第19話 甘い木の実
街に行った時はラキが緩和してくれてたから、大分マシだったけど。本来は近付くことすら難しいんだよね。
あっ、でもメートさんとふたりっきりでも平気だったから、意外とイケるかも。まあ、実際にやってみないとわからない。
「……そっか。頑張って」
『ええ、これもエリのためだから。それじゃあ、やるからね』
どうなるかひやひやしながら、目をつむる。数十秒に『目を開けてもいいわよ』と言われたので、おそるおそる目を開けた。
そこには、かわいいというよりも綺麗な女の人がいて、白いワンピースを着ている。茶虎模様の靴も履いているみたいだ。よかった、ちゃんと服があるみたいで。安心してため息をついた。
「変なところはない? どうかしら?」
「うん。綺麗だと思うよ。でも寝室は靴を脱いでね。よごれちゃうから」
「わかったわ。問題ないようだし、からあげを持っていくから。エリは休んでいてね」
「そうだね。ちゃんと休むよ」
ラキがからあげを持って部屋を出ていった。それにしても、驚くほど何も起きなかったな。流石はネコといったところかな。バランス感覚凄い。
それに俺の人間嫌いも出てこなかったようだし。正直、それが一番驚いた。ラキを拒絶しなくてよかった。でも、なんで平気だったんだろう。
見た目は人でも中身は動物とわかっていたからなのか、それともたまたまなのか。でもそういうのってわかっていても、怯えたりするものじゃないのかな?
もしかして契約していることが、この状態に関わっていたりするのか? だけど契約については軽く教えてもらっただけ。ラキならわかるかもしれないけど……。
うーん、謎が増えていくばかりだ。とにかく今は何も起きなかったことに喜ぼう。わーい。
ところで、もう膝が痛いの治ったかな。試しに立ってみよう。スッと椅子から立ち上がる。あれ、痛みがない? 膝を曲げたり伸ばしたりしても、痛みが来ない。
良かった。痛まないみたいだ。ということは治ったのかな。だが、まだ安心してはいけない。治りたてはすぐ痛みが戻ってくる。
ここで調子に乗ってジャンプでもしたら、痛いのが来るに決まってるんだ。だから油断は禁物、あと数分は大人しくしておこう。
特にすることもないから、椅子に座ってボーっと窓から見える景色を眺めているとラキが来た。
「ちゃんと大人しくしてたわよね? まさか、立ったり座ったりなんかしてないわね?」
「いや、立ったけど痛くなかったし。治ったみたいだよ?」
そう言うとラキは手を額に当ててため息をついた。そんなに駄目だったのかな? 俺はイケると思ったから、試してみたんだけど。
「全く仕方ないわね。無茶はしたら駄目よ」
「無茶はしてないから大丈夫」
「そういうところが心配なのよ……。まあ、今はそれの話し合う時間がないからあとでするわ」
「うん」
「それじゃあ私たちは出かけてくるから、留守番お願いするわね」
「わかった。何をくれるか楽しみにしてるね」
ラキがネコに戻って部屋を出ていった。俺は今の内に夕食の料理の量を増やしておかないといけない。二人分だけだと圧倒的に足りないよね! 照り焼きを増量させていこう。
私たちはエリにあげるものを探しに出かけたわ。何か良いものはないかと森の中を探していたら、甘い香りがする。嗅いだことがないにおいを不思議に思って顔を見合わせる。
ヒリーは首を横に振った。フチー、ミカ、ヨル、ユイも首をかしげる。皆心当たりがないみたい。
でもユイがそわそわし始めて、ついに耐えきれなくなったのか「私、行ってくる……!」と言ってそっちに行ってしまったのよ。
少ししてユイの「何これ、美味しい……!」という言葉に、ヨルが「ユイがあそこまで言うものを食べないのはもったいない」と言ってそっちに向かっていったわ。
ヨルも「美味しい!」と声が聞こえる。それにつられるようにヒリーとフチー、ミカも続けて行ってしまった。
「全く、人間の仕業だったらどうするのよ」と文句を言いながら、そこに向かう。
例え何があっても私は誘惑なんかされないわと意気込んでいたのに、危うくそうなるところだったのよ。だってあんなに美味しそうなものが沢山あるなんて思ってもみなかったわ。
だって甘い香りがする木に登ると実からそのにおいがするの。その実を割ると、見たこともないものと一緒にあの甘い香りが広がるのよ?
実の中身の黄色と茶色のものが気になって一口食べると、それはもう大変美味しかったわ。
黄色の部分を口に入れた瞬間、甘さが来てとろけてしまったの。上にある茶色の部分も黄色のところと一緒に食べると凄く美味しいのよ。
気が付くといつの間にか全部食べてしまったわ。なんなのかしら、この食べ物は。
ヒリーたちが食べているのを見ると、実の中身は他にも種類があるみたい。丸いものとか四角いものとか三角みたいなものとか。同じ三角のものでも味が違う。
色々食べてみて思ったけど、これはエリのお礼にピッタリね。きっと喜んでくれるわ!
