怖がり


「もう朝か。うっ……」


 俺は自室のベッド上で起き上がったが、昨日の死闘の影響がもろに出ていて、全身が軋むように痛い。これじゃ、立つのもやっとだな……。


「シオン様、もうしばらく横になっていないとダメですよ。昨晩からずっと苦しそうにされていましたから……」


「エリュ……」


 エリュネシアが心配そうに顔を覗き込んできた。彼女は昨晩からずっと俺の側にいてくれたみたいだ。その気持ちは嬉しいが、今は休んでいられない。


 昨日の勝利で俺のジョブレベルが一気に3も上がって6になったとはいえ、ルチアードたちに比べるとまだまだだから。それに、ほかにも理由があった。昨晩に新しく覚えた音を早く試したかったんだ。


 名前:シオン=ギルバート

 性別:男

 年齢:15

 身分:男爵

 職業:吟遊詩人

 ジョブレベル:6

 習得技:風の音 怒声 咆哮の歌 足音 韋駄天の歌 怒涛の歌


 足音は足に関係するということで戦闘に使えるかもしれないと思って習得した。自身の脚力が少し上がるという効果だった。さらに足の音と風の音、怒声をそれぞれ合わせ、韋駄天の歌、怒涛の歌を作り出した。


 前者はスピード、後者はパワーが中程度上昇するものだ。しかも、これらは味方のものまで小程度上昇させる。体にかかる負担はその分大きくなるが、短時間なら相当の威力を発揮するだろう。


 ちなみに、最初に風の音、怒声、足の音の三つを合わせようとしたら、それを覚えるにはレベルが足りないと心の声に却下され、調和することができなかったので仕方ない。


「昨日覚えた音を早く試したいし、ルチアードとの約束の日だって迫ってるからな。今日を入れてもう残り二日しかない。ヒールを頼む」


「まったくもう、シオン様ったら……ヒールッ!」


「……悪いが、あんまり効いてないな」


「うっ……」


 俺の言葉に対し、エリュネシアが殴られたような顔をした。


「わ、わたくしめのヒールはまだ未熟なため、体力は少々回復しますが、傷口や痛みを丸々消せるほどじゃないんです……」


「なるほど……それでも、ないよりはずっといいよ。この前ジョブレベルを4まで上げたし、回復量が結構上がってるのもわかる」


「そ、そうなんですかぁ……」


「……」


 俺はそこで、エリュネシアのレベルをもっと上げさせればいいんじゃないかと思ったが、すぐにそう簡単にはいかないことに気付いた。


 麻痺させたゴブリン相手に杖で殴り殺させるのは、いくら演奏によるバフがあるとはいえ彼女の腕力じゃ時間がかかって効率悪いんだよな。


「普通、回復師っていうのはどこでレベルを上げるんだ?」


「え、えっと、それはですね、スライムを地道に叩きます!」


「……んー、ほかに何かいい方法がありそうだけどな。ゴブリン以外に良さそうな敵とかない?」


「……な、ないですよ、そんな方法は、決してございません……!」


「エリュ、どうしたんだ? さっきからやけにそわそわして……」


「い、いえ……な、なんでもないですよ……?」


「エリュたん、まさか僕に隠し事するつもりじゃないだろうね……?」


「そ、そんなことはっ……」


「エリュたん……うっ……?」


 なんだろう。俺はそのとき、旧シオンと融合して自意識が薄まるかのような、そんな奇妙な錯覚がした。


 これは……あんまり旧シオンの真似をすることで彼のほうに寄ろうとするとまずいのかもな。


 下手したらあっちの自我が目覚める可能性だってある。エリュネシアを上手く操縦できるのはいいが、諸刃の剣だ。


「シ、シオン様、どうされました?」


「あ、いや……」


 そうだ、この状況を利用しよう。


「今は呼吸するのも結構苦しくてね……。でも、エリュたんのヒールのクオリティが上がればもっと楽になれると思うんだ……」


「シオン様……わかりました、白状します。ゴブリンと同レベルのモンスターが生息する、回復師に相応しい狩場があるんです……」


「やっぱりあるのか」


「はい……。これ以上シオン様を騙せませんし、わたくしめがお力になりたいですから! で、でも、とっても怖いところで……」


「怖いところ?」


「い、い、行ってみれば、シオン様もおわかりになると思います……」


 なんだ、エリュネシアが青い顔でガクガクと震え始めた。これは相当に怖い相手なんだろうが、ゴブリンと同レベルなんだよな……? だったら危険性は少ないってことだし、とりあえず行ってみるか……。


