未来家族
龍冶
第1話 私はキメラ?
ペニーは カサンドラを探しに家を出た。ピアノのレッスンの時間だ。でもどこにもいない。お気に入りのサッカーチームのクリーム色のTシャツも無い。おそらくカサンになっているのだ。近所の公園にいってみた。案の定、クラスメイトたちと走り回っている。見ていると他の子よりずいぶん早く走る。シュートも正確で、とても13歳とは思えない抜群の身体能力だ。
ペニーはカサンドラを見ながら姉アンのことを思い出していた。あのとき、あんな事言ったせいでアンをやる気にさせちゃったかな。ペニーはいつものようにくすっと苦笑いをした。
「ペニー。今なんて言ったの」
「だから、私合格したの。EPにね。だから応募できるのよ。彼と一緒に地球を脱出するの。あなたは最初からやる気無かったけれど私は2年前から計画してたの。あきらめなかったのよ。あなたと違って。やる気があればEPなんてちょろいものよ。あ、だけどアンはどうあがいても実技で落ちちゃうかもね。あなたはいつもドンくさいから。そうそう、叔父さんちに言って早く申し込んでこなくちゃ」
そう言って彼ら新人類達の連絡係である叔父、依田ジョーの所へ行った。もうそのころはズーム社のたくらみは、だんだん新人類以外の一般人たちにもうわさになっていた。新人類のDNAを使って自分たちに都合の良い人間を新しく作ろうとしていた。ズーム社は表向きは地球最大大手のシステム会社だが、実の所は地球の政治経済を牛耳っていた。システムコンピューターで、すべての人々を監視し支配している。警察・軍隊もほぼ手の中にあった。ほぼというのはEP(地球警察)の中にはそれを良しとは考えていない幹部がいた。あのころはまだ。だから秘密裏に新人類たちが、ちょうどあの次期に新しく発見された星、人がなんとか住めそうな星に移住する計画を助けていた。そして叔父もそのメンバーの1人だった。叔父の自宅がこの地域のその秘密結社になっていた。
ペニーは叔父さんの家の書斎に飛び込んで、言った。
「叔父様、喜んで。私EPに合格したの。だから、ほらあのことの一般人枠に入れてよ」
叔父さんは
「ほう、それはがんばったな」
と、にっこりしたがすぐ表情を曇らせた
「ペニー。誰から聞いたのかな。そんな話。一般人枠など無いよ」
「えっ、そんなはずないわ。アンがレインさんに誘われたって、2,3年前から行くの行かないのってもめていたわよ。アンは受かりっこないからってEPの試験すら受けなかったのよ。それに訳のわからない星になんか行けないって断ったって言ってたわ。それでレインもあきらめたって。言っておくけど。私はアンとは違うの。やる時はやるのよ。レインだってアンよりペニーの方を連れて行ってよかったってきっと思うわ」
「ペニー、その話はね。レインが彼の親父さんに頼み込んでね、アンを連れて行こうとした時の方便だったのだよ。本当はね、お前たちも新人類のDNAをもっているよ。しかしまだ能力が表に出てきてない。DNAの変異の影響がね。そういう人間はけっこういるのだよ。おそらく能力が眠ったままで一生を終えることになるが、次の世代のどこかで眠りから覚めると予想されている。ズーム社はそういう人間は相手にしない。まだどうして能力が眠ったままなのか解明してないからね。そういう今はどうにもならないのより、新人類になったやつのDNAを利用したほうが確実だろう。だから、本当はお前たちは置いていくことになっていたんだが、レインはアンを愛していて、ぜったい連れて行くと言い張るものだからねえ、連れて行かなれば自分は残ると言うから、それで親父さんはああいうEPの一般人枠ね、まあ雑用係みたいなのも必要だと言って募集することにしたんだ。特別扱いがいたら、後々よくないからね。そういうの反対する意見もあるからね。だからアンがその話を断ったら、中止ってことになって今は一般人は行けなくなった」
