第2話 追放を取り消してくれと泣きついた


1日目2



「一応、理由を聞いておこうか?」


俺の言葉に、マルコがやれやれといった表情で言葉を返してきた。


「だってお前、全っ然役に立ってないじゃん」

「何言ってんだよ!? 誰のおかげでお前、【必貫の剣】なんて凄いスキル、使えるようになっていたと思っているんだ?」

「まあ、初心者ブースト用には役に立ったと思うぜ。だけど俺は今やレベル40の剣聖だ。お前のヘボスキルの代わりになるスキルなんて、もう山のように持っているっての。分かる?」


マルコが必要以上に顔を近付けて来た。

どうやら全力で俺をあざけっているんだって事をアピールしたいらしい。


「そうだ。確かに最初は感謝した。しかし最初だけだ。レベルが上がればスキルも増える。今やお前が供与したスキル無しでも俺は無双の盾役をこなす事が出来ている。それに引き換え、お前はどうだ?」


ハンスが冷ややかな視線を向けて来る。

どうだ? と言われれば、確かにぐぅのも出ない。

俺はこの4年間、レベルこそ皆のお陰で40まで上がったけれど、新しく覚えたスキルは皆無。

おまけにステータスの伸びもなぜか異常に悪く、皆の半分位の数値しかない。

皆に隠れて身体を鍛えたり、武器や魔法の練習をしてみたりしているけれど、さっぱり効果は現れない。


「あんた、いつも私達の後ろからただ付いて来ているだけじゃん。それなのに、経験値も報酬もちゃっかりゲット。何もしないでうまい汁だけ吸っているあんたみたいなの、なんて言うか知っている?」


ミルカが、酷薄な笑みを浮かべながら俺に“答え”を求めてきた。

どうせ、“情けない寄生虫でごめんなさい”とでも言わせたいんだろう。

くそっ!

知らず視界がにじんできた。


「皆さん、その辺にしておいてあげましょう。ほら、カースさん、泣いていますよ?」


ユハナが気の毒そうな声音こわねで皆をたしなめた。

ん?

たしなめているのか、コレ?


