悲鳴


『『『『『ゴギャアアァァッ!』』』』』


 ゴブリンたちの悲痛に満ち溢れた声は、同時に俺がレベルアップしたことを祝福する声でもあった。


 名前:シオン=ギルバート

 性別:男

 年齢:15

 身分:男爵

 職業:吟遊詩人

 ジョブレベル:8

 習得技:風の音 怒声 咆哮の歌 足音 韋駄天の歌 怒涛の歌


 俺は早速自分のステータスを確認すると、確かに上がっているのがわかった。この状態だと、新しい音を二つも覚えられるってわけだ。


「シオン様、もしかしてまたレベルが上がったんですか?」


「あぁ、よくわかったな。ジョブレベルが8になったよ」


「やっぱりっ……! シオン様、レベルアップおめでとうございます!」


「ありがとう、エリュ」


 エリュネシアは本当に勘が鋭い。


 ギルド長との会話で時間を無駄に使ってしまったものの、まだまだ時間はあるのでこれからもどんどん上げていくつもりだ。


「さて、覚えるならやっぱり戦闘向きの音しかないと思うんだが、何を覚えようか……」


「んー、戦いに使えそうな音自体、あまり思いつかないですねー……」


「あぁ……」


 確かにエリュネシアの言う通りだ。音なんてそこら中に溢れてるはずなのに、戦闘用となると気合を入れるときに出す怒声や、相手の間合いに踏み込んでいく際の足音くらいしか思い浮かばない。


「ん……?」


 そのとき、俺は森の中を一人で歩く少年の姿を発見した。


 名前:ケイン=ラディック

 性別:男

 年齢:15

 身分:F級冒険者

 職業:剣使い

 ジョブレベル:2

 習得技:バッシュ


「……」


 おいおい……単身ってこともあって、相当の自信があるんじゃないかと思ってステータスを覗いてみたんだが、このレベルじゃあまりにも無謀すぎる。


「一人じゃ危険だ。あの子を止めよう」


「はいっ!」


 急いでケインという少年の元へ駆け寄ると、なんとも人懐っこい笑顔を向けられて面食らった。


「おっ、ヘタレ領主様じゃーん!」


「ちょ、ちょっとそこのあなた! とっても失礼ですし、シオン様は変わられたんですよ!?」


「いやいや、エリュ、子供相手に何をむきになってるんだ……」


「「えっ……」」


 あれ? エリュネシアとケインがぽかんとしてる。俺、何かおかしいことを言ったか?