「そんな、そんなことってひどい。あたしじゃどっち道行けなかったってことなの」
そして私ったら2,3日泣き暮らしたんだった。
それから、彼らが出発して直ぐ、アンが妊娠していることがわかったんだった。パパはたぶん察していただろうけど、相手は誰だかアンに聞くと、アンは「ペニーがついて行くんだろうと思って、ショックを紛らわそうと行きずりの人と遊んだら、妊娠したの。誰だか分からない」と言い張り、だからカサンドラは、父親不明の私生児として出生届を出していた。そして3年たって、レインは何かの任務でこっちに戻ってきて、アンはさっさとレインについて行ってしまった。カサンドラを捨てて。捨ててといえるかどうか判らないけど、2歳児を連れて行けなかったのかもしれないけど。ペニーはいつもの思い出にふけりながら、カサンドラを見ていた。ほんとに変わった子。あのTシャツを着たら急に活発になるんだから。二重人格?そういうのって子供なのに変よね。そういうのは大人になってからなるものじゃないかしら。首を傾げた。そしてペニーはため息をついて家に帰ろうとした、今日のレッスンは休むと連絡しなければならない。
そこへ見しらぬ40がらみの男が近づいて来た。
「こんにちは依田アンさんの妹さんでしょう。確か依田ペニーさん。」
カサンドラのほうを向いて、
「素晴らしい身体能力ですね。まるであの新人類のようですね、しかし彼らはもう十数年前地球を離れたと聞いていますが、また生まれたのでしょうか。そういえば、あなたの姉さんは、確か新人類の誰かと付き合っておられたのでは?あの子は、失礼ですがあなたの実のお子さんではないですよね。ちょっと調べさせてもらったんです」
「あなた、いったい何なんですか。変なこと言わないで下さい」
「これは失礼しました。私はズーム社の川島です」
「ズーム社・・・」
ペニーは後ずさりし、翻り走りだしながら叫んだ。
「カサンドラぁー、今日はピアノの日でしょ。帰って来なさいィー」
「ごめん、そういう訳だからー」
と、皆に言うとカサンドラは母のほうへ走った。
さっきまで知らない男と母親が話しているのには気づいていた。最近良く見かける男だ。その後のこの言いようである。こういうどなり方のときは何かあるから、言うことを聞かなければならない。母の側まで行くと、手をむずっとつかまれ早足で帰りだす。
「ねえ、どおしたの。さっきの人は誰」
それに答えようとしたのか何か言いかけたようだが、でも理由を言う前に。
「いたっ」
母は首を押さえた。
「どうしたの」
「あら、なんでもないわ。蚊にでも刺されたのかしら」
「蚊?蚊だって?そんなの絶滅してるでしょ。あはは」
「はは、そうよね。絶滅種が、絶滅した種に刺されるわけないか。あはははは」
「なに?絶滅種って。人間のこと?」
{ふふん、どうかな?}
母はさっきまでの動揺は無かったかのように、機嫌よく手をつないでゆっくりと家に帰りだした。あの人が誰かは結局言わなかった。
それで、もう一度聞くのも忘れ、カサンドラはピアノのレッスンに行くことにした。
遅れそうになると、たいがい母が連れて行くのだが、今日は何も言わないので歩いていくことにした。しばらく歩くと、歩く先の方の遠くから、例の男の人がこっちを見ているのに気づいた。いやな感じがしてぐずぐず歩いていると、男はこっちに向かって来だした。なんだかまずいことになる気がして、翻って逃げようとするとバイクに乗った知らないお兄さんが
「乗りな」
と言うので、なんだか若くて悪い人ではなさそうだから、乗せてもらうことにした。バイクに乗ったら逃げられると思った。相手は歩きだし。しかし後ろを見るとちょうど止まっていた車に乗り込む所だった。
