第19話 嫌な事を思い出した


3日目4



時刻はいつの間にか、午後4時を回っていた。

俺達が地上へと階段を上がってきた時、『封魔の大穴』1層目以深へ続く階段脇には、待ち合わせだろうか? 数名の冒険者達がたむろしていた。

彼等の中に、俺の見知った冒険者が一人混じっていた。

俺よりやや身長の低い茶髪のその少年は、俺を目ざとく見つけて声を掛けてきた。


「あるぇ? カースさんじゃないすか。何してんすか?」


正直俺はこいつが苦手だ。

ゲロンという名のこの弓使い、マルコの舎弟だとかで、なぜかやたらマルコになついている。

だったら【黄金の椋鳥】に入ればいいと思うかもしれないが、実はパーティーを組めるのは5人までという人数制限がある。

ゲロンが冒険者になった2年前の時点で【黄金の椋鳥】は、マルコ、ハンス、ミルカ、ユハナ、そして俺、と定数5人に達していた。

まあ、あの頃既に俺は皆から小馬鹿にされ始めていたから、今思い返せば、マルコとしては、俺を追放してゲロンを入れるという選択肢もあったはずだ。

しかし聞いた話によると、ゲロンは、マルコの横に立っても恥ずかしくない位強くなるまでマルコと同じパーティーには入れない、とマルコに伝えていたらしい。

これだけ聞けば結構いいやつだと思うかもしれないが、冗談じゃない。

こいつはマルコにやたら懐いている。

つまり、マルコの言動は、すぐにこいつにも影響を与えるらしく、こいつは同じパーティーメンバーでも無い癖に、マルコ達と一緒になって散々俺の事を馬鹿にしてきた奴なのだ。


俺はゲロンを無視して傍を通り抜けようとした。

背後からゲロンの声が追いかけて来た。


「おかしぃなぁ~。【黄金の椋鳥】、今日は朝から40層に潜っているって聞いたんすけどねぇ~。なんでカースさんは別行動? あるぇ? もしかして、とうとう追い出されちゃいました?」


……こいつ、わざとか?

それと、そのヘンな喋り方やめろ!


そんなもやもやした気持ちが心の中に広がって行く中、後ろからゲロンに他の冒険者達が話しかける声が聞こえてきた。


「カースって、あのカースか?」

「ああ、あいつがね……」


くそ!

また妙な形で俺の顔が売れてしまった。

しかも絶対良い方向じゃ無くて、悪い方向への売れ方だ。


俺の顔を知らなくても、技巧供与者スキルギバーという世界唯一の職を持つ“冒険者カース”の名を知っている者は、そこそこいたりする。

とは言え、それは使えないハズレ職についたお荷物冒険者という風聞と共に、だ。


まあ実際、俺はパーティー加入時にあらかじめ決まったスキルを仲間達に自動で配分供与した後は、全く役立たずであった事は否定出来ない。

ステータスの成長速度は、他の奴らと比較して大体半分程度。

レベルが上がってもスキルも魔法も何一つ覚えない。

荷物はマジックボックスに収納出来るから、いわゆる“荷物持ち”として役立つ事も出来ない。

つまり、ダンジョン探索やモンスターとの戦闘では、何一つパーティーに貢献出来無いまま、ひたすら5人目の枠を占有し続けるという事だ。

一緒にパーティーを組んでいる以上、経験値は自動で等分されるし、報酬だって全く渡さない訳にはいかない。

そんなお荷物だからこそ、俺が最初に供与してやったスキルの魅力が色せた瞬間、追放されたのだ。


猛烈に嫌な気分になった俺は、足早にその場を立ち去った。



ギルドまで戻って来た俺達は、バーバラが受付を担当するカウンター前の列に並んで順番を待つ事にした。

そろそろ今日のクエスト達成報告の為にギルドを訪れる冒険者が増えてくる時間帯だ。

俺達が並んだ時には前に10名程しかいなかった列も、俺達の番が回って来る頃には、後ろに20名程が並ぶ状態になっていた。


バーバラが俺に笑顔を向けて来た。


「おかえり。で、また質より量作戦?」


朝、低層のモンスターの魔石を大量に持ち込んだ事を言っているのだろう。

今回もモンスターの魔石を大量に持ち込むわけだけど、事前の想定通りにまずは説明しておかないと騒ぎになる。


「その事なんだけどな……」


俺はカウンター越しにバーバラに顔を寄せようとした。

しかしバーバラは、なぜか慌てたように俺から距離を取った。


「ちょ、ちょっと!? 勤務中よ? そんな……困る……」


心なしか顔が赤い。

……って、なんで頬を赤らめているんだ?


