごうりきで、無理矢理やらされている感が半端ない。

イネスは満面の笑みのまま、【黄金の椋鳥むくどり】の連中に言葉を返した。


「気にしていないので顔を上げて下さい。初対面にも関わらず、“顔だけ”でも評価して頂いて、むしろとっても気分が良くなりましたから」


……うん。

間違いなく、イネスは怒らせたらヤバいタイプだ。


トムソンが引きつった顔のまま、声を掛けてきた。


「ま、まあ、とりあえず、ヴィリエ卿イネスもお忙しい中、こうしてご足労頂いていますので、まずは検分の方を……」

「そうでしたね」


イネスは改めて猿轡を噛まされている男に顔を向けた。

そして一言。


「この男は、カース殿の尾行者ではありません」

「本当ですか?」


イネスはうなずきながら、トムソンに言葉を返した。


「ええ。それどころか、ニンジャでもありません」


そしてつかつかとその男に近付き、やおら口元の猿轡さるぐつわを取り去った。

イネスの眼光が一気に鋭くなった。


「実は昨日、【黄金の椋鳥むくどり】から“顔だけ”評価して頂いた後、カース殿の尾行者を実際、この目で確認しています」

「なんと……」


驚くトムソンを横目に、イネスが男を問い詰めた。


「なぜ嘘をついた?」

「う、嘘なんて……」


男の目が泳いでいる。


「返答には気を付けよ。場合によっては、お前を帝都に連行せねばならなくなる。その意味は……分かるな?」

「ま、待ってくれ! 俺はただ、頼まれただけなんだ!」

「メンダークス! てめぇ……モガフガ」


マルコが叫び声を上げ、それをハンス達が慌てて抑え込むのが見えた。

どうやら、やはり茶番だったようだ。


イネスは【黄金の椋鳥むくどり】の連中に一瞥をくれた後、再び男――どうやら、メンダースって名前らしいけれど――に視線を向けた。

そして先程よりは少し優しい口調で問い掛けた。


「詳しく事情を話しなさい。あなたが犯罪行為に手を染めていなければ、情状酌量の余地は残っていますよ」

「実は……」

「お待ち下さい!」


話し出そうとする男の機先きせんを、ユハナが制した。


「イネス様、少々、贔屓ひいきが過ぎるのでは御座いませんでしょうか?」

「贔屓?」


ユハナが頷いた。


「イネス様はカースさんと親しくお食事を共にされる間柄。そのようなお方が、しかも深淵騎士団副団長としての権威を振りかざして尋問を行うのは、公平とは申せません!」


ユハナの言葉に、イネスの目が細くなった。



――◇―――◇―――◇――



次回の更新は未定で御座います。

楽しみにして下さっている方がいらっしゃいましたら、気長にお待ち頂けますと幸いです。


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