「わっ、車に乗ったよ。あれは結構早いやつじゃないかな」
「しっかりつかまってろよ」
それからは初めてのカーチェイス、心臓がバクバクしてきた。
「こ、怖い」
「追いつかれるな。しっかりつかまってろよ」
知らないお兄さんはなんと、変な武器らしきものを走りながら、どこからか出して撃ちだした。追手はあきらめたのか追って来なくなった。
「いなくなったよ」
「また来るさ、しばらく隠れよう」
気がつくと全然知らない所に来てしまっていた。
「ここ何処」
「心配要らないよ、おまえを守るようにある人から頼まれているんだ」
「あるひとって誰」
「うーん、言っても知らない人だよ」
古い民家が数件あるところに着き、その中の一番古そうな家に入ると、すごいスピードがたぶん出るヘリコプターがあった。
「これに乗るの。どうして?」
「あいつらから守るのが俺の仕事さ」
「あいつらって?」
「ズーム社のやつら」
「どうして?」
「お前のDNAがほしいんだ」
「なぜほしがるの」
「めずらしいやつだからね」
「お母さんがカサンドラは新人類って言ってた」
「それだけじゃないんだ。おまえはキメラなのさ」
「キメラ?キメラって何」
「2種類のDNAを持っているやつのことさ。語源は昔のギリシャ神話に出てくるキマイラだ。双子が1人になって生まれてきたんだ。お前の家系はそうゆう子が出来やすいそうだ」
「ええっ。そんなの初めて聞いたよ。ママは知ってたのかな」
「ペニーさんが?知らないんじゃないかな。向こうも最近感づいたんだ。なんせ、個人情報収集会社だから。お前のDNAをどこかで拾って解析したんだろうよ」
「DNAってどうやって拾うの?」
「手っ取り早いのは、髪の毛かな」
「なるほど」
カサンドラはため息を付いた。とんだことになっちまったな。
「どうするの。これから」
「夜になったら、あれに乗ってスペースシャトルのステーションに連れて行くよ。お前の伯父さんがちょうどこっちに出張していたから、彼の家族として地球連合のスペースコロニーに行くことになっている。ステーションは味方の仕切っている所だから心配ないよ。だが、ズーム社の息のかかったやつも混じっているから気をつけな」
「気をつけなって、どう気をつけるんだよ」
「お前も細かいな。まあその年にしては考え深いと言えるな。人間みたいだけどそうじゃない、アンドロイドがいるんだ。本当はそういうことは法律で禁止されているけど。ズーム社にかかったら、やつらのする事が法律ってことだな。いつの間にかほんとの人間がアンドロイドに置き換わっているんだ。前は体温が高すぎたけど、今は低いのも出てきたそうだ。だからどうかな、どうすれば判るかな。人と同じ皮膚だし、内臓だって人間と同じだ。胸にペースメーカーに似たものが入っていて、そいつからの信号で動かされている。だがまあ、魂が無いからね。笑ったり怒ったりするけど、なんか本気じゃない感じだな。俺も数体見たことあるけど、何か違うんだよな。お前もたぶん見たら判ると思うよ。利口そうだからね」
「利口そうに見える?他にどんな感じ?」
「どんな感じって?」
「ほら、よく言うじゃない。ドラマとかで。始めて会った時に何とかって」
「何とか?」
「何とか」
「早熟でもある。とか?小学生だろ、お前」
「違う、今はそんなの無い。7学年。前の言い方でも小学生じゃない。ところであんた何歳?若く見えるけど言うこと変}
「若く見えるって?どうもありがとう。ではお返しに、はじめて見たときにタイプだなって思ったよ」
「わあい。でも何歳」
「残念ながら、お前の親でもおかしくない齢だよ」
「あのね、愛があれば齢は関係ないって」
