第3話 謎の美少女に出会った


1日目3



俺を取り囲んだドラゴニュート達が、まるでお互い会話を交わすかのように、ギョエギョエ奇妙な声で鳴き合っている。

ふいにその内の1匹が、俺の左足をつかむと逆さに吊り上げた。

ちなみにドラゴニュートは、身長2mオーバー。

対して俺は、身長165cm。


逆さに吊り下げられた俺に、他のドラゴニュート達が顔を寄せて来た。

腐った卵のような臭いのする奴らの呼気が、俺の鼻を直撃する。


「た……助け……」


無駄と分かっていても、思わず命乞いの声が漏れた。

途端に、周囲のドラゴニュート達が、ドッと湧いた。


「ギョギェギェ?」

「ギャギャギャ!」

「ギギャギョ!」


何を言っているのか当然さっぱり分からなかったけれど、嘲笑されているらしい雰囲気だけは伝わってきた。

そして、俺を逆さに吊り上げていたドラゴニュートが、俺を無造作に放り投げやがった。

俺の身体は軽く数m以上は宙を舞った後、床に数回バウンドしてから停止した。

全身に、骨が砕かれたような痛みが走る。

しかしともかく解放された!?

俺は必死に顔を上げた。

幸い、投げ捨てられたのは、奴らから見てこの階層からの出入り口方向だった。

奴らは階層の出入り口を通過する事は出来ない。

つまり、俺が生き延びるためには、このまま這ってでも出入り口に辿り着く必要がある!

這いつくばった姿勢のまま、左足と両手で懸命に前へ進もうとした矢先、再び俺は逆さまに吊り上げられた。

ドラゴニュートの醜悪な顔が再び近付けられる。


「ギョギェギェ?」

「ギャギャギャ!」

「ギギャギョ!」


奴らがひとしきり騒いだ後、俺の身体は再び宙を舞った。


畜生!

こいつら完全に遊んでやがる!


悔しさで噛みしめた奥歯が砕けそうになるけれど、俺に出来る事は、ひたすら出入口方向に這い進む事のみ。


少し這い進む。

逆さに吊り上げられて嘲笑される。

投げられる。

また少し這い進む……


無限に続くかと思われたそのループは、何回目かに放り投げられた時、いきなり終わりを迎える事になった。

朦朧とする意識の中、顔を上げた俺の視界に外の光が差し込む出入口が大きく見えた。


やった!

ついに、ここから脱出出来る!!


しかし俺の伸ばした右手は、その光を掴む事が出来なかった。

気付くと俺の視界は逆転していた。


ドラゴニュートの醜悪な顔が近付き、卵の腐ったような臭いが鼻をついた。


「ギョギェギェ?」

「ギャギャギャ!」

「ギギャギョ!」


周囲から、もうトラウマになりそうな位記憶に刻み込まれてしまった、奴らの下品で意味の分からない鳴き声が沸き起こる。


逆さに吊り上げられながら、俺はぼんやりと考えていた。


こいつ、きっと出入口とは真逆の方向に投げ返すつもりだな。

で、また元の無限ループ地獄に逆戻り……

死ぬまでこのままもてあそばれるなら、いっそ……


ところが意外な事に、ドラゴニュートは俺を出入り口方向に思いっきり投げ飛ばしやがった。


で、出られる!?


喜んだのも束の間、俺の身体は何度かバウンドを繰り返し、勢い余ってそのまま、通路を飛び出してしまった!

通路の穴側に柵みたいな気の利いたものは設置されてはいない。

当然その先には、底が見えない大穴が待ち受けている訳で。


一瞬、身体を嫌な浮遊感が包んだ後、俺は猛烈な勢いで、大穴の底へと落下を開始した。

真上に見える外の光がどんどん小さくなっていく。

しかし落下は止まらない。

やがて周囲は完全な闇に包まれた。


これ、底に墜落したら潰れて即死だな……

なんて人生だ。

ろくな事が無かった。

もし生まれ変われるのなら、次はもっと……

俺はそのまま目を閉じた。

…………

……


……

…………

まだ意識が有る。

つまり、まだ俺は死んではいないようだ。

という事は、まだ落下中か?

あれから数時間以上経過したように感じるんだけど……?

いくらなんでも、時間、かかり過ぎじゃ無いか?