ヒリーたちに言って集めてもらった。こういう時のために持ってきた袋が役に立つわね。袋に入るだけ入れて、大きくなった私の背中に乗せて帰ることにしたわ。
それにしてもユイがこの木の実の虜になって、「ここから動かない……!」と言い出した時は、焦ったわね。だけどヨルがなんとか説得して渋々動いてくれたから良かったわ。
それにしても、今までそんな木の実は見かけたことがなかったのに。この森に詳しいヒリーたちでも知らなかったなんてよっぽどのことよ?
この森に何が起きているのかしら。悪いことが起きる前兆とでも言うの? 例え天変地異が起きたとして、エリは何をしてでも守るつもりではあるけど。
そんなことを考えていると、フチーが小突いてきた。
『怖い顔をしているわよ。あの子には見せられないわね。ほら、ちゃんとしなさい。不安なら私たちにあとで話せばいくらでも聞いてあげるから』
『そうね。少し悪い方に考え過ぎていたみたい。あとで相談させてもらおうかしら』
『あらあら、ラキも大人になったのね。前なんかすぐに、限界まで抱え込んで爆発していたのに』
『もう! そんなの三百年も前の話じゃない。子供の時の話しないで』
『はいはい。そんなに恥ずかしがらなくていいのに』
『恥ずかしがってない!』
『その顔なら大丈夫ね。ほら、エリちゃんが家で待っているわよ。早く行きましょ』
『そうね。……』
『ん? 何か言ったの?』
『何も言ってないわよ』
『そう? なら、良いんだけど』
つい、ありがとうなんて言ってしまったけど、聞こえてないならそれでいいのよ。それこそもっと恥ずかしいじゃない。
フチーと会話をしている内に家に着いたわ。いつものお礼をエリに早く渡したいわね。今にも走り出してしまいそうになるのを抑えて、家に入る。
夕食分の料理が一通り終わった頃に物音が聞こえてきた。きっとラキたちが帰ってきたんだろう。部屋を出てから階段を下りてラキたちを迎える。
伏せをしているラキの背中には何かが入った袋があった。これがお礼の品なのかな。袋の中を覗いてみると直径十五センチぐらいの丸い実が。
ぱっと見、調味料の実かと思ったけど明らかに大きすぎる。具体的には五倍ほど。それじゃないとなると、なんなのか。考えてみたけど、特に思いつかないから首をかしげる。
「これは何なの?」
『これはいつものお礼に持ってきたのよ。この中に甘い物が入っているの。美味しいから、食べてみて』
「甘い物、なんだろう?」
適当に捻ってみると、パカッと開いた。その中にあったものは、ショートケーキだった。どういうこと? まあ、わからないけどラキも食べてと言ってるから食べてみるか。
フォークを持ってきてから一口分を切って食べた。スポンジのふわふわ感、生クリームにイチゴの甘さが際立っている。うん、普通に美味しい。でも、冷えていた方がいいかな。
「美味しかったよ。これ、ショートケーキだよね。どこで拾って来たの?」
『これはショートケーキと言うのね。森の中に甘い香りの木があって採ってきたの』
『他にも種類があったのよ!』『色んな形の物があったわ!』『そうだ、そうだ!』『甘い物、たくさんあった』『私のおすすめは黄色と茶色のやつ』
「そうなんだ。となるとデザート系の物が入っている木の実なのか」
……偶然かな? だって前にほしいなと思ったやつが出てくるなんて、変だよね? あっでも前からあるんだったら、おかしくない。ラキたちに聞いてみるか。
「ねぇみんな、その甘い香りがする木の存在って元から知ってたの?」
『……いいえ、私も含めてみんな知らなかったわ。それがどうしたの?』
「いや、この前たまたまそういう物があったらいいなって思っていただけ。何かあるってわけじゃないよ」
『たまたまなのね?』『不思議ね!』『そうなの、そうなの!』『偶然だと思う』『そう何回も起きないはず』
みんな木のことは知らなかったんだ。そうだよね。だって中身にデザートが入っているんだ、動物たちが知っていたらびっくりするよ。
あとは人間たちが知っているかどうかだけど、調味料の実があの扱いだと知っている可能性は低いよね。
前に見た出店も大体味付けが塩だったし。醤油がなくても、ソースとかタレぐらいはありそうかなと思ったけどそれもなかった。
出店限定で塩味なのかもしれないけど。まあ、流石にそれはないと思うけどね。だから偶然にしては出来過ぎている気がするんだよ。
俺の要望に応えて作ってくれただけなら、気にする必要がない。あの神(?)をたまに拝むことになるだけで。
だけど、俺を拉致したのは許してないからな! 家族に会いたいのは変わりない。せめて別れの言葉くらい言いたかった。
元気にしているかな、妹。俺がどこに行く時も必ずと言っていいほどついてきたっけ。お姉ちゃんは異世界で頑張っているよ!
チラッと外を見ると、もう夕方みたいだ。家族のことの思い出を振り返っている時間はない。夕食の準備をしようかな。
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