 って、そうだ。俺も15歳だったんだ。前世のおっさんだったときの感覚で言っていた。


「そ、それは冗談として、そのレベルで、しかも一人でゴブリンエリアは危険すぎるから帰ったほうがいい」


「そ、そうですよ、シオン様の仰る通りです」


 俺とエリュネシアの説得に対して、ケインは少しだけ考えたように上を向いたあと、ニカッと白い歯を出して笑った。


「もうちょっとしたら帰るし大丈夫だって! なんせ、ヘタレで有名だった領主様でさえここにいるんだし、俺だってやれるに決まってるぜ! んじゃーな!」


「「はあ……」」


 ケインが意気揚々と立ち去り、俺たちは呆れた顔を見合わせるしかなかった。まだ自分に対しては旧シオンのイメージのほうが勝ってしまっているようだ。


「まあ、すぐ帰るって言ってるし、放っておこうか?」


「そうですね……」


「「……」」


 と言いつつ俺はエリュネシアと一緒に歩き出したわけなんだが、しばらくしたらやっぱり心配になってきた。


 ゴブリンには相手が強いか弱いかを見分ける能力があるし、あの少年のレベルだと集団で来られたらひとたまりもないだろう。


「やっぱり追いかけよう」


「ふふっ、言うと思ってました」


 ってなわけで、俺たちは韋駄天の歌を利用して少年のあとを追い始めたが、既に姿が見えなくなってしまっていた。


「いないな……」


「ですねえ……」


「――うわあぁぁっ!」


「「っ!?」」


 少年の叫び声がして、俺はエリュネシアの手を引っ張り、その方向へ猛然とダッシュする。


 その際にゴブリンを麻痺させるべく咆哮の歌を演奏したが、だからといって安心はできない。


 何故なら、これは遠くにいるモンスター相手だと効果が薄くなってしまうんだ。頼む、どうか間に合ってくれ……。


「……」


 周辺の樹々や草むらにおびただしい血痕が付着しているのを発見して、俺は息を呑んだ。


 この近くにあの少年はいるはずだが、まったく声が聞こえてこない。ってことはやはり、ゴブリンたちにやられてしまったのだろうか……。


「ふう。これでもう安心だから出ておいでー」


「「あっ……」」


 俺はエリュネシアとはっとした顔を見合わせる。この聞き覚えのある声は、まさか……。


 声がした方向に急いで走ると、そこにはなんとも対照的な二人――涼し気な表情をしたロゼリアと青ざめた顔のケイン――がいた。


 その周りにはゴブリンたちの死骸が幾つも転がってることから、ロゼリアが倒したのは一目瞭然だ。どうやら彼女がケインを助けてくれたみたいだ。


「すげーや、これ全部あんたが倒したの?」


「うんっ。楽勝だったよー」


「さすが【剣術士】だな。いいなー」


「えへへっ。【剣使い】でも、頑張ればいい線までいけると思うよ? なんせボクはね、剣とは無関係のジョブの人に剣で負けたことがあるくらいだしっ」


「へぇー。どんなやつなのかな。マジすげー」


 大雑把に数えてもゴブリンの死骸は20体以上だというのに、この数相手に楽勝とは……。ロゼリアのステータスを確認してみよう。


 名前:ロゼリア=エステード

 性別:女

 年齢:16

 身分:商人

 職業:剣術士

 ジョブレベル:6

 習得技:ラウンドバッシュ エナジーブレイド ソードペイント


「……」


 いつの間にやらジョブレベル6か。以前見たときは2だったし、あれから随分成長したもんだなあ……って、礼を言わなきゃな。そういうわけで、俺はエリュネシアとともに彼女たちの元へ近付いていった。


「あ、噂をすれば、領主様ー!」


「ロゼリア、元気だったか?」


「うん。あれから剣に目覚めて、ここでレベル上げしてるところだよー。ケイン君、この人が、ボクが負けた人だよ」


「えぇっ!? 領主様って、そんなに強かったんだ……。ご、ごめん。俺、失礼な態度取っちゃって……」


「いや、いいんだ、ケイン。俺が生まれ変わったように、お前もこれから頑張るんだな」


「おうっ! 俺はやるぜえぇぇっ!」


「「「あはは……」」」


 立ち直りの早いやつだ。俺はエリュネシア、ロゼリアと顔を見合わせて笑うのだった。


 とはいえ、ロゼリアがいなかったらケインを死なせてしまうところだったし、俺も反省しないとな。


 それからまもなく夕陽が射してきたこともあり、俺たちは帰還することに。


「領主様ー、ボクと一緒に帰ろうよお」


「あ、あぁ」


 ロゼリアから腕を組まれてしまった。なんだか照れるな……。


「シオン様、わたくしめも一緒に帰りましょう……」


「い、いててっ……!」


 逆方向の腕をエリュネシアに強く引っ張られて腕が千切れるかと思った。


「へへっ、領主様モテモテじゃーん!」


「ケ、ケイン、からかってないでちゃんと反省するんだぞ……?」


「わかってるって! いよっ、最強の領主様!」


 まったく、調子がいいもんだ。とにかく、これに懲りてケインは無理をしなくなるだろう。


 ただ、それでもこういう無謀なことをする冒険者はおそらく今後も出てくるはず。なんせ、ギルド長が冒険者の死は日常的とか言ってたからな。


 もちろん完全には防げないのはわかってるが、領主の俺にはなるべく犠牲者を減らそうと努力する義務がある。


「――え、戦闘向きの音を覚えないのですか?」


「あぁ、方向性を変えようと思ってな」


 屋敷での夕食後、俺はエリュネシアに自分の考えを打ち明けた。


 今までは戦闘向きの音ばかり求めていたが、それ以外の音も覚えたほうがいいような気がしてきたんだ。


 たとえば、すぐに誰かをそこから避難させられるような、そんな都合のいい音があれば……。


 となると、アレしかないんじゃないか?


《悲鳴を習得しました》


 参考にしたのはケインの悲鳴だ。


 名称:悲鳴

 習得可能レベル:2

 効果:悲痛の叫び声により、周りを一瞬怯ませる。

 副作用:気力の消耗・微小

 調和:可能


 うーん、効果は一瞬怯ませる程度なのか。自分が想像していたものとちょっと違うが、近い感じはするしこれと風の音を合わせてみよう。


《恐怖の歌を習得しました》


 名称:恐怖の歌

 習得可能レベル:6

 効果:味方だと思っている者を除く、自分よりレベルの低い相手を恐怖状態にして元の場所に帰還させる。

 副作用:気力の消耗・小

 調和:不可


 おおっ……これなら、仮に領地が山賊に襲われる等の緊急事態が発生した場合、領民を即座に避難させたいときに使えるし、敵も俺よりレベルが低ければ退却させることができる。


「悲鳴と恐怖の歌を覚えた!」


「ええ……? ひ、悲鳴とは、一体誰のです……?」


「え、誰のって……」


「ま、まさか、シオン様……」


 洗っていた食器を落とすエリュネシア。なんか彼女、とんでもない誤解をしてるような気が……。


「シオン様、。悲鳴を上げたのは、ルチアードさんですか? それとも、ロゼリアさん?」


「い、いや、ケインだよ、ケイン!」


「どうか白状なさいませええぇっ!」


「うわああぁぁっ!」


 まさか俺が本物の悲鳴を発することになろうとは思わなかった……。

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