俺はそっと目を開けた。

目の前に顔があった。

能面の様に表情が無く、しかも……なぜか逆さま。


…………


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!?」


俺の口から悲鳴がこぼれ出た。

しかし人間、現金なもので、しばらく叫んでいると、心が落ち着いて来た。

俺は呼吸を整えながら、改めて目の前の顔を観察してみた。

青白い瞳、白い肌、信じられない程整った顔立ち、肩口にかかる位の白い髪……

見た目は十代前半の少女といった風情だ。

首から下は……

視線を向けると、白っぽい薄汚れた貫頭衣のようなボロ布に覆われた小柄な胴体、細い手足も見て取れた。

ただし逆さまだけど。


……いや、もしかして俺が地面に対して逆さまになっているだけで、彼女は普通に立っているのか?


俺の頭上、すなわち彼女の足元に視線を向けると、そこには確かに地面と呼ぶべき場所が確認出来た。

白くひたすら滑らかな、材質不明の素材で覆われた地面というか床。

その続く先を確認しようとした俺の目に、異様な光景が飛び込んできた。


無数の人々が、まるで時が凍り付いたかのように空中に縫い留められていた。

或る者は俺と同じく逆さまに。

また或る者は、俺とは逆、地面に足を向けて。

老若男女、服装も様々なその人々には、一つだけ共通点が存在した。

皆一様に、地面から1m以上浮いているのだ。


「お、おい……」


俺はすぐ近くでやはり俺と同じく逆さまになっている戦士風の中年男性に話しかけてみた。

しかし返事は無い。

それどころか、目玉一つ動かさない。

まるで彫像の如く、表情そのものが固まっているように見える。

その時、俺は重要な事に気が付いた。

俺自身も、目玉一つ動かせなくなっているのだ。

ただ意識や感覚はある。

声も出せる。

しかし、身動き一つ取れなくなっている……?


俺は再び目の前に立つ少女に視線を戻した。

“視線を戻した”とは言ったけれど、実際は目玉一つ動かせないから、意識を少女に戻した、という言い方の方が正しいかもしれない。

ともかく、少女に意識を向けた俺は、彼女の身体がゆらりゆらりとゆっくり揺れているのに気が付いた。

この動きが一切無い世界で唯一“動いている”少女。


俺は、彼女に話しかけてみた。


「な、なあ……お前、何者だ?」

「……?」


少女は小首をかしげて、困ったような表情になった。


「ここ、どこだか分かるか?」

「……?」


少女は僅かに眉をひそめるのみ。


「言葉、分かる?」

「……?」


理由は不明だけど、どうやらコミュニケーションは無理そうだ。

しかしこの訳の分からない空間で、彼女は唯一“動ける”存在だ。

俺がこの状況を脱出するためにも、なんとか彼女の助けを得たい所だけど……


そうだ!

パーティーリーダーは、パーティーメンバーの簡単なプロフィールを閲覧出来たはず。

彼女とパーティーを組めば、少なくとも彼女の名前やスキル等、最低限度の情報が得られるだろう。

俺はメニューウインドウを呼び出した。

その中のパーティー編成をクリックした。

ちなみにこの一連の動作は、念ずるだけで実行される。

実際に指を動かしたりする必要は無い。


ポップアップが立ち上がる。



―――ピロン♪


『新しくパーティーを編成しますか?』

▷YES

 NO



当然▷YESを選択。



『パーティーの名前を決めて下さい』

_ |_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _


どうしよう?

まあ、とりあえず今の状況を打開したいだけだし、適当な名前でいいかな…….



【死にぞこないの道化】|



うん、今の俺にぴったりだな。

自虐気味につぶやいて決定すると、ポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪


『パーティー【死にぞこないの道化】を編成しました』

『あなたがパーティーリーダーです』

『あなたの周囲5m以内にいる人物に対して、パーティーへの加入を勧誘出来ます』

『探しますか?』

▷YES

 NO



当然、▷YES



探しています……

……

............



『以下の人物を勧誘出来ます』

1.???



よし、名前選択……

ん?

名前が『???』?


仕方なく、俺はその1.??? を選択した。



―――ブブッ!



『名前を持たない人物は勧誘出来ません』



……

なんだよ!

それなら、最初からリストに載せるなよ!

と叫びたいのを我慢して……


俺は、目の前の少女に問いかけた。


「俺はカースって言うんだ。君の名前、教えてくれないかな?」

「……?」


少女は小首を傾げるばかり。

と、俺はいつの間にか立ち上がっていた小さなポップアップに気が付いた。



【???に名前を与えますか?】

▷YES

 NO


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