「あはは。もう暗くなったからそろそろ用意しようかな。妙な方向に話が行く前にね」
こんなあばら家にどうしてヘリが置いてあるのか。飛び立つと判った。ドドーと上昇して小屋を破壊して一瞬で上空に舞い上がった。
カサンドラの気分も舞い上がっていたが、長くは続かなかった。
「しまった。待ち伏せしてやがる」
「えっ、どこ?」
ぎょっとしたものの、カサンドラは大事なことを聞いてないのに気がついた。
「お兄さん。名前はなんていうの?」
「名乗るほどのものではありませんや」
「いやだ。おしえてよ。呼びたい時判らないよ」
「心配しなくても伯父さんのところに送り届けるから」
ところが、どこからかビームが来てプロペラにあたった。ヘリはキリモミ状態になった。彼は何とか立て直そうとしたが、無理な話である。
「うあーん」
「飛び降りろ。ほらがんばれ。パラシュートは十数えてから引けよ。飛び降りてすぐ引くんじゃないぞ」
「うわーん。なまえっ」
「狐哲。狐に哲学の哲」
「狐哲ー 生きててよー」
カサンドラは飛び降りながら叫んだ。
ところが、飛び出した瞬間に爆発音がして、炎が髪の毛を焼いた。
「キャーッ」
見上げるとヘリは燃えながら落ちていくところだった。
カサンドラは気を失いそうになったが、生きなければと、何とかパラシュートの紐を引いた。その時、目の前が真っ暗になった。
カサンドラは倦怠感を感じながら目を覚ました。
はっとして辺りを見回すと、自分の家のベットだった。
驚いて飛び起きると辺りを見回し、手をつねってみたりした。
「痛い」
夢じゃない。だったらあの男に追いかけられ狐哲に会ったことは?ヘリから飛び降りたことは?
起き上がるとふらふらした。あれが現実じゃないはずはない。部屋を出てリビングに行ってみた。田舎で暮らしているはずのおじいちゃんがいた。ママとは仲が悪くて、めったに会わなかった。
「おや、カサンドラやっと目が覚めたのか。心配していたぞ。大怪我をしていたんだぞ。覚えているか?」
やっぱり現実だったんだ。
「何のこと」
とっさにとぼけてみた。不思議な状況なので様子を見ることにした。
「大怪我をして発見されたんだよ。ペニーが連絡してきたから、こっちに来たんだよ。お前はずっとこん睡状態でね、手術を何度もしたんだよ。直ったはずなのに、目を覚まさないから心配で、帰られなくなった。もう三月経つぞ。しかし、ちゃんと歩けるようだな。良かった、良かった。医者が目が覚めても、少し混乱しているかもしれないと言っていたからな。判らなくても心配するな。おいおい思い出すよ。しかし思い出したらママに言うんだぞ。警察の人に、捜査をしてもらわなければならないからね。まあ誘拐犯は死んだそうだから、心配あるまいけど仲間がいたら困るからね。じゃあ、おじいちゃんは明日帰ろうかな。おばあちゃんを一人にしているから、どうしたものかと思っていたが、元気そうだから安心したよ」
「まあ、お父様。明日と言わず今晩の便で帰ったら?」
ママがやってきた。チラッと見てぎょっとした。判った。ママじゃない。どうしよう。
「おじいちゃん。私、おばあちゃんにも会いたいな。ついて行ってもいい?」
「なに言ってるのよ。あんたは病院に行かなきゃ。目が覚めたらつれて来るように言われてるの」
絶対病院じゃない。捕まる。いや、もう捕まっているのかな。カサンドラは人生で一番の恐怖を覚えた。
「どうした、カサンドラ。顔色が悪いぞ。さあ横になっていなさい。栄養が足りてないはずだ。ペニー、さっさと食事の支度しろ。消化の良いものだぞ」
「いちいち、言わなくても判ってるわよ」
「とてもじゃないが。判ってるようには見えん。カサンドラお前も苦労しとるだろう。よし。明日病院から帰ったら。じいと一緒に、ばあのところに行こう」