 それから俺たちは、ゴブリンエリアから行けるという目的地のエリアへと向かった。そこも扉の向こう側で、領地内にあるんだそうだ。


「ぜぇ、ぜぇ……」


「……エリュ、大丈夫か?」


「……だ、大丈夫、です……」


「……」


 全然大丈夫そうじゃないんだよなあ。俺のほうがボロボロなのに、エリュネシアのほうがよっぽど怪我人みたいだ。


 森の中を進むと、ゴブリンたちが木陰から様子を見ているのがわかる。


 かなりマークされてるみたいで咆哮の歌を演奏する必要もない。


 エリュネシアの杖で死ぬまで殴打した件がとどめになってるのかもな。あれは苦しめて殺す拷問みたいなもんだったし……。


 やがて森の奥にある壁に到着し、そこに沿って歩いていると蔦だらけの扉が見えてきた。


「こ……こ……で……す……シ、オ、ン、さ、ま……」


「……」


 正直、エリュネシアの怯えようのほうが怖いんだが。


 一体どんなモンスターが出てくるのかも教えてくれないし。


 まあいいや。自分の目で確かめてやる。そういうわけで、俺は扉を一気に開け放った。


「こ、ここは……」


 なんと、そこは薄暗い洞窟の中だった。


 岩肌のコケが光ってるので視界は確保できるが、なんとも不気味な雰囲気がする。


 ん、足音が近付いてきたが、妙だ。生気をまったく感じない……。


『――コオォッ……』


「……」


 まもなく、俺たちの前に姿を現したのは錆びた剣を握りしめた骸骨だった。その迫力に息を呑みつつステータスを開示してみる。


 名前:スケルトン

 レベル:2

 種族:アンデッド族

 サイズ:中型

 習得技:なし


 なるほど、ここはアンデッドの洞窟ってわけか。


 映画やゲームでよく見たスケルトンだが、実際に見ると想像以上におどろおどろしくて、エリュネシアがあれだけ怖がるのもわかる。


 ただ、技も持ってないし回復師にはうってつけの狩場だと感じた。アンデッドだからヒールをかければすぐに倒せるはずだ。


『オ……オオオオォッ……』


 スケルトンが俺に向かって近付いてきたが、目の前で動かなくなった。


 ソードギターによる咆哮の歌が効いたんだ。死人相手だから通用するかどうか心配したが、元々は人間だったことも大きいんだろう。


「エリュ、今のうち――」


「――あひっ……ら、ラメれす……ヒオン、しゃま……」


「え……」


 こりゃダメだ。エリュネシアは完全にビビッてしまってて、座り込んでいるだけでなく舌まで縺れている有様だった。まさか、こんなに怖がりだったとは。


 これじゃ、ここまで来た意味がまったくないな。何かいい方法はないだろうか……。


 って、そうだ、あの手段があった。


「エリュたん、もういいよ。僕一人で戦うから……」


「……え……?」


「いたたっ……はぁ、はぁ……」


『オゴオオォッ……!』


 俺は体に走る激痛を我慢して、スケルトンをなぎ倒した。


「……シ、シオン様……おやめ、くらさい……」


 エリュネシアの呼びかけにも応じず、俺は洞窟の奥へと進んでいく。これしかない。目には目を、毒には毒を、恐怖には恐怖だ。


 今まで世話をしてきた俺がやられてしまうという恐怖を、彼女に植え付けるしか道はない……。


『『『『『コォォッ……』』』』』


 俺が弱っているってことで死の匂いを感じ取ったらしく、亡者どもがうじゃうじゃと湧いてきた。


「シシッ、シオン様っ……!?」


「……」


 エリュネシアが追いかけてきたが、まだビビってるのかかなり後方にいるのがわかるので、俺はあえて咆哮の歌を使わないことにする。


「ど、ど、どうなさったのです!? 早く咆哮の歌を演奏してください!」


「……」


 彼女の呼びかけにも返事はしなかった。黙り込むことで何を考えてるかわからないという恐怖も追加してやるんだ。


「シ……シオン様ああぁっ! ヒールッ、ヒルヒルヒルヒルルッ!」


『『『『『オォォッ……!』』』』』


 駆け寄ってきたエリュネシアの怒涛のヒール砲によって、スケルトンたちの塊はあっという間に崩壊するのだった。回復師にしてみたら得意のアンデッド相手とはいえ、俺のほうが怖くなるくらいの強さだったな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る