「おい、バーバラ、いいからちょっと聞いてくれ」


バーバラが俺との距離をけた分、俺は自然、カウンター越しに、バーバラの方に身を乗り出すような姿勢になっている。

バーバラは上目遣いのまましばらくチラチラこちらに視線を向けて来た後、口を開いた。


「分かったわ。聞いてあげるから話しなさい。ただし手短にね。私まだ勤務中なんだから」

「いや、勤務中なのは見りゃ分かるって。それよりもう少し傍に来てくれないか。ちょっと他の奴には聞かせたくない大事な話があるんだ」


ここで普通の音量でナナの事情を説明したら、それこそ俺の思惑が全て台無しになる。

バーバラは、俺の顔、そして俺達の後ろに並ぶ列の方に視線を向けた後、ふぅっと息をついた。


「バーバラ?」


俺の再度の問い掛けに、彼女が真剣そのものといった感じの表情になった。


「私の美貌があんたの心を惑わせちゃったのなら、責任、取ってあげないとね……分かったわ。1時間待って。その時ちゃんと話を聞いてあげる」


ちょっと何言っているのか分からない部分もあるけれど、これ以上ごねたら後ろに並んでいる他の冒険者達の不興を買いそうだ。

実際、俺達のすぐ後ろに並んでいるドワーフの大男が、こめかみぴくぴくさせ始めているし。


「じゃあ1時間後に戻って来るよ。その時は……出来れば俺達だけで話をしたい。いいかな?」


バーバラがうなずいた。


「待っているわ」


そう答えた後、バーバラが一人で何かぶつぶつつぶやき始めるのが聞こえてきた。


「カースが真剣なら、私もその気持ちに向き合ってあげないと……」


ホント、何言っているのかよく分からないけれど、とにかく1時間後に仕切り直しだ。

当初の予定通り、ナナが実は相当な実力者だったお陰で、モンスターの魔石を大量にゲット出来たって説明して、リュックサックマジックボックス内の魔石を――さすがにウロボロスの魔石は色々問題発生しそうだから別にして――全部換金してしまおう。

で、まずはナナ用に最低ランクのリュックサックマジックボックスを購入する事を目標に、お金を貯めていく。

あ、その前にナナに服、買ってやるか。

いくらなんでも、ずっと薄汚れた白い貫頭衣1着だけっていうのはさすがに可哀そうだろう。


そんな事を考えながら、俺達はなおも何かを呟き続けているバーバラのもとを離れ、ギルドをあとにした。



さて、1時間あるけれどどうしよう?

そういやナナは、ダレスの街の事、よく知らないんだったな。

良い機会だし、少し街を案内してやるか。

ついでにお店巡りもしておけば、ナナ用の服、買えばいくら位するのかも確認出来るだろうし。


俺は西日の射す中、ナナと二人、しばし街の散策を楽しむ事にした。


ダレスの街は、数百年前に突如として誕生した直径1kmにも及ぶ大穴状のダンジョン、『封魔の大穴』をさらにぐるりと囲むようにドーナツ状に街並みが広がる独特な構造をしている。

過去には、大穴を横断する橋の建設も試みられたらしいけれど、なぜか全て失敗したらしい。

というわけで、穴の向こう側の街並みに至るには、ぐるりと穴を周回せざるを得ない。


俺はその最も内側の周回道路を反時計回りに歩きながら、視界に映る街の情景について、ナナに解説してやった。

歩いて行くと、転移陣ポータルゲートが見えて来た。

周囲に十数名程の人々が集まっている。

興味本位で近付いてみると、その中に数名の冒険者達に囲まれて立っている冒険者ギルドのマスター、トムソンの姿を見付けた。

彼の方もまた、俺達に気が付いたようで、笑顔を向けて来た。


「カースじゃないか。朝はすまなかったな」

「いえ、とんでもないです。ところで何しているんですか?」

「ああ、お偉いさんの出迎えだ」

「お偉いさん?」


話していると、今まさに誰かが転移して来たようで、直径3m近くあるその転移陣ポータルゲート上に、複数の人物が揺らめきながら出現した。


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