第36話 ユハナが意外な事を言い出した


6日目2



殺される?

何の話だ?


俺はユハナをまじまじと見つめてしまった。

彼女が声をひそめた。


「実はマルコさんから脅迫されているのです。カースさんが“仲裁”を取り下げなければ、それはお前の責任だ。“仲裁”の結果次第では、【黄金の椋鳥】の全員が多大な不利益をこうむる事になる。そうなった場合、責任の所在を明らかにするのは当然だ。ダンジョン内で冒険者が命を落とすなんて“不幸な事故”は、よくある話だよな、と」


本当だろうか?

まあマルコの性格からして、十分あり得る話だけど……


「なんで俺が“仲裁”を取り下げなかったら、お前の責任になるんだ?」

「それは……」


ユハナの目に涙がにじんできた。


「私がカースさんの言葉を思い違いして、マルコさんに伝えてしまったからです。尾行者を捕まえたら、カースさんが“仲裁”を取り下げる、と……」

「そんな事情は俺には関係無いし、むしろ自業自得なんじゃないのか?」


この女が、俺を囮として生かしておくために、右足を再生させずに単に傷口だけを塞ぎやがったあの時の出来事、俺は決して忘れない。


「そう……ですよね……」


ユハナはしょんぼりうつむいてしまった。

なまじユハナが聖女様みたいに――って、本当に聖女の職に就いているけれど――柔らかくて優しそうな雰囲気を持っている分、なんだか俺の方が悪者の気分になってきた。

いかんいかん。

俺の方が被害者だぞ?

ここははっきり口に出しておくべきだ。


「お前、ドラゴニュートの大群から逃げる時に、俺の右足、わざと再生させなかっただろ?」


ユハナがハッとしたように顔を上げた。


「それは誤解です!」

「誤解? 誤解もくそも、ナナが再生してくれるまで、俺はずっと片足立ちだったんだぞ?」


まあ実際は、あの謎空間でナナに癒してもらうまで、地面を這いずり回ったり、逆さまに時間停止?していたから、片足けんけんしていたわけではないけれど。


ユハナが言いにくそうに口を開いた。


「実は……カースさんが私達のパーティーを抜けた後、私のスキルの多くが使用出来なくなったのです」


そう言えば、マルコもそんな話を口にしていた第15話っけ?


「どういう事だ? 言っておくけど、俺のスキル『技巧供与』は、パーティーから追放されたからと言って、誰かのスキルを奪うとかそんな効果は無いぞ」

「ですがその……実際、カースさんから供与してもらっていた【完救の笏】含めていくつものスキルが使用不能になって……ですからカースさんの足も再生してあげられなくて……背後からドラゴニュートの大群も迫っていましたし……」


そこで言葉を詰まらせたユハナがわっと泣き崩れた。


「お、おい……」


ユハナの様子に狼狽していると、ゴンザレスが駆け寄って来た。


「どうした、ユハナ!?」


彼女は嗚咽交じりに言葉を続けた。


「きっと……神様が私のような薄情な女には……癒しの力なんか……」


ゴンザレスが俺に非難めいた視線を向けて来た。


「なんか知らんが、男が女を泣かしちゃだめだ」

「おやじ、違うって!」


俺がユハナから聞いた話をゴンザレスに伝えようとしたところで、ユハナが顔を上げた。

彼女は袖で涙をぬぐうと、俺達に深々と頭を下げて来た。


「カースさん、ゴンザレスさん、取り乱して申し訳ありませんでした」


ゴンザレスが心配そうに声を掛けた。


「大丈夫か?」

「はい。それで……」


ユハナが俺の方に視線を向けてきた。


「カースさんと話したいので……」

「そうか、分かった」


ゴンザレスは大きくうなずくと俺の背中をパンと叩いた。


「カース、ユハナをあんまりいじめるなよ?」


そして俺達に背を向けると歩み去って行った。

って、なんだよ、虐めるなって。

元々虐められたというか、殺されかけたのは俺の方なんだが。


そんな事を思っていると、ユハナが声を掛けてきた。


「ところでカースさん、話を戻しますと、相談があるのです」

「相談? そういやさっきもそんな事言っていたな」


ユハナは【黄金の椋鳥】が俺の尾行者を捕えてマルコ達が冒険者ギルドに連行中だ、と俺に告げた直後に相談云々と口にしていた。


「形だけでも“仲裁”を取り下げてもらえないでしょうか?」

「だからそれは……」


声を上げる俺をやんわり制しながらユハナが言葉を続けた。


「早とちりしないで下さい。あくまでも一時的に、です」

「一時的?」


どういう事だ?