「泣いてなんか……」


俺は不機嫌そうに皆から顔を背けながら、そででそっと目のふちぬぐった。


「カースさん」


ユハナが真剣そのものの顔で俺に話しかけてきた。


「先程も申しましたが、これはあなたのためでもあるのですよ」

「……なんで追放されるのが俺のためになるんだよ?」

「あなたと私達では、もはや天と地くらいの差が開いてしまっています。これ以上、私達と行動を共にしたら、カースさん……」


ユハナが心底気の毒そうな表情のまま、言葉を続けた。


「あなた、いずれ死にますよ?」


……つまり、戦闘力皆無の俺は、こいつらと一緒にダンジョンに潜り続けていたら、いずれどこかでモンスターに殺される。

そうなる前に、身の丈に合った他のパーティーなり、生き方なりを見付けろって事だろう。


「百歩譲って、その通りだとしてもだな」


俺は“元”仲間達の反応を確認しながら言葉を続けた。


「なんで“今”なんだよ!?」


そう。

ここは『封魔の大穴』40層。

出入り口まではまだ大分距離のある場所だ。

こんな所で放り出されれば、それこそ俺の死亡フラグが確定する。


「そりゃお前、今から俺達が経験値稼ぎするからじゃねぇか」


マルコが呆れた感じで言葉を返してきた。


「経験値稼ぎ?」


マルコが少し先に見える、玄室に通じているらしい扉を指差した。


「あの扉の向こうは、情報によれば、モンスターハウスになっているんだとさ」


モンスターハウス。

それはダンジョンに時々設置されている罠の一つだ。

足を踏み入れると、玄室一杯に、モンスターがあふれ出してくる。

同じ場所で大量のモンスターを相手にし続ける羽目におちいる冒険者達は、やがて力尽きて行くってやつだ。

ただ、マルコ達程の強者になれば、そこモンスターハウスは短時間で大量の経験値が稼げるおいしい狩場って事になるのだろう。


「お前なんかが足を踏み入れれば瞬殺だ。可哀そうだから、ここでちゃんとおさらばしてやろうっていう俺達の優しさが分かんねぇかな~」


なるほど。

ここで自分達が汗水垂らして稼ぐ経験値、もはや俺なんかには1たりとも分け与えたくないって事だろう。


「じゃあ、なんでダンジョン潜る前に言わなかったんだ?」

「だってなぁ……」


マルコが、ハンスやミルカ達と視線を合わせながら、嫌な笑みを浮かべている。


「4年も仲間だったんだ。追放するにしても、なかなか踏ん切りがつかなかったっつうか、なあ~」


踏ん切りがつかず、つい今まで先延ばしにしてしまった、とでも言いたいのだろう。

だけど俺には分かる。

こいつら、俺が一番絶望感をあらわわにするであろうこの場所をわざわざ選びやがったんだ。


「そんなに俺が憎いのか?」

「憎い?」


マルコがわざとらしくキョトンとした顔をして見せた。


「憎いわけないだろ? 仮にも4年も“仲間”だったんだしよぉ」


俺は土下座をした。


「頼む! せめて入り口まで送ってくれ! でないと俺は……」


今度こそ、あふれる涙を止められなくなった。

どんな風に見られてもいい。

今はとにかく生き延びないと。


ミルカがうんざりした様子で声を掛けて来た。


「あんた、プライドって無いの?」


そんなモノにこだわって、命を落とす方が馬鹿らしい。


「頼む!」


地面に額をこすりつけてみたけれど、上から唾を吐きかけられただけだった。


「行こう」


ハンスの一声に、俺以外の“元”仲間達が腰を上げた。


「お、おい……待ってくれよぅ……」


俺の懇願もむなしく、“元”仲間達は、中がモンスターハウスになっているという玄室に続く扉を押し開け、中へと消えて行った。



一人取り残された俺は、進退きわまっていた。

ここから40層の出入り口、『封魔の大穴』の壁面までは、30分近くかかる。

当然、モンスターも出現するだろう。

ところが俺の今の装備は、しょぼい革鎧にちょっとだけ魔法で強化されたショートソード1本。

元々、戦闘中は皆の影に隠れているだけだったから、そんな程度の装備でも間に合っていたのだ。

ちなみに、細々こまごまとしたアイテム類は、冒険者なら誰でも持っているマジックボックスの中に収納している。

マジックボックスは、見た目、小型のリュックサックだ。

内部は亜空間に繋がっており、ランクが高い品ほど、収納量が増す。

まあ俺が持っているのは、最低ランクの品だけど、それでも1回ダンジョンに潜る程度なら、十二分に役立ってくれている。


それはともかく、俺が生き残るためにはどうするべきか?

……

仕方ない。

やはり、むかつく連中だけど、あいつらが満足して玄室モンスターハウスから出てくるのを待つしかなさそうだ。

出てきたら多分、街に戻るだろうし、例え同じパーティーでは無くなっていても、あいつらについて行けば、途中のモンスターは、あいつらが全部斃すはず。


我ながら、まさに寄生虫のような生き方。


自嘲気味のおかしさが込み上げて来たまさにそのタイミングで、少し向こうの玄室モンスターハウスの扉が、勢いよく開け放たれた。


ん?

早過ぎないか?


と思う間も無く、全身傷だらけになったマルコ達が、血相を変えて、こちらに向かって走ってきた。


???


頭の中が疑問視で埋め尽くされそうになったけれど、次の瞬間、俺も立ち上がって、一目散に逃げ出した。

傷だらけのマルコ達を追いかけるように、大量のドラゴニュート竜人達が、玄室からあふれ出て来たのだ。


「畜生! 畜生! 畜生! どうなってんだよぉ!」


マルコが何かをわめいている。

その後方で攻撃魔法によるものと思われる、大きな爆発音が複数回聞こえてきた。

ドラゴニュートは確か、攻撃魔法を使用しなかったはず。

という事は、恐らくモンスター達の追撃を阻むために、ミルカが魔法を放っているのだろう。

と、瞬く間にマルコに追い付かれてしまった。


「お、おい、どうなってんだ?」


震える声で並走するマルコに問いかけた。

マルコは後ろをチラッと振り返り、そして俺の顔を見た後、いきなり右手の剣を振った。


「えっ!?」


踏み出したはずの俺の右足が、地面を踏みつける事無く、宙を舞っているのが見えた。

そして俺は、その場に転がり倒れてしまった。

一拍おいて、激痛が襲ってきた。

右足をももの付け根から斬り飛ばされた!?

なんで!?


斬られた部分から大量の血が吹き出し、地面でのた打ち回る俺の横をハンス、ミルカ、そしてユハナが無言で駆け抜けていった。

いや正確には、ユハナだけは駆け抜ける際、俺に右手を向けて何かを呟いた。

途端に出血は止まり、痛みが引いていく。

だけど足は……

なぜか右足は再生していない!?

ユハナなら四肢欠損の回復なんて、居眠りしながらでも可能なはずなのに!?


駆け去って行く“元”仲間達の後姿に視線を向けながら、おとりにされたのだと気付いた時にはもう遅かった。

気が付くと俺は、ギョエギョエ奇妙な叫びをあげるドラゴニュート達に取り囲まれていた。


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