「勝手に決めないでようー。今日帰ってよー」
ママが台所から怒鳴りだした。
「今日、一緒に帰る」
カサンドラは必死でおじいちゃんに訴えようと思ったが、事情をどう伝えていいかわからない。小声で「あの人アンドロイドだよ」
『わかっとる。もう一体おるんじゃ。監視されていて、じいは身動きできん。お前、明日病院に行く時隙を見て逃げろ。聞こえるぞ。口ぱくだ』
『病院じゃない、きっとズーム社』
『そう思うか。では一か八か今逃げるしかないぞ』
『どうやって?』
『救急車呼ぼう』
「わーん、ママお腹がものすごく痛くなったよ。おじいちゃん救急車呼んでよ」
「判ったっ。呼んだぞ。外で待っていよう」
慌てて外に出ながら、
『おじいちゃん、救急車呼んだタイミング早すぎじゃなかった』
「そうかな」
おじいちゃんは、にっと笑った。カサンドラはまた失神した。自分でもまたか。と思いながら意識を失っていったのだった。
カサンドラが次に目覚めると、今度は病院のようなところだった。おまけに本当にお腹がいたい。
「気がつきましたか」
声のほうを向くと、白衣のいかにも研究者っぽい女性がいた。
「どうやらあなたは事情がある程度判ってらっしゃるそうですね。ご自分がキメラということも、そうですよね。そういう事ならはっきり言いましょう。あなたは女性と男性の両方のDNAがあります。そう、両方持っています。ですが調べたところ、卵巣に腫瘍が出来ていていました。進行のかなり早い悪性腫瘍でした。女性だけのDNAなら腫瘍を取って経過観察するところですが、あなたは男性の機能もあるので、卵巣などの女性の生殖器はすべて取りました。残しておくと癌の再発リスクがあります。あなたにとってはそのリスクを取る必要はないです。理解できましたか」
「ぜんっぜん。卵巣とって私のクローン造る気だなっ。わーん、あたしにはママもパパもいなくなったから、こんなことになったんだ。畜生。みんな地獄に落ちろ。もしもあるなら」
キーッと泣き叫んでいると、研究者らしい人は部屋から出て行き、代わりに看護師らしい人がきて、鎮静剤を打たれそうになった。ちくっとしたが、そうはされるものかと、看護師らしい人に噛み付き、部屋の外に出た。誰もいない。卵巣取ったら用無しなんだ。くやしいけれど、これで逃げられる。いくらか注射されたせいで、おなかの痛みが薄れてきた。逃げてやる。非常口らしいところから外に出られた。術後のペラペラした服を何とかせねば、歩道をふらふら歩いていると、こっちの方へ数人子供が歩いてきていた。自分も子供のはずだが、自分の何かが変わってしまった。体格の同じ子を殴って着ていた服と靴を取り上げ、金持ちそうな子のバックもひったくった。騒ぐ子達に「とっととうせろ」と怒鳴り着替えて涙を拭いた。
「ふんっ。覚えとけよ、いつかギタギタにしてやる」
ズーム社の建物に向かって捨て台詞を吐き、とことこと歩いた。どこに行こうか。行くところは狐哲と行くはずだったステーションだ。場所は知らないが、行けると確信していた。
街中にたどり着くとお腹が痛くなってきた。薬が切れたな。薬局はどこかな。きょろきょろしていると、私服警官がいた。なぜかそうと判る。まずいと思っているとバスが来たので、飛び乗り、金持ちの子のバックの中を見た。コインがかなり入っていた。バックを盗むなら子供からだな。開き直って思った。ぼんやり外の景色を見ていると、見覚えのあるロゴマークの付いた建物があった。確かあれは大叔父さんの家で見たんだった。味方のビルだ。急いでバスを降り、ビルにふらふらとたどり着いた。何かの会社のようだった。中に入り、ええっとーと辺りを見回すと、なんと受付のようなところに狐哲がいた。
