願っても叶わない

兎的 まと

第1話 願って叶わない

 空に太陽が顔を出して明るくなった頃、俺はいつものように目が覚めた。今日は体育があるのか。面倒臭いな。そんなことを考えながら、いつものように顔を洗い、ご飯を食べ、歯を磨き変わらない通学路を歩いていた。

「おーい!太郎ーおっはよ」

声をかけてきたのは俺の一番の親友である哲郎だ。

「おはよ。お前は今日も元気だな」

俺は愛想なく答える。

「それだけが俺の取り柄だからな」

この男はいつもそう言うが、哲郎の取り柄はもっと沢山あると俺は思っている。口には恥ずかしくて出さないがな。

何か変わったことがあるとすれば、高校へ向かっている途中、哲郎が妙なことを言い始めたことだ。

「俺さー今日星座占い最下位だったんだよ。それがなんか腑に落ちなくて、母さんに今日の運勢を占ってもらったんだよ。そしたらさ今日は俺の史上最悪の日らしいんだ!」

そういえば、哲郎のお母さんは占い師なんかもやってたな。会ったことはないが、目が大きく鼻筋の通った顔をしていて、何よりも天然パーマが特徴的らしい。

「たかが占いだろ。気にするなよ」

俺がそう言うと、哲郎は真っ先に反抗してきた。

「いや母さん結構すごいのよ。恋占いとか当たるって言われてるしさ」

そうして俺を見るなり意を決したというような顔で言ってきた。

「だから、俺に何かあったら頼んだぜ。太郎!」

「……分かったよ」

頼まれても、俺にどうにかできる事なのかとも思ったが、俺は承諾することにした。

それは、軽い約束だった。


 下校に時間になり俺たちはいつもと変わらない通学路を歩いていた。

「珍しいな。お前が部活を休むなんて」

俺は帰宅部だが、哲郎はバスケ部に所属している。そのためいつもは一緒に帰らないが、今日に限っては哲郎の方から一緒に帰ろうと誘ってきた。

「今日は最悪の日らしいからさ。早く帰ってこいって言われてるんだ」

そんなことをまだ気にしていたのか。全く呆れたやつだ。そう思っている俺を責めるかのように道に捨ててあった空き缶が俺の額を叩いた。風の使者によって俺の額に飛び込んできたらしい。

「うぉ……」

コツンという音と共に衝撃が走った。額を抑えていると、隣で哲郎がニヤニヤとこちらを見ていた。

「何だよ」

「何それ!どういうこと!笑えるんだけど」

「うるせぇよ」

俺の災難を思い切り笑われ少し口調が荒くなってしまった。

「はいこれ!」

哲郎から手渡されたのは冷たいタオルだった。正直痛かったので有り難い。この男のこういうところも俺は取り柄だと思っている。社交的という表現で合っているだろうか。そういう人は大抵、陽気な人と仲良くなると思っていたが、一人で黄昏ていた俺を可哀そうとか思ったのか、哲郎の方から俺に話しかけてきた。ありがた迷惑と思っていたが、今では感謝している。哲郎との時間はなかなかに楽しいからだ。

哲郎は俺の冷静なところが良いと言ってくれたが、俺にはよく分からなかった。ただ俺も、今は恥ずかしくて言えないが、お前のこういうところが良いと言ってやろうと思った。お返しだ。

「今日は風は強いな」

今はそれしか言えなかった。


とその時だった。

通学路にあるラーメン屋の看板がガタガタっと音を立てているのが聞こえた。その瞬間、ガタンと音を立て、看板は俺をめがけて落ちてきた。

「危ない!太郎!」


えっ……。


一瞬のことだった。俺は確かに突き飛ばされた。そして俺を突き飛ばしたのは哲郎だとすぐに分かった。


目の前で哲郎は看板の下敷きになっていた。


「おい!哲郎!大丈夫か!」

俺は咄嗟に哲郎の方に向かった。そして急いで救急車を呼んだ。しかし、電話が繋がることはなかった。電波が圏外になっていたのだ。俺は思わず携帯電話を投げ捨てた。

「くそが!」

看板を動かすことも検討したが俺だけの力ではどうにもならなかった。

「おい哲郎!」

何度呼びかけても哲郎は返事をしなかった。

「だ、誰か、誰か助けて下さい!」

必死に呼びかけるも誰からも返事は返ってこなかった。

なんでだよ。俺がどうにかするって約束したのに、どうして俺が助けられるんだよ。あんな軽い約束しなければよかったのか。俺が承諾してしまったが為に運命が変わってしまったのか。

根拠もない論理が頭の中をグルグルと回っていた。

せめて伝えれば良かった……。

ほっとけば良かっただろ。お前は陽気な友達を作って、青春を謳歌すればよかっただろ。だけど俺みたいな人間を捨てられなかった。

そういうどうしようもなく馬鹿なところが好きなんだと伝えれば良かった。

目を開けてくれよ!哲郎!

どれだけ願っても哲郎は目を開けなかった。

「おい!」

自分の声が道に響き渡るのが分かった。こんなに叫んだのは初めてじゃないだろうか。

「待ってろ。今たすけ……」

ガタン。

この音。さっきも同じような音を聞いた。そして後ろを向いた時、俺は死を悟った。

向かいの美容室の看板が俺をめがけて落ちてきた。



「はっ!」

気が付いたらそこはベンチだった。なんだ夢か。嫌な夢を見てしまった。よくよく考えれば変なところは幾つかあった。

俺はベンチから立ち上がり、その足取りで哲郎の元へ向かった。夢とはいっても信用できないと思ったからだ。何もかもをすり抜けて、真っすぐに哲郎の元へ向かった。

今日は並木のある先の公園で落ち合おうと約束したからそこにいるはずだ。しかし、待ち合わせをした公園に着いても奴の姿はなかった。

「あの、すみません」

俺は天然パーマの女性に話しかけた。道に花を添えているところだった。

「……。」

返事はない。それもそうか。

俺は、別の場所を探すことにした。それから数分走ったところで呼び止められた。

「おーい太郎!」

哲郎だった。

「お前探したぞ」

俺は少し怒りを込めて言う。

「何をそんなに急いでるのさ」

哲郎は不思議そうに尋ねてきた。

「お前が死ぬ夢を見てな。変な夢だよな」

すると哲郎は、がははと声をあげて笑った。

「それは本当に変な夢だね」

そして、こう付け加えた。







「俺たち、もうとっくに死んでるのにさ」

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