ユハナの意図が読めず、俺は思わず首をかしげた。


「実は私はこの前のドラゴニュートの事件以前から、マルコが何度もあなたを陥れて殺そうとしていた事を知っています。その証拠も持っています」

「本当か!?」


確かにマルコの奴が俺を追放する機会を虎視眈々と狙っていたであろう事は容易に想像つくけれど、殺そうとしていた……というのはさすがに……いやしかし、実際あいつ、あの時躊躇ちゅうちょなく俺の右足斬り飛ばしやがったよな……


少し混乱していると、ユハナが話の続きを始めた。


「今から一緒に冒険者ギルドに行って、私達が捕らえた尾行者をトムソンさん立ち合いのもと見聞して下さい。そして納得したらその場で“仲裁”を取り下げる、と宣言して下さい。そうすればマルコは満足して私を殺そうとはしないはずです。その後、私は機会を見てあなたにマルコ達の悪事に関する証拠を全てお渡しします。それをどう使うかはカースさんにお任せします。ただその時は私を……」


ユハナがそっと俺に身を寄せて来た。

ショートボブに切り揃えられた青く綺麗な彼女の髪の香りが俺の鼻腔をくすぐった。


「……カースさんのパーティーに入れて下さい。あなたがいなくなって初めて、私は自分の気持ちに気付いたのです……」


ユハナが潤んだ瞳で俺を見上げて来た。


って、待て待て!

なんだこの展開?

まさか本当にマルコが!?

いやしかし、ユハナが単に色仕掛けで俺を上手く誘導しようとしている可能性も……


俺はユハナの肩を掴み、そっと俺から引き離しながらたずねてみた。


「その証拠とやら、冒険者ギルドに行く前に俺に見せてくれ。それならお前の話に乗ってもいいぞ」


ユハナの顔が曇った。


「証拠はパーティーハウスに置いてあります。カースさんもご存知のように、パーティーハウスはここからだとギルドとは逆方向。あんまり遅くなれば、マルコ達に勘づかれてしまう可能性もあります」


ユハナががばっと俺にしがみついて来た。


「カースさん、お願いです! どうか私にあなたにつぐなうチャンスを与えて下さい! 一言マルコの前で“仲裁”を取り下げると言って下さるだけで、マルコには真の地獄を、そしてあなたには至福の未来が約束されるのです!」



結局、とりあえず俺はユハナと一緒に冒険者ギルドに向かう事にした。

断っておくが、ユハナの女性らしい胸のふくらみを存分に押し付けられて、思わず判断を誤ったりした、なんて事実は断じて無い! はずだ。

朝食の残りを急いでかきこみ、宿を出た俺、ナナそしてユハナの三人は、8時前には冒険者ギルドに到着した。


1階の大広間に足を踏み入れた俺達の方に、待ち構えていたかのようにバーバラが駆け寄って来た。

彼女は明らかに不信感のこもった視線をユハナに一瞬向けた後、俺に話しかけて来た。


「さっきマルコ達が、あんたの尾行者を捕まえたって妙な男を連れて来たんだけど……」

「ああ聞いている。だから来たんだよ」

「そう……ま、実際確認してもらった方が早いわよね……」


ん?

なんかバーバラの物言いに妙な引っ掛かりを感じるけれど?


それはともかく俺達はバーバラの案内で、ギルドの地下にある訓練場へと向かった。

訓練場は文字通り、冒険者達が戦闘訓練を行う施設だ。

結構な広さがあるし、周囲を強力な結界で包み込む事も可能なので、冒険者達が捕らえた不審人物の尋問に使用される事もある。

訓練場では、マルコ、ハンス、ミルカ達【黄金の椋鳥】の連中、それにトムソンとギルドの魔法系の職員も一人、俺達の到着を待っていた。

マルコが俺に嫌な笑みを向けて来た。


「カース、約束通り捕まえて来たぜ?」


マルコはそう口にしながら、猿轡をかまされ縛られた一人の男を俺の方に突き出して来た。


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