「狐哲―。生きていたの。良かった。うわーん。やられたよう。卵巣取られちまった。家にはアンドロイドしかいなかったよ。独りぼっちになった。狐哲の奥さんにもなれない」
飛びついて大泣きしてると、
「泣かないで、狐哲の奥さんには始めからなれないよ。おれらアンドロイドだからね」
静かに話す声は優しくて人間としか思えない。
「うそ言わないでよ。アンドロイドには魂が無いんだよ。狐哲にはあるもん。判るよ」
「それは光栄だな。でも俺は狐哲5号。お前の言う狐哲は2号で、あいにく壊れちまったよ」
「あんまりうそばっかり言うと、殴るからね。さっきも子供を殴って服とバックを取ってやった」
「おやおや、殴られるのは困ったな。じゃあ本当のことを言うよ。俺らはコンピューターで繋がっているから。お前と過ごした時の記憶は俺も持っているよ。これが本当のことさ。だから違いが判らないんだろうよ」
はっきり言ってカサンドラには、なにがなんだか判らなくなってきた。判っているのは味方はこの5号さんだけだ、ということだった。
「ねえ、狐哲はステーションにいる伯父さんのところへ、連れて行こうとしてたよ。伯父さん今も地球にいるの?」
「ああ、いるさ。お前を連れて帰るのが任務だからね」
「5号さんの任務も狐哲と同じ?」
「そうだよ、奴が失敗しちまったから。俺が引き継いだ。基地で別の任務をしていたからお前を守れなくてごめんな。急いでも三か月かかってしまった。ここじゃズーム社が幅をきかせているから、人間の味方はいなくなっている。アンドロイドが人と戦うことは法律で禁止されているから、逃がすだけしか出来ない。俺たちが捕まったら、ズーム社に何もかも知られてしまう。だからまずいことになったら、俺たちは自爆するんだ。後はお前が自分で何とかするしかない。がんばるんだぞ」
「それじゃあ、あの時狐哲は自爆したの」
「そういうことさ、さあでかけようか。早い方がいい」
今度は地下に、速そうな車が準備されていた。
「ねえ、なんか私がこっちに来ること。分かってたみたいだね」
「アンドロイドはメカ達にアクセスできるからね。お前は利口だから、こっちに向かっているのが、監視カメラにアクセスしてわかった」
「ふうん、逃げる手伝いしか出来ないんだ。最初は私が逃げて来ないとだめなんだね。人を傷つけてはいけないんだね」
カサンドラはだいぶ判ってきた気がした。でも外を見ると、普通のステーションに向かっているようだ。
「あれっ、ここはズーム社の管轄と違うの?どういうこと」
「ここは一般人が多いから安全なのさ。やつらはやばいことは内密でしかやらない。おれはここまでだ。後は自分で頑張るしかないぞ。伯父さんも監視カメラをのぞいているだろうから、お前を見つけるさ。降りろ」
「わかった、5号さん、元気でね」
「はは、お前もな」
5号さんは笑いながら、行ってしまった。
彼もいいなと思った。おんなじなんだからね。狐哲は生きている。カサンドラはそう思うことにした。
ひょろひょろステーションの入り口に向かっていると、依田家の特徴のある顔の人が、こっちに向かって来ている。伯父さんらしい。
「カサン。会えて良かった。一時はどうなるかと思ったよ。大丈夫か?」
「お腹が痛い」
身内の人に会うと急に涙が出てきた。
「なんだって、ちょっと見せてみろ」
「ここで?」
「お前はもう男で届けとる。ちょっとシステムに入り込んでデーターを書きかえた。やつらが書きかえたことに気がついたとしても、自分らのした事から始まっているから、見てみぬ振りだろうよ」
そう言いながらカサンドラの服をはいだ。
「なんだっこれは。なんて乱暴な傷跡だ。ひどすぎる。これは本社のやることではないな。畜生、過激派に目を付けられていたんだな。まずいことになったな」
「まずいって。どういうこと」
「いやなんでもない。たぶん本社に高値で買わせるつもりだな。お前は若いから傷はすぐ直るさ、薬局に寄ってから昼飯にしよう。痛み止めは食後が良いからね。まだ出発時間の夕方まで間が有るから、なにかほしいものがあったら、ショッピングセンターで買おうじゃないか」
親類って良いなとカサンドラは思った。
一緒に一時間も過ごさないうちに、カサンドラはこの伯父さんにすっかりなついた。ふと、伯父さんを見上げるとなにやら思案顔だった。
「どうしたの」
「いや、お前どう見ても女の子だな、男で届けたのはまずかったかと思うが、どっちみち医者に見せれば男の判定になるしな。それにしてもスペースコロニーでは男は18歳から兵役が義務だ。女なら何かと理由を付けて免れるがね。お前に兵役が務まるかな」
「私、GGチームのTシャツ着たらいつもサッカーうまくなるよ。カサンに変わるんだと思う」
「ほう、そんなことがあるのか。じゃあ土産屋でそのTシャツをさがそうじゃないか」
カサンドラもそうなるとすっかり気分が上昇し、すぐにサッカーグッズの店を見つけて例の黄色いTシャツを買ってもらった。
「それ、着てみろ」
店の試着室で着替えて出てくると。
「こりゃたまげたな。さっきとまったく感じが違うじゃないか。スイッチが入ったみたいだ。うむ。念のため大人用も数枚買おうかな、どのくらい大きくなるものかな。S,M,L5枚ずつ買うかな」
「伯父さん、そこまでしなくても、しばらく着たらたぶん定着しそうだよ」
「いやいや、このTシャツはスペースコロニーには無い。用心するに越したことは無い」
ずいぶん用心深い伯父さんだ。それに気前が良い。大人になってからの分まで買ってくれて。カサンドラは本当に嬉しかった。こういう待遇は始めての経験だった。
伯父さんに至れり尽くせりにかまってもらいながら、シャトルに乗ったカサンドラはスペースコロニー、地球防衛のために作られた人工の星に一日がかりで着いた。地球の50分の1ほどの、すごい大きさの星に見えるが、人工物だ。
「こんなすごいものどうやって作ったの。材料とかもいるし、人間にこんな事できたの」
思わず叫ぶと伯父さんは小声で
「よく分かったな。人間にはできっこない。和平を締結した宇宙人に創ってもらった。彼らはズーム社を良く思ってない。あの会社は彼らの倫理観に反するからね」
「宇宙人っ?」
「そうだよ、ココに来たら地球では知られていないことに、色々気付くだろうね。さあ伯父さんの家にいくよ。それから、今からは伯父さんではなくお父さんと呼んでおくれ、お前は養子になったんだからね。」
「うん」
「さあ、この部屋がお前の新しい家族の待っている家だ。妹がいるよ、お母さんやお姉さんだっている。仲良くするんだよ」
ドアを伯父さんが開けると、カサンドラと似たような女の子たちや、やさしそうな女の人が、歓声を上げながら飛びついてきた。
「これこれ、驚くじゃないか。大歓迎だよ。カザン。お前はカザンで届けたからね。みんなそう呼ぶんだぞ」
「あれ、カサンドラのカサンじゃないの」
小柄な子が私の代わりに聞いた。
「いや、こっそり届けを書きかえる時カザンで打ってしまった。だけどカザンのほうが良くないかな。漢字でも意味があるし。崋山ってね。雅号みたいで格好良いよ」
お姉さんがしたり顔で言った。
「崋山ねえ、お父さんは自分のミスを正当化するから。あんたもこれから苦労するでしょね」
なんだか今までと違ってにぎやかで嬉しかった。違う名前の方が気分一新で良いかも知れない。カサンドラはもう居ないんだ。それで